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「魔王め!勇者様を洗脳したな!!」

「勇者様、どうか正気に戻ってください!!」

 外野がうるさい。

 忘れたままでいられるなら、その方が良かったのに。

 アゼルの頬から手を離し、招かざる客達に向き直る。

「俺は勇者なんていう名前じゃない」

 突然故郷から連れてこられ、帰る方法は無いと宣言された日を思い出す。あの日も、それ以降も、この世界の人間達は誰も名前を尋ねてはくれなかった。

「俺の名は、三嶋みしま 由良ゆら

 叶うなら故郷に帰りたかった。それが叶わず、勇者という枠に入れられて消費されていく中、隙を見て逃げ出し、崖から身投げした。それを拾ったのがアゼルだ。

「───思い出したのですね」

 アゼルの声は悲しげだ。安心させようとミーシア───由良ゆらはアゼルに微笑みを向ける。

 自分自身を見失い、絶望した由良ゆらの傷が癒えるまで休ませてくれたのは他でもないアゼルだ。そんな魔王アゼルは由良ゆらに〝ミーシア〟という名前を与えることで記憶を封じ、魔王に据えることで他の魔族からミーシアを守っていた。

 魔王として仕事をしたから由良ゆらは知っている。魔族は人間に興味がない。魔族が人間を滅ぼそうとしているというのは、人間側の被害妄想か、勇者という異世界人を都合良く動かすための虚言に過ぎない。

 人類の驚異である魔族を排除するのが勇者の存在意義であり、生きる理由なのだと。繰り返し繰り返し洗脳され、触ったこともない剣を握らされ。出来れば「勇者なのだから当然」と言われ、出来なければ「勇者なのに何故」と言われる。そこに、由良ゆらという個人への言葉はなかった。故郷に帰りたい、命を奪いたくないという言葉に耳を傾けて貰えず、辛かった。あんなに辛かったのに、前提が虚言なのだから怒りを覚えるのも当然だろう。

 魔王を消滅させられるのは勇者だけ。それは本当なのかもしれないが由良ゆらにアゼルを害するつもりがないので真偽など意味が無い。

「俺はアゼルと共に生きるつもりだ。お前らなんかに助力するつもりはない」

 勇者様と口々に嘆いていた連中は、顔を見合わせて頷き合う。

「勇者様が自主的に協力してくださるのが理想だったのですが、やむを得ません!」

「やることは変わりませんしね!」

 先頭にいる鎧姿の剣士が剣を構え、その後ろで白いローブの女が杖を掲げて呪文を唱え始める。彼女を中心に光の輪がいく重にも波打ち、鼓動のように脈打ち、広がって。

 聞き取れない咆哮のような叫びと共に、差し向けられた杖の先にいた由良ゆらとアゼルの2人は光の輪に捕えられる。2人を囲むなり急激に光は収縮し、あっという間にエネルギーの奔流が駆け巡る。

 ───が、それだけだ。

 眩しかったくらいで実害は無い。

「馬鹿だな、お前ら。アゼルが何の対策もせずに〝勇者〟を手元に置くと本気で思っていたのか?」

「そんな───!」

「馬鹿な、秘術を無効化する方法なんてあるはずが───!」

 現実を受け入れられずに喚く連中を、由良ゆらは鼻で笑うばかり。

 魔力が空っぽであるが故に、どんな魔力にも抵抗を示さず受け入れることができる器。それを便宜上〝勇者〟と呼び、煽てて都合良く使う。

 勇者と魔王が一定の距離まで近づかないと術が成功しない為、勇者にはある程度強くなってもらわないと困るというのが修行の真意だ。

 魔王の膨大な魔力を勇者の中に封印し、魔王を無力化したところで、勇者を背後から刺し殺す。勇者の死と共に、吸い取られた魔王の魔力は消滅するので、残るのは魔力を失い弱体化した魔王だけなのだからトドメを刺すのは簡単。というのが彼らの計画だった。

「残念だけど俺は既にアゼルの魔力に染まってんの」

 他人の魔力には拒絶反応を起こすのが当然。だからこそ、拒絶せず、抵抗なく魔力を受け入れる〝勇者〟という真っさらな器が必要とされた。真っさらな器に流れ込んだ魔力はその器に馴染むまで外に流出することが出来なくなる。

 逆に、一度馴染んでしまえば魔力を元の持ち主に戻すことは簡単だ。

 恐らくアゼルが最初に口付けをしてきたのは魔力を少量ずつ流して器を馴染ませる為だった。何故それが性行為にまで発展したのか…

 ───快楽に流されたとか?

 思わず胡乱な目でアゼルを見遣れば、アゼルは不服そうに目を細めた。

「言っておきますが、軽率に手を出したわけではありませんからね。由良ゆらだけですから。〝勇者〟が貴方じゃなかったら殺していました」

 恐らく初めは由良ゆらのことも殺そうとしたのだろう。

「何それ初耳。まさか、一目惚れ?俺に?」

「───その話はまた今度、寝室で」

 風が動いたのを感じて振り向けば、招かざる者達は黒いモヤに囚われ、ギリギリと締め付けられている。悲鳴すら上げられないように口を塞がれているようだ。それでも「んー!んー!」と声にならない声を上げ、連中は見開いた目で由良ゆらに助けを求めてくる。元々由良ゆらを都合良く使って魔王共々殺すつもりだった癖に何とも図々しい。由良ゆらの心は揺らいだりしない。

「外で始末してこい。うちの絨毯が連中の体液で汚れたら怒るからな」


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