煙の向こうに揺れる言葉

らぽしな

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エピソード1ー2

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エレベーターもない小さめのビル。階段が若干、急勾配きゅうこうばいで足取りが重く感じる。
(少し、運動したほうが良いかしら…)とたった1フロア登っただけでゼイゼイとしている自分の体力のなさに嫌気が差した。

階段を登って1つ目のドア。
ここにも何もない…と思ったが、とても小さな緑色ののもがドアに付いていた。
よく見るとフルーツを象った、多分クリスタルの模様。

(あ、ライムだから…。)
どうやらここで間違いはないらしいという|安堵《|あんど》》の後にくる憂鬱ゆううつ

(どうしよう、面倒な人だったら…。)という不安がよぎる。
そしてさらなる追い打ちが、インターホンがないというハードルの高さ。

交番からこのドアの前まで、すでに30分は要している。

3回ほど深呼吸をして、思い悩んだ挙げ句ノックをした
音が小さすぎたのかなんの反応もない。

たったこれだけのことで、一瞬帰ろうかと思ったが
(もう一度だけ、もう一度だけ…)と、自分にいい宥めてもう一度深呼吸し、さっきより強めにもう一度ノックする。

これで反応がなければ、帰ろう。

すると中から、「はい」と男の人の声が聞こえた。
一気に緊張した。アポを取ってあると言っても初めて会う相手だ。
一瞬こわばって斜めがけしていたバックの紐を握っていた。

「お電話で予約を…。」そこまでいうと、足音がドアに近づいて来た。
ドアが空いた瞬間、一瞬眩しく感じたから目を瞑ってしまった。

そっと目を開けると、目を疑った。
(え、子供?)
と思ってしまうほどの可愛らしさ。
出迎えてくれたのは自分と同じくらいの身丈の青年、いや、少年にも見える人だった。

「あ、佐々木さんでしょ?」

名乗る前に、名前を言われて面食らう。
まあまあ、どうぞという感じであれよあれよの間に、室内に案内された。

「今、ライムいないんだけど、話聞いててって言われてるからそこで待ってて。あ、お茶とコーヒーどっちがいい?」

あんな苦労?をしてたどり着いた場所なのに…しかも間接的にとはいえアポイントを取って来たはずだったのに…何故かその本人は不在でなぜかお茶まで出してくれたのがこの少年だった。

なんとなく、さっきの「はい」という声はもっと大人に感じたけど、気の所為だったらしい。

促されるまま部屋に招き入れられ、そしてその少年が勧めるままに座ったソファーの前にあるお世辞にも片付いているとは言えないテーブルの上に、冒頭の灰皿が鎮座していた。


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