異眼賢王と吸血鬼の涙

藤間留彦

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第4章 終わりと始まり

第18話 初夜

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 そこには月を背にして真っ黒の塊が窓枠に少し屈むようにして立っていた。ただ、暗闇の中で二つの金色の光だけが浮かび上がっている。
「……おかえり、アシュ」
 その言葉と共に、涙が溢れぽろぽろと零れ落ちた。その黒い影は、とんと軽やかに窓枠から飛び降りて、僕の目の前に降り立つ。そしてその大きな身体で包み込むように僕を抱き締めた。
「ただいま……ニコ」
 低く重厚な音の中に優しい音を混ぜた声を聞いた瞬間、胸が内側から温かくなるのを感じた。顔を上げるとすぐ傍に美しい瞳が煌めいていて、何も言えないまま見入ってしまう。
 と、唐突に顎を掴まれ上向かされた、かと思った次の瞬間には唇に柔らかな温かい物が重なっていた。
 それが唇だと、キスだと気付いた時には、唇を食むように何度も口付けられていた。
 そうしているうちに、ぬるっとした物――舌が唇を割り歯列をなぞる。くすぐったいのと息が苦しいのとで開いた隙間から舌が侵入して、口の中を弄るように這い回った。
 今にも腰を抜かしそうなくらい身体から力が抜け熱くなり、咄嗟にアシュレイの腕を掴んだ。舌を絡め取られ、深く沈み込むような感覚に、頭がぼうっとして何も考えられなくなる。
 と、唐突にアシュレイが僕の両肩を掴んで身体を離した。荒い呼吸を繰り替えしながら、惚けたままアシュレイを見上げた。目が合った瞬間に顔を背けられる。
「……すまない。急に、こんな真似を」
 何故謝るのだろう。確かに突然のことで驚きはしたけれど、少しも嫌では無かった。というより寧ろ、高揚し耽溺する自分が居た。
「前にも話したが、吸血鬼となった者は睡眠欲を失くす代わりに、他の本能が強くなってしまうのだ。そのせいで、お前をこの腕に抱いた瞬間、自制が効かなくなった」
 睡眠欲の他の、本能。食欲と――性欲。
 心臓が煩く高鳴っている。身体中が火照って、その熱を持て余している。
「このまま自制が効かなくなってしまったら……どうなるの?」
 彼の腕を掴み、顔を覗き込みながら言ったそれは、単純な疑問だったのか、それともその先にあるものを予感して彼を誘惑したのか。どちらにしても、アシュレイの自制心を揺るがすのに充分だった。
 僕の前で屈んだかと思った瞬間、膝の裏に腕を引っ掛けもう片方の腕で僕の背中に腕を回すと、ひょいと簡単に抱え上げられてしまった。そしてそのまま早足でベッドの方に向かうと、半分放り出されるようにその上に横にされる。しゅる、と布の擦れる音がして見上げると、首に巻いていたスカーフを取り去っていた。
 マントとジャケットを床に放り投げると、ベッドに乗り上げ僕の顔の横に乱暴に手をついて覆い被さる。反射的にびくと身体が震え、固まったまますぐ目の前のアシュレイの顔を仰ぎ見た。
「お前がどれほど嫌がっても、痛みに震え涙しても、私はもう止められぬぞ」
 脅しのつもりなのだろうか。それにしては、あまりに優しい声音で、僕には甘い囁きのようにしか聞こえなかった。この手の知識があまりに乏しくて、実際何をするのか分からなかったが、高鳴る鼓動に導かれるように、こくりと小さく頷いた。
 長い息を吐き出して目を瞑り、そして見開くと爪の伸びた指で少し手荒く僕の絹の寝間着のボタンを外していく。開いた服の隙間から、彼の右手が僕の左胸に滑り込んで、肌を撫でた。と、その瞬間、彼が息を止めて瞳を大きく見開いたまま固まる。
 彼の右手が、ゆっくりと僕の左肩から胸に向けて撫で、悲痛な表情でそこを見下ろしていた。
 一年前アシュレイの暴走を止めた時に受けた傷は深く、アリの力をもってしても消えることはなかった。四本の爪の痕がくっきりと身体に刻まれている。
 微かに震える彼の大きな手に右手を重ねた。その温もりに触れて喜びが溢れ、自然と笑みが零れる。
「毎朝毎晩、この傷を見る度に、僕は君を思い出して恋しい、愛しい気持ちを募らせた。もし君が永遠に僕の前に現れなくても、君がこの身に刻んだ印が確かにここにあるから、あの日の口付けと言葉を胸に、日が昇り沈む一日一日を生きてこられた」
「……恐ろしくはないのか。目の前に居る化物は、またお前を傷付けるかもしれんぞ」
 アシュレイに重ねていた手を離し、彼の胸の中心にそっと触れた。
「僕も君を傷付けた」
 金色の瞳が揺れる。彼の哀傷に満ちた双眸を見詰めているだけで、息が詰まるようだった。
「僕は君を過去のしがらみから解き放つことができないばかりか、君に永遠に痛む傷を負わせてしまった」
 吸血鬼の治癒能力は人間の比ではないが、心の傷は同じように永遠に癒えることは無い。永遠を生きる彼らは、その身が果てるまで痛みは蓄積されていく。
「それに、僕は恐ろしいなんて思ったこともないんだ。君がまたあの姿になっても、僕は何度でも君の前に飛び出して止めようとするよ」
「あの時は上手くいっただけだ。またあんなことが起こればお前を……殺すかもしれない」
 こんな風に狼狽えているアシュレイを見るのは初めてだった。気高く、強く、冷静沈着な男をこんなにも弱らせたのは――僕なのか。そう思うと、愛しい気持ちが溢れ出して、アシュレイの頬を優しく撫でた。
「君は、まだ僕のことを愛してくれてる?」
 アシュレイは僕の手を取り目を細めると、その甲に口付けをした。
「ニコに出会ったあの夜から、私はお前への愛の前ではただの奴隷だった。この一年逃れようとしても、決してお前を想う気持ちからは逃れられなかった」
 彼の手が僕の髪を撫で、頬を擦り、唇に触れた。
「愛してる、ニコ。この一年、ただお前だけを、想っていた」
 熱情を湛えた瞳で、真っ直ぐに見詰められ、心臓の高鳴りと共に熱い息が漏れる。
「……アシュ、口付けをして、服を脱いで……その後はどうするの?」
 アシュレイの首に腕を絡ませる。アシュレイは険しい表情で深く長い息を吐き出した。
「努めて紳士的に振る舞おうとしている私の心を誘惑するな。今まで何度そういう気にさせられてきたか。まるで魔性だ」
 「魔性」という言葉と魔女の紅い瞳を持つ自分を掛けたのだろうか。その言い方が面白くてつい笑ってしまう。
「その顔だ、ニコ」
 アシュレイの手が僕の絹のシャツを捲り、肌を曝け出させた。上気した肌が外気に触れてぴくと反応する。
「お前のその笑顔は、紳士の仮面を引き剥がして、私をただの獣に変える。初体験なのだから優しくしようと思ったが、もう無理だ」
 狼のような鋭い眼で僕を見下ろし、アシュレイは唇を僕の首に寄せた。まるで獲物を喰らう獣の眼に似ていたせいで、一瞬噛まれるのかと錯覚したが、生温かいものが首筋を這う感触にびくと身体が震えた。
「っ……」
 首筋、鎖骨と下に向かって舌が這う。その痕が火傷を負ったかのように熱くなった。そして、彼が胸の辺りを舐め始めた瞬間だった。
「……あっ」
 突然変な声が出て、慌てて口を塞ぐ。アシュレイを見ると、舌で僕の乳頭を舐め上げていた。そして、もう片方の胸を指で撫で、触れられる前から既に硬くなっていた突起を爪弾いた。瞬間、びくんと身体が仰け反った。
「美しい身体だ。きめ細かな、陶器のように白い肌にが薔薇色に染まった可憐な花が咲いているようだ」
 顔から火の出るような恥ずかしい台詞に、顔が熱くなる。しかし、恥ずかしいなどと思っている余裕は無かった。アシュレイが再び突起を舌の尖端で転がすように舐め、もう一方を指で摘むようにして愛撫し始める。
「ふ、ぅ……」
 勝手に反応する身体に抗うこともできず、手の甲を唇に押し当てて、必死に声が漏れないようにすることしかできない。身体中が熱く、特に下腹部の辺りに血が集まってくるような感覚がして、耐え難いほどの熱がこもり始めていた。
 咄嗟にアシュレイの腕を制止するように掴む。手を止め顔を上げた彼は、僅かに口の端を上げて僕の下半身に目を落とした。はっとしてその視線の先を辿ると、服の上からでもそこが膨らんでいるのが分かる。身体に感じていた違和感の意味を理解し、どうにかして逃げようとした。
「もう遅い。全てが終わるまで私からは逃れられんぞ」
 そう言うと、アシュレイは僕の両足を抱えるように持ち上げ、絹のズボンを下着ごと引き下ろしてしまった。露わになったその場所を見て、肢を閉じようとしたのを、無理矢理開かれてしまい、自分もそこを直視することになった。
「随分と感じやすい身体だ。乳頭を弄られたくらいでこんな風になってしまうとは」
 肢の間から頭を擡げている茎の尖端からは、透明な液体が溢れ出している。起きた時に夢精していることはあっても、こうやって排泄以外で勃ち上がっているのを見るのは初めてのことだった。
 余りの醜態を曝して頭が真っ白になっていると、アシュレイの手がそれに触れようと伸び、驚いて腰を引こうとした。しかし、両脚を捕られては逃げられない。掌で包むように竿を握ると、親指の腹で濡れた尖端を撫でた。
「ん……ふっ……」
 びりびりと電気のように背筋を伝い上るような快感に、喘ぎ声が漏れ出す。さらに竿を握り込んだ手を上下に動かし始めると、下腹部に身体中の熱が集まってくるような感覚に襲われた。どうしようもないその熱と何も考えられなくなるほどの快感に身体を捩る。
「っ、ん……!」
 びくん、と身体が大きく震え、頭の中で何かが弾けるような衝撃がきた。その後アシュレイの手も止まり、快感と気怠さが身体を満たした。
「達する時の顔も美しいな」
 真っ白になった頭にその言葉が飛び込んできて、浅い呼吸を繰り返しながら、自分の身体に起きた事を理解しようと下の方を見る。目に飛び込んできたものは、惚けた頭を目覚めさせるのに充分過ぎるものだった。
 僕のそれはアシュレイの手の中で果て、白濁の液体を吐き出していたのだ。彼の手を汚してしまったことに気付いて、何か拭く物を起き上がろうと思うが力が入らない。
 と、アシュレイは精液で汚れた手を口に運ぶと、掌をべろりと舐めてしまった。
「なん、で……」
「……甘美な味だ」
 そんな訳はない。いくら吸血鬼で味覚が違うと言っても有り得ない。それなのに、アシュレイは指についたものまで丁寧に舐め取り、その全てを飲み干してしまった。
 羞恥のあまり顔が熱く火照る。自分でもしたことがないのに、アシュレイに触られて達してしまった。そして、それを気持ち良いと思ったことが、一番僕を混乱させた。
「それでは顔が良く見えない。愛しい声も聴けない」
 そう言って口を押えていた手を退かした。恐らく真っ赤になっているだろう僕の顔を見て、尖った歯を見せにやっと笑う。
 そこで何を思ったのかアシュレイは、膝の裏の部分を持って肢を開かせると腿の付け根に深く顔を沈めた。と、彼の顔の前に双丘の谷間が曝け出されていることに気付く。慌てた時にはもう遅く、湿った舌が搾まりに触れていた。
「だめ……そんなっ、とこ……汚、っあ……」
「お前は美しい。汚い部分など有りはしない」
 両脚を掴んでいた片方の手が孔を拡げるようにあてがわれ、そこにアシュレイの舌が抉じ開けるようにしながらゆるゆると挿入っていく。
「なん、で……ん、う……嫌、だっ……」
 アシュレイの頭に手を伸ばすが、止めるだけの力が入らない。今まで感じた事の無い異物感に身体が拒否反応を示す。
嫌だ、汚い、止めて欲しい――そう思うのに、自分の中を舌が這いずる度に、一度消えかけた炎がもう一度燻り始めるのを感じていた。その場所は、アシュレイが触れている場所よりもずっと奥の方だった。
 あれほど固く閉じていた孔が、舌が出し入れされ押し拡げるように蠢いていると、彼の舌の根元まで容易に入るようになった。
「ん、ぅ……」
 唐突に舌が引き抜かれ、腹に奥の方に違和感を覚えながらも、ようやく終わったと安堵の息を吐く。しかしアシュレイには自分で見たこともない、触れたこともない場所を暴かれてしまったと言いようのない恥ずかしさが込み上げてくる。
「ニコ、すまないがこれで終わりではない」
 衣擦れの音がして見上げると、シャツを脱ぎ上半身裸のアシュレイの姿があった。マントやジャケットなど何枚も服を纏い、身体のラインすら分からない彼が、普段目にすることの無い彼の身体を直視して息が漏れる。
 浅黒い肌が月の柔らかな光を浴びて照り輝き、隆起した筋肉を浮かび上がらせていた。
 彼は僕を美しいと言ったけれど、アシュレイの洗練された雄々しい肉体と瑞々しい肌の艶めき、そして天上の輝く星を全て溶かし込んだような金の双眸の方が、ずっと綺麗だ。
 見惚れている間に、アシュレイはズボンのボタンを外していた。少し脱ぎにくそうにしながら下着と一緒に下ろす。
 と、露わになった下半身を見て思わず目を見開いた。アシュレイの中心にそそり立った雄は、彼の身体の大きさを考えれば当然なのかもしれないが、自分のものとは比べ物にならないほど長く太いものだった。そして、その尖端には粘っこい透明な液体が纏わり付いている。
 絶句している僕を余所に、アシュレイは自分の掌に唾を吐き出すと、唾液の付いた手で竿を握り、丹念に擦り込むように全体に伸ばした。
「自分がこれから何をされるか分かるか」
 首を傾げ考えた後、横に振る。と、アシュレイは脚を肩担ぐようにして、肢の間に身体を割り込ませた。そして、僕の肢の付け根に杭をあてがう。
 その時、ようやく理解した。搾まりに当たっている硬い肉の感触に、背筋が凍る。
「アシュ……やっ、あぁ……!」
 無理矢理押し拡げられる痛みが、脊髄を走り抜けた。身体の中に感じる圧迫感と熱に、自分に起こっていることを理解する。アシュレイの一部が僕の身体の中に挿入っている、と。
 痛みのせいか涙が溢れ、視界を遮っている。けれど、すぐ傍にアシュレイの顔があることは分かって、僕の顔を覗き込みながら涙を指で拭い取ってくれた。
「初めに泣いても止めないと言ったはずだぞ」
 そう言ったアシュレイの顔を見て止めて欲しいと少しでも思った自分を恥じた。何度も荒い息を吐き出しながら、額に汗を滲ませている。理性を失わせる人間の何倍も強大な本能を押さえ付けることは容易ではないはすだ。彼はそれに僕のことを想って抗おうとしている。本能のままに行動してしまえば、僕を傷付けることが分かっているから。
「っ、ちがう……」
 身体の中で脈動する彼の熱棒を感じ、アシュレイの首に腕を回した。微笑みながら、アシュレイの顔を見上げる。
「うれ、しくて……涙が、出たんだ……」
 少し和らいではいたが、火傷のような鈍い痛みは続いている。けれど、アシュレイを愛おしいと想う気持ちの方が強く、彼の全てを受け入れたい、少しでも苦痛から解き放ってあげたいと思った。
「っ、あぁ……」
 まだ全部挿入ってはいなかったのだ。奥まで一気に突き上げられて、衝撃が走った。耐えられない痛みに身を捩るが、アシュレイは何度も杭を衝き立てた。
 と、僕を見詰め、何か思うところがあったのだろう。アシュレイの手が僕の萎えている茎を握り、腰の動きに合わせて上下に扱き始めた。
「……あっ、ん……ア、シュ……っ」
 苦痛しかなかった行為の中に、僅かに甘さが混ざり始め、段々とその甘さが大きくなっていく。そして竿に与えられる快感の他に、奥を衝き上げられた時に燻りを感じるようになっていた。
「っん……あっ、ぁ……アシュ、も……だめっ……」
「……掴まっていろ」
 僕の腰を掴むと一層深く引き寄せられ、奥で燻っていた炎が激しく燃え上がった。より強い快感が全身を何度も貫いて、堪えられずにアシュレイの背にしがみ付いた。
 アシュレイの激しい律動に合わせて、押しては返す快感の波に呑みこまれ、身体が勝手に求めるように動く。全身を焦すような熱情の中、身体の中で感じる彼の一部からアシュレイもまた絶頂に上っていくのを感じた。
「あっ、あぁ……アシュ……っ!」
 大きく仰け反り小刻みに震えながら、自分の身体の上に白濁を吐き出した。と同時に、アシュレイが短く息を切り、自分の中で熱い飛沫が放たれるのを感じた。
 ぼんやりとしたまま、呼吸を整えていると身体の内に感じていたアシュレイの一部がゆっくりと引き抜かれる。
「……ニコ……」
 温かい手が僕の頬を包む。目の前にある金色の瞳が揺れていた。僕を傷付けたと思って後悔しているのだろうか。だとしたら、アシュレイにはもっと分からせてやらなければ。
 鈍く痛む下半身を無視して身体を起こすと、アシュレイの唇に軽く口付けた。驚いた表情をしている彼に、笑い掛ける。と、途端顔を背け起き上がり、ベッドの端に背を向けて座り込んでしまった。
「アシュ、僕は大丈夫だよ。少し痛むけど、大したことは――」
「そうじゃない……」
 深い溜息を吐き、額に手を当てながら項垂れている。腰の痛みに耐えながら、アシュレイに近付いて顔を覗き込んだ。視線は、自分の下半身を見詰めている。
「……あの、アシュ……その……」
 吸血鬼の性欲というのは、想像以上に強いものらしい。思わず視線の先にあった、先程と変わらない様子の猛々しい雄を見て顔が強張る。もう一度迫られたらどうしようと思ってしまったからだ。
「分かっている。強いるつもりはない。どうにか自分で収めるから、刺激しないでくれ」
 もう一度長く溜息を吐いたのを見て、アシュレイから少し離れてベッドに横になる。気遣ってやったことが、裏目に出てしまったらしい。
 ふと下腹部、というより肢の間に違和感を覚えて触れると、ぬるりとした液体が指に纏わりついた。どうやら窪みから出てきているようだ。それが何であるかに気付いて、顔が沸騰するほど熱くなった。
 慌ててベッドから降りてすぐ近くにある水瓶から桶に水を溜め、朝身体を拭くために使用している脇机の上の絹を浸した。
「ああ、ニコ、私が――」
「じ、自分でできるから、アシュはその……そのままでいて! それでできればこっちを見ないで!」
 立ち上がろうとした気配を感じて少し大きな声を出してしまう。ちらと横目で見ると、背中を向けて再び座り直している。
 色々見られた後で、今更恥ずかしいというのも可笑しな話だが、自分で処理している姿を見られるのは何となく嫌だ。
「外に出すべきだった」
「大丈夫……っ……」
 指を中に挿し入れ、指で掻き出すように動かすと、白濁が肢を伝い落ちてきた。それも相当な量で急いで絹で拭い取る。
「……そういうことを考える余裕もなかった」
 ふっと睦み合っている間の顔が思い浮かんで、とくんと心臓が跳ねた。表情崩すことさえ稀な彼が、本能を曝け出し貪るように僕を求め、しかしその狭間で慈しみ愛でようとして葛藤している姿は、堪らない気分にさせた。
 恐らく全て出せただろうと思い、布を洗い搾ってから軽く身体を拭って振り返るとアシュレイと眼が合った。
「見ないでって言ったのに……!」
 ベッドの端に座っているアシュレイのところに詰め寄る。とそのまま両肩を掴まれ抱き寄せられる。
「ああ、ニコ……お前という太陽に背を向けて生きてはいけなかった。例え私が太陽を曇らせる暗雲でも、心のままに傍に居ることを選んでしまった。どうしても愛さずにはいられなかったのだ」
 彼が吸血鬼となって五百年、どうやって生きてきたのかはほとんど知らない。七国を統べていた皇帝ベルンハルトの元を哀傷の中去ってから、様々な国を渡り歩きながら、数々の戦を乗り越え王や将を導いてきたのだろう。
 途方も無い時の中で、アシュレイが出会いと別れを繰り返すうちに、いつか消えゆく人間に深い感情を抱かないように、そもそもの感情を打ち消して生きて行こうと考え行動するのに、そう時間は掛からなかっただろう。
 きっとこの出会いも、数ある出会いの中の一つに過ぎなかったはずだ。だから一度は別れることを選んで僕の前から去った。しかし、今彼は僕を抱いている。僕への愛に苦しみながら。
「人を愛しいと思う感情は悪ではないよ」
アシュレイの肩に頭を預け、全身を包む温もりに愛しさを募らせる。
「僕は君と違っていつかこの世を去る。君はその時身を裂くような苦しみに襲われて、もしかしたらこの出会いすら呪うかもしれない」
「そんなことはない! 私が望んだことだ!」
 身体を離し、僕の顔を真っ直ぐに見詰める。その瞳の力強さに思わず見惚れながら、微笑む。
「それでも、僕は限りある時を君と生きたい。君を愛し、君に愛されたい。どうか、このわがままを聞いてはくれないだろうか」
 瞳が一瞬揺らぎ、そして細められた虹彩は淡い輝きを放った。そして僕の手を取ると、掌に優しくキスをした。
「死が二人を別つまで、私の魂をお前に捧げる。その代わり、年を重ねていくお前に愛おしさを募らせながら、お前の人生に寄り添う権利を。お前の我儘など幾らでも聞こう」
 掌へのキスと愛の言葉に高鳴る心臓のリズムに乗ってアシュレイに抱き付いた。
「もちろん! 素敵な求婚をありがとう」
 アシュレイの手が優しく髪を撫で、深く溜息を吐いた。太腿に硬い物が当たる感触がする。
「……どうにも収まる気配がない」
 そう言うと僕を優しくベッドに横たえ、触れるだけのキスを唇に落とした。
「次はもう少し紳士的に抱けそうなのだが、どうだろうか」
「……狡いなぁ、アシュは。この状況で今それを言うなんて」
 アシュレイは僕の両頬を掌で包み鼻に軽くキスをすると、ふっと息を零して笑った。そして、その背に腕を回し、温かな幸福感に包まれるのを感じながら、身体を沈み込ませるように彼に預けた。
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