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番外編
番外編最終話 運命はただそこに④
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獣化して店を飛び出し、門の向こうに出、ルシュディーの匂いを辿りながら、いつの間にか犬族の国に続く道を走っていた。段々とルシュディーの匂いが濃くなっていく。が、ルシュディーの匂いに数名の犬族の臭いが混ざっていた。
道の途中で止まっている荷車があった。普通なら三、四名ほどで動かすものだが、若い男がひとりだけで佇んでいる。まるで誰かを待っているように、すぐ側の林を見ていた。林の方から濃い匂いが漂ってくる。
林に駆け込むとすぐに騒ぐ声が聞こえた。その声の主が誰かを脳が理解する前に、僕は飛び出していた。
前脚でルシュディーを押さえ付けている男ふたりを払って、もうひとりに威嚇するように咆哮を上げる。
「ひぃっ!」
ひとりは転がった拍子に気を失って、ひとりは腰を打ちつけて蹲っていた。残るひとりは悲鳴を上げて二人を引き摺り、足をもつれさせながら走っていった。血の臭いがしないことに、どうにか手加減できたようだと安堵する。
「……スウード……?」
背後でルシュディーの声がして振り返った。土に汚れた服を直し、僕を見詰めている。身体が小刻みに震えていた。
「なんで……」
ルシュディーの腕に巻かれた包帯に気付いて、自分の犯した罪を思い出し胸が締め付けられる。僕のこの姿に恐怖を抱いているかもしれない。近付くべきじゃない。
――そうやって、また逃げるのか?
恩人だから大切だなど、まやかしだ。怪我を負わせて負い目を感じているなんて嘘だ。あの夜逃げ出したのは、ルシュディーに拒絶されるのが恐ろしかったんだ。彼に惹かれている自分に気付かない振りをして。
「君が、好きだから」
ルシュディーの赤銅の瞳が大きく見開かれる。そして、はらはらと涙が零れ落ち、ルシュディーは口を開けて朗らかな笑みを浮かべた。
僕が一歩近づくと、ルシュディーは嬉しそうに走ってきて飛びつくように抱き付く。が、ルシュディーのいい匂いがして、あの夜のことを思い出した。
「ま、待って! ルシュディー、離れてくれ……! 君から甘い匂いがするんだ。また君を傷付けるかもしれない……!」
「甘い匂い?」
ルシュディーは身体を離し、僕を眼を丸くして見詰める。そして何かに気付いたように、含み笑いをした。
「おれのフェロモンがそんな風に感じるんなら、やっぱり運命じゃん。あの時も傷付けたっていうか、ただ押し倒された拍子の事故だったし」
「……え……? でもルシュディーの腕を……」
「突然乗り掛かられたから、びっくりして腕を振り上げたら口に入っちゃって。その時に牙に刺さっただけだぜ?」
「い、いや、でも凄く怖がっていたし……」
平然と言うルシュディーに混乱する頭を一生懸命稼働させる。しかし、ルシュディーが再び僕に抱きついてきて頭が真っ白になった。
「……怖かったよ。スウードが狼狽えて、後悔しているのが分かって……スウードを失うかもしれないって、それが怖かったんだよ」
僕の胸に顔を埋めながら、しがみつくように両腕で強く抱き締めるルシュディーに、頬を寄せるように顔を傾けた。
「よかった……失ってなかった」
ルシュディーの温かな体温と鼻腔をくすぐる甘い香り――心臓が脈打つのを感じる。
「ほっ、本当に離れてくれ! 何か不味い状態になりそうな感じが……!」
「えー? おれはいいけどな?」
「よくないっ……!」
あの夜正気を失った時のように、全身の血が熱く滾るような感覚に襲われる。だからといって無理矢理ルシュディーを引き離そうとすれば怪我をさせてしまうから動けない。と、ルシュディーがさっと身を離し、一歩下がった。
「まあ獣化したままのスウードだと、流石におれの身が持たないか」
心臓が高鳴って耳の奥でどくどくとうるさい音を立てる。
「えっと……これからどうしよっか?」
ルシュディーが少し照れたように首を傾げる。僕はその場に伏せ、真っ直ぐに彼の瞳を見詰めた。
「帰ろう、僕らの国へ。そして一緒に暮らそう。夜空に浮かぶ星になる、その日まで」
ニカッと歯を見せて笑うと大きく頷いて、僕の背にひょいと飛び乗った。
「スウードって、結構天然のたらしだな?」
「えっ」
「ははッ嘘だよ! 最高のプロポーズ、ありがと!」
そう言って僕の頭の天辺に口付けた。身体がびくっと反応し、全身の毛が逆立つ。今獣人の姿になったなら、顔が真っ赤になっていることだろう。
「好きだよ、スウード。絶対もう離れないからな」
僕の頭に額を寄せて、そう噛み締めるようなルシュディーの声に、僕は小さく頷いて、林を出て羊の国へ真っ直ぐに駆け出した。太陽が水平線の向こうに沈んでいく草原を、ふたりで。
道の途中で止まっている荷車があった。普通なら三、四名ほどで動かすものだが、若い男がひとりだけで佇んでいる。まるで誰かを待っているように、すぐ側の林を見ていた。林の方から濃い匂いが漂ってくる。
林に駆け込むとすぐに騒ぐ声が聞こえた。その声の主が誰かを脳が理解する前に、僕は飛び出していた。
前脚でルシュディーを押さえ付けている男ふたりを払って、もうひとりに威嚇するように咆哮を上げる。
「ひぃっ!」
ひとりは転がった拍子に気を失って、ひとりは腰を打ちつけて蹲っていた。残るひとりは悲鳴を上げて二人を引き摺り、足をもつれさせながら走っていった。血の臭いがしないことに、どうにか手加減できたようだと安堵する。
「……スウード……?」
背後でルシュディーの声がして振り返った。土に汚れた服を直し、僕を見詰めている。身体が小刻みに震えていた。
「なんで……」
ルシュディーの腕に巻かれた包帯に気付いて、自分の犯した罪を思い出し胸が締め付けられる。僕のこの姿に恐怖を抱いているかもしれない。近付くべきじゃない。
――そうやって、また逃げるのか?
恩人だから大切だなど、まやかしだ。怪我を負わせて負い目を感じているなんて嘘だ。あの夜逃げ出したのは、ルシュディーに拒絶されるのが恐ろしかったんだ。彼に惹かれている自分に気付かない振りをして。
「君が、好きだから」
ルシュディーの赤銅の瞳が大きく見開かれる。そして、はらはらと涙が零れ落ち、ルシュディーは口を開けて朗らかな笑みを浮かべた。
僕が一歩近づくと、ルシュディーは嬉しそうに走ってきて飛びつくように抱き付く。が、ルシュディーのいい匂いがして、あの夜のことを思い出した。
「ま、待って! ルシュディー、離れてくれ……! 君から甘い匂いがするんだ。また君を傷付けるかもしれない……!」
「甘い匂い?」
ルシュディーは身体を離し、僕を眼を丸くして見詰める。そして何かに気付いたように、含み笑いをした。
「おれのフェロモンがそんな風に感じるんなら、やっぱり運命じゃん。あの時も傷付けたっていうか、ただ押し倒された拍子の事故だったし」
「……え……? でもルシュディーの腕を……」
「突然乗り掛かられたから、びっくりして腕を振り上げたら口に入っちゃって。その時に牙に刺さっただけだぜ?」
「い、いや、でも凄く怖がっていたし……」
平然と言うルシュディーに混乱する頭を一生懸命稼働させる。しかし、ルシュディーが再び僕に抱きついてきて頭が真っ白になった。
「……怖かったよ。スウードが狼狽えて、後悔しているのが分かって……スウードを失うかもしれないって、それが怖かったんだよ」
僕の胸に顔を埋めながら、しがみつくように両腕で強く抱き締めるルシュディーに、頬を寄せるように顔を傾けた。
「よかった……失ってなかった」
ルシュディーの温かな体温と鼻腔をくすぐる甘い香り――心臓が脈打つのを感じる。
「ほっ、本当に離れてくれ! 何か不味い状態になりそうな感じが……!」
「えー? おれはいいけどな?」
「よくないっ……!」
あの夜正気を失った時のように、全身の血が熱く滾るような感覚に襲われる。だからといって無理矢理ルシュディーを引き離そうとすれば怪我をさせてしまうから動けない。と、ルシュディーがさっと身を離し、一歩下がった。
「まあ獣化したままのスウードだと、流石におれの身が持たないか」
心臓が高鳴って耳の奥でどくどくとうるさい音を立てる。
「えっと……これからどうしよっか?」
ルシュディーが少し照れたように首を傾げる。僕はその場に伏せ、真っ直ぐに彼の瞳を見詰めた。
「帰ろう、僕らの国へ。そして一緒に暮らそう。夜空に浮かぶ星になる、その日まで」
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僕の頭に額を寄せて、そう噛み締めるようなルシュディーの声に、僕は小さく頷いて、林を出て羊の国へ真っ直ぐに駆け出した。太陽が水平線の向こうに沈んでいく草原を、ふたりで。
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