孤高の羊王とはぐれ犬

藤間留彦

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番外編

番外編④ 血①

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 僕の母は、赤ん坊の頃に歓楽街の通りの路地に捨てられていたところを、娼館を経営していた女主人――大姐さんに拾われて育てられた。身体は小柄で丈夫ではなかったが、おっとりした見た目も愛らしい女性に育ったそうだ。

 母は娼館で働くことを当然のこととして受け入れていて、仕事に対して肯定的に捉えていたという。自分が育った家が娼館で、他の従業員を含めて皆に大切に可愛がられて育ったらしいから、そのことが大きいのかもしれない。十八になる頃には、娼館で一、二を争う人気の娼婦になっていたそうだ。

 そんなある日、母が早朝に帰宅する客を見送った後、店に戻ろうとした時だった。目の前に大きな銀色の狼が屋根の上から降ってきたのだ。一瞬恐怖を覚えた母だったが、その狼が血だらけで地面に横たわったまま動かないのを見て、慌てて駆け寄った。

 呼吸をしているのを確認して安堵する。と、その銀色の狼は獣化が解けて獣人の姿に戻った。二メートル近い銀髪の大男で、身体に刃物で切られた傷や矢が刺さった深い傷があったという。

「あなた! 意識はある?」

 母が声を掛けると男はハッとしたように身体を起こした。が、落ちた時に足と腕の骨を折ったらしく立ち上がれなかった。

「その怪我じゃ無理よ!」

 男が必死に起きようとするのを見て何者かから追われているのかもしれないと感じ、男に肩を貸してそのまま娼館の自分の部屋に連れ帰った。

「私はライラー。あなたは?」

 力のない光の無い蒼の瞳で、ベッドに横たわった男が母を見上げる。鼻の上に横に一本、深く古い傷があった。

「……俺が恐ろしくないのか?」
「どうして? 今なら私みたいな弱い羊のΩでも、退治できそうなほど弱っているあなたが恐ろしい?」

 母を警戒していた男だったが、出来る限りの治療をしてくれた上、娼館に男の消息を探している衛兵が来た時も部屋に匿ってくれたことで、ようやく自分が狼族の国の犬族――ウルフ・ドッグであることを明かした。自分は奴隷で名前はなく、「十番」と番号で呼ばれている、と。母は「じゃあアシャラね」とこの国の古い言葉で「十」を表す名前を付けた。

 狼の国では、「三ツ爪」と呼ばれる三つの士族が国を牛耳っている。それぞれの士族で最も強い者が国王の座に就けるという弱肉強食の世界だ。その中で、「三ツ爪」は皆代々犬族の奴隷を所有し、互いの奴隷に子を産ませて代々奴隷としてきたのだ。
 奴隷にはそれと解るように、赤ん坊の時に顔に爪痕を付けた。一つの家は鼻の上に一本、一つの家は額に二本、一つの家は頬に三本、といった具合だ。

 アシャラは奴隷の犬族のβと狼族のαとの間に生まれ、ウルフ・ドッグとして生を受けた。普通は狼族か犬族か、どちらかの要素を持つものだが、ちょうど中間の要素を持っている奇異な存在だったそうだ。
 奴隷は肉体労働は勿論、人身売買などの闇取引、諜報活動や他国の要人の暗殺などの危険な仕事をさせられていた。

 アシャラは、今回羊の国の王を暗殺する任務を負っていた。しかし仲間の嘘の情報を信じ城に潜入したところを待ち構えていた衛兵に襲撃され、命からがらここまで逃げてきたのだという。

 士族達は奴隷にも互いに争い合うように階級を付けて待遇に差を付けた。結託されるといくら自分達より非力な犬族であってもただでは済まないからだろう。
 主人に忠実で成果を上げていたアシャラは最も高い階級に昇級していた。
 しかし、仲間の中には狼族の血が半分入っているから特別に気に入られていると思い込んで嫉妬する者が居り、そのために今回任務を失敗させ、あわよくば亡き者にしようと企てたのだ。
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