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番外編
番外編③ 秘められた真実②
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「スウードさん、どんな女の子が好みっすか? 俺割と色んな店行ったんで詳しいっすよ」
Ωのひと達は、こういう話をしないので話しやすくていいと思ってしまう。犬族の同胞と暮らしていた時は、猥談なんていうのは昼間から大声で話すような奴も多くて嫌で仕方なかった。
「いや、僕は……」
「あ、もしかして男の方っすか? そっちはあんまり詳しくないんすよねえ、裏通り。お役に立てそうになくてすんません」
今後表通りを歩くとヤザンと鉢合わせないとも限らないのか。間違えても足を踏み入れないようにしなくては。──というか、表通りが女性、裏通りが男性の娼館だったのか。全く知らなかった。
しかしそうすると、先日ルシュディーに会う前に客引きをしていた女性と思っていた羊族は、もしや男性だったのか……?
「ちょっとヤザンさんいらっしゃいます?」
厨房に怒りを露わにして入ってきたサーラに驚いていると、サーラはすぐに僕の影に隠れようとしていたヤザンを見つけ駆け寄る。
「ヤザンさん、シーツを出しておいてくださいって、何回言えば分かるんですか? 貴方のだけ出てないんです! もう一ヶ月ですよ!」
「ごめんごめん、三日後だっけ? 今度は出すからさぁ。もう怒らないでよ」
怒られているのに何だか嬉しそうなヤザンを見てサーラは大きく溜息を吐いた。
「ほらぁ、せっかく可愛いのにそんなに眉間に皺を寄せないで──」
と、手を伸ばしたヤザンの手は、ぱちんと音を立ててサーラの手に叩かれる。
「馬鹿にしないでください! そういう扱い屈辱です! 私は真面目に働いているんです!」
サーラはそう怒鳴って厨房を飛び出していった。
怒ってはいた。が、酷く傷付いているみたいだった。僕は彼女の様子が気になり、後を追う。
「サーラさん、大丈夫ですか?」
彼女は裏庭に出ると歩みを止めた。その小さな背が小刻みに震えている。
「……私、昔から嫌だったんです。羊のΩは一年に一度毛を売って、成熟したら子供を作って羊乳を生産するために生きるのが正しい、みたいなのが」
宝石商になるのだと目を輝かせていた。そのために彼女は必死に宝石のことを学んできたのだろう。だから、ヤザンのΩに対する考え方が透けて見えて、それを否定されたようで嫌だったのだ。
「Ωだからって、ちゃんと抑制剤を飲んでいたら普通に働ける……私お金を貯めるためにここで働いてるんです。貯めたお金で一年分の抑制剤を買うんです。そして世界中の採掘場を巡って、絶対に一人前の宝石商になってやるんだから」
僕はずっとαかβとしか関わり合いを持って来なかった。塀の外の獣人としか関われなかったからだ。それゆえにΩが塀の中でどういう生活をしているのか知らなかった。
犬族の同胞は、Ωに酷い言葉を使っていたが、それは彼等がβであり、無知で粗暴だからだと勝手に思い込んでいた。
しかし本当は違う。彼等Ωはこの国の過半数を占め、経済を支えているのにも関わらず、少数派のβに差別を受けていたのだ。僕はまるで全てを知っているかのような口振りでロポにこの国のことを語ったが、それは表面に見えている澄んだ水の部分だけで、底に沈んだ澱みには気付かないままでいた。
きっとサーラは悔しくて泣いていたと思う。けれど、僕は彼女を慰めなかった。サーラに矜持を示されたのに、そんな浅はかな真似をする気にはならなかったから。
Ωのひと達は、こういう話をしないので話しやすくていいと思ってしまう。犬族の同胞と暮らしていた時は、猥談なんていうのは昼間から大声で話すような奴も多くて嫌で仕方なかった。
「いや、僕は……」
「あ、もしかして男の方っすか? そっちはあんまり詳しくないんすよねえ、裏通り。お役に立てそうになくてすんません」
今後表通りを歩くとヤザンと鉢合わせないとも限らないのか。間違えても足を踏み入れないようにしなくては。──というか、表通りが女性、裏通りが男性の娼館だったのか。全く知らなかった。
しかしそうすると、先日ルシュディーに会う前に客引きをしていた女性と思っていた羊族は、もしや男性だったのか……?
「ちょっとヤザンさんいらっしゃいます?」
厨房に怒りを露わにして入ってきたサーラに驚いていると、サーラはすぐに僕の影に隠れようとしていたヤザンを見つけ駆け寄る。
「ヤザンさん、シーツを出しておいてくださいって、何回言えば分かるんですか? 貴方のだけ出てないんです! もう一ヶ月ですよ!」
「ごめんごめん、三日後だっけ? 今度は出すからさぁ。もう怒らないでよ」
怒られているのに何だか嬉しそうなヤザンを見てサーラは大きく溜息を吐いた。
「ほらぁ、せっかく可愛いのにそんなに眉間に皺を寄せないで──」
と、手を伸ばしたヤザンの手は、ぱちんと音を立ててサーラの手に叩かれる。
「馬鹿にしないでください! そういう扱い屈辱です! 私は真面目に働いているんです!」
サーラはそう怒鳴って厨房を飛び出していった。
怒ってはいた。が、酷く傷付いているみたいだった。僕は彼女の様子が気になり、後を追う。
「サーラさん、大丈夫ですか?」
彼女は裏庭に出ると歩みを止めた。その小さな背が小刻みに震えている。
「……私、昔から嫌だったんです。羊のΩは一年に一度毛を売って、成熟したら子供を作って羊乳を生産するために生きるのが正しい、みたいなのが」
宝石商になるのだと目を輝かせていた。そのために彼女は必死に宝石のことを学んできたのだろう。だから、ヤザンのΩに対する考え方が透けて見えて、それを否定されたようで嫌だったのだ。
「Ωだからって、ちゃんと抑制剤を飲んでいたら普通に働ける……私お金を貯めるためにここで働いてるんです。貯めたお金で一年分の抑制剤を買うんです。そして世界中の採掘場を巡って、絶対に一人前の宝石商になってやるんだから」
僕はずっとαかβとしか関わり合いを持って来なかった。塀の外の獣人としか関われなかったからだ。それゆえにΩが塀の中でどういう生活をしているのか知らなかった。
犬族の同胞は、Ωに酷い言葉を使っていたが、それは彼等がβであり、無知で粗暴だからだと勝手に思い込んでいた。
しかし本当は違う。彼等Ωはこの国の過半数を占め、経済を支えているのにも関わらず、少数派のβに差別を受けていたのだ。僕はまるで全てを知っているかのような口振りでロポにこの国のことを語ったが、それは表面に見えている澄んだ水の部分だけで、底に沈んだ澱みには気付かないままでいた。
きっとサーラは悔しくて泣いていたと思う。けれど、僕は彼女を慰めなかった。サーラに矜持を示されたのに、そんな浅はかな真似をする気にはならなかったから。
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