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番外編
番外編② 愛を知らない犬と夜の羊⑤
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「スウードはこういうところ苦手そうなのに、役人だからって見回りしないといけないって大変だな!」
「いや、僕は役人というか、この間も別に見回りなどではなくて、個人的に調べたいことがあったから、それで……」
そうだ、それを聞くためにここに来たのだった。予想外のことですっかり忘れていた。
「調べたいこと?」
ルシュディーの年齢は僕とさほど違わないだろうから、彼自身が母に会ったということは無いだろうが、目ぼしい店など、何らかの情報が得られるかもしれない。
「実は僕の母は娼婦で、僕はこの街で生まれたんだ。母は僕が生まれてすぐに亡くなって、それ以降は壁の外で育ったんだが……母はどんな人だったのか、どんな風に暮らしていたのか、父についても何か分かれば、と」
「へ~! スウードもおれと同じ娼館生まれなんだあ!」
と、ルシュディーは何かを思い付いたような顔をした後、急に僕の正面に近づいてきて身を固くする。
「あとでおやっさん──あ、この娼館の経営者なんだけど、聞いとくよ! ここで五十年以上暮らしてるから、この街のことも詳しいし」
「っ、助かる……」
「だから、また来てよ! 絶対!」
ルシュディーは僕の手を取り、にかっと歯を見せて笑った。その飾らない笑顔に、胸の辺りが何だかむず痒くなって、視線を逸らす。
「わ、分かった」
ベッドしかないこの部屋に居ると、先程のこともあり落ち着かない気持ちになってベッドから降りた。長居をしていては彼の仕事の邪魔になるだろうし。
──仕事。
ポケットの中を探り、何かの時のためにと入れておいた金貨を一枚取り出す。
「これを」
「えっ、こんなにもらえねーよ! てか、そういうつもりで連れてきたわけじゃねーし!」
ルシュディーに金貨を手渡すと、慌てて首を横に振って僕の手に戻そうとした。
「いや、もらってくれ。労働には正当な対価が支払われなければ」
「……労働」
じっと手の中の金貨を見詰めた後、口を開けて笑い、「ありがとう。もらっとく! おれも金ないと飯食えねーからさ!」と金貨を握り締める。
「でもちょっと多いから、次の時の代金は要らねーからな!」
「つ、つぎ……」
「あっ、スウードが嫌ならもうああいうことはしねーし、普通に話するだけだからさ! スウードの母さんのこと聞いとくから、いいだろ?」
またついさっきのことが思い起こされて顔が熱くなる。
ルシュディーの仕事の時間を割いてもらうわけだから、代金を支払うのは当然だが、行為については僕が必要としないならする義務はないだろう。
「分かった。また来週話を聞きに来る」
「うん、待ってるな!」
そう言うと、ルシュディーは少し背伸びをして僕の頬に軽くキスをした。
「じゃ、じゃあ……!」
顔から火が出そうなくらい恥ずかしくて、僕は逃げるように部屋から出て館を廊下を足早に通り過ぎ階段を駆け下りた。
外に出て、深い溜息を吐く。と、館の前に居た顔に三筋の傷のある用心棒の犬族の青年が僕を睨んでいるのに気付いた。
「す、すみません……」
いつまでも出入口を塞いでいては営業妨害だ。僕は真っ直ぐに裏道を通って城へ急いだ。
来週またここに来ることになるので、次は間違わないように道順を記憶しておく。
次はルシュディーから何か有益な情報が聞ければ良いのだが。
月の出ていない深い夜の下を、爛々と輝く花街を通り抜けた。
「いや、僕は役人というか、この間も別に見回りなどではなくて、個人的に調べたいことがあったから、それで……」
そうだ、それを聞くためにここに来たのだった。予想外のことですっかり忘れていた。
「調べたいこと?」
ルシュディーの年齢は僕とさほど違わないだろうから、彼自身が母に会ったということは無いだろうが、目ぼしい店など、何らかの情報が得られるかもしれない。
「実は僕の母は娼婦で、僕はこの街で生まれたんだ。母は僕が生まれてすぐに亡くなって、それ以降は壁の外で育ったんだが……母はどんな人だったのか、どんな風に暮らしていたのか、父についても何か分かれば、と」
「へ~! スウードもおれと同じ娼館生まれなんだあ!」
と、ルシュディーは何かを思い付いたような顔をした後、急に僕の正面に近づいてきて身を固くする。
「あとでおやっさん──あ、この娼館の経営者なんだけど、聞いとくよ! ここで五十年以上暮らしてるから、この街のことも詳しいし」
「っ、助かる……」
「だから、また来てよ! 絶対!」
ルシュディーは僕の手を取り、にかっと歯を見せて笑った。その飾らない笑顔に、胸の辺りが何だかむず痒くなって、視線を逸らす。
「わ、分かった」
ベッドしかないこの部屋に居ると、先程のこともあり落ち着かない気持ちになってベッドから降りた。長居をしていては彼の仕事の邪魔になるだろうし。
──仕事。
ポケットの中を探り、何かの時のためにと入れておいた金貨を一枚取り出す。
「これを」
「えっ、こんなにもらえねーよ! てか、そういうつもりで連れてきたわけじゃねーし!」
ルシュディーに金貨を手渡すと、慌てて首を横に振って僕の手に戻そうとした。
「いや、もらってくれ。労働には正当な対価が支払われなければ」
「……労働」
じっと手の中の金貨を見詰めた後、口を開けて笑い、「ありがとう。もらっとく! おれも金ないと飯食えねーからさ!」と金貨を握り締める。
「でもちょっと多いから、次の時の代金は要らねーからな!」
「つ、つぎ……」
「あっ、スウードが嫌ならもうああいうことはしねーし、普通に話するだけだからさ! スウードの母さんのこと聞いとくから、いいだろ?」
またついさっきのことが思い起こされて顔が熱くなる。
ルシュディーの仕事の時間を割いてもらうわけだから、代金を支払うのは当然だが、行為については僕が必要としないならする義務はないだろう。
「分かった。また来週話を聞きに来る」
「うん、待ってるな!」
そう言うと、ルシュディーは少し背伸びをして僕の頬に軽くキスをした。
「じゃ、じゃあ……!」
顔から火が出そうなくらい恥ずかしくて、僕は逃げるように部屋から出て館を廊下を足早に通り過ぎ階段を駆け下りた。
外に出て、深い溜息を吐く。と、館の前に居た顔に三筋の傷のある用心棒の犬族の青年が僕を睨んでいるのに気付いた。
「す、すみません……」
いつまでも出入口を塞いでいては営業妨害だ。僕は真っ直ぐに裏道を通って城へ急いだ。
来週またここに来ることになるので、次は間違わないように道順を記憶しておく。
次はルシュディーから何か有益な情報が聞ければ良いのだが。
月の出ていない深い夜の下を、爛々と輝く花街を通り抜けた。
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