孤高の羊王とはぐれ犬

藤間留彦

文字の大きさ
上 下
37 / 58
番外編

番外編② 愛を知らない犬と夜の羊⑤

しおりを挟む
「スウードはこういうところ苦手そうなのに、役人だからって見回りしないといけないって大変だな!」
「いや、僕は役人というか、この間も別に見回りなどではなくて、個人的に調べたいことがあったから、それで……」

 そうだ、それを聞くためにここに来たのだった。予想外のことですっかり忘れていた。

「調べたいこと?」

 ルシュディーの年齢は僕とさほど違わないだろうから、彼自身が母に会ったということは無いだろうが、目ぼしい店など、何らかの情報が得られるかもしれない。

「実は僕の母は娼婦で、僕はこの街で生まれたんだ。母は僕が生まれてすぐに亡くなって、それ以降は壁の外で育ったんだが……母はどんな人だったのか、どんな風に暮らしていたのか、父についても何か分かれば、と」
「へ~! スウードもおれと同じ娼館生まれなんだあ!」

 と、ルシュディーは何かを思い付いたような顔をした後、急に僕の正面に近づいてきて身を固くする。

「あとでおやっさん──あ、この娼館の経営者なんだけど、聞いとくよ! ここで五十年以上暮らしてるから、この街のことも詳しいし」
「っ、助かる……」
「だから、また来てよ! 絶対!」

 ルシュディーは僕の手を取り、にかっと歯を見せて笑った。その飾らない笑顔に、胸の辺りが何だかむず痒くなって、視線を逸らす。

「わ、分かった」

 ベッドしかないこの部屋に居ると、先程のこともあり落ち着かない気持ちになってベッドから降りた。長居をしていては彼の仕事の邪魔になるだろうし。

 ──仕事。

 ポケットの中を探り、何かの時のためにと入れておいた金貨を一枚取り出す。

「これを」
「えっ、こんなにもらえねーよ! てか、そういうつもりで連れてきたわけじゃねーし!」

 ルシュディーに金貨を手渡すと、慌てて首を横に振って僕の手に戻そうとした。

「いや、もらってくれ。労働には正当な対価が支払われなければ」
「……労働」

 じっと手の中の金貨を見詰めた後、口を開けて笑い、「ありがとう。もらっとく! おれも金ないと飯食えねーからさ!」と金貨を握り締める。

「でもちょっと多いから、次の時の代金は要らねーからな!」
「つ、つぎ……」
「あっ、スウードが嫌ならもうああいうことはしねーし、普通に話するだけだからさ! スウードの母さんのこと聞いとくから、いいだろ?」

 またついさっきのことが思い起こされて顔が熱くなる。
 ルシュディーの仕事の時間を割いてもらうわけだから、代金を支払うのは当然だが、行為については僕が必要としないならする義務はないだろう。

「分かった。また来週話を聞きに来る」
「うん、待ってるな!」

 そう言うと、ルシュディーは少し背伸びをして僕の頬に軽くキスをした。

「じゃ、じゃあ……!」

 顔から火が出そうなくらい恥ずかしくて、僕は逃げるように部屋から出て館を廊下を足早に通り過ぎ階段を駆け下りた。
 外に出て、深い溜息を吐く。と、館の前に居た顔に三筋の傷のある用心棒の犬族の青年が僕を睨んでいるのに気付いた。

「す、すみません……」

 いつまでも出入口を塞いでいては営業妨害だ。僕は真っ直ぐに裏道を通って城へ急いだ。
 来週またここに来ることになるので、次は間違わないように道順を記憶しておく。

 次はルシュディーから何か有益な情報が聞ければ良いのだが。

 月の出ていない深い夜の下を、爛々と輝く花街を通り抜けた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

『手紙を書いて、君に送るよ』  

葉月
BL
俺(晶《あきら》)には、その人のことを考えると、心が震え、泣きたくなるほど好きな人がいる。 でも、その人が…。 先輩が想いを寄せるのは俺じゃない。 その人が想いを寄せているのは、俺の幼なじみの薫。 だけど、それでもいいんだ。 先輩と薫が幸せで、俺が2人のそばにいられるのなら。 だが7月5日。 晶の誕生日に事件がおこり… そこから狂い始めた歯車。 『俺たちってさ…、付き合ってたのか?』 記憶を無くした先輩の問いかけに、俺は 『はい、俺、先輩の恋人です』 嘘をついた。 晶がついた嘘の行方は…… 表紙の素敵なイラストは大好き絵師様、『七瀬』様に描いていただきました!! 少し長めの短編(?)を書くのは初めてで、ドキドキしていますが、読んでいただけると嬉しいです。 よろしくお願いします(*´˘`*)♡

オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜

トマトふぁ之助
BL
 某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。  そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。  聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。

【完結】雨降らしは、腕の中。

N2O
BL
獣人の竜騎士 × 特殊な力を持つ青年 Special thanks illustration by meadow(@into_ml79) ※素人作品、ご都合主義です。温かな目でご覧ください。

隠恋慕

かよ太
BL
「なんで部室にいんの」寡黙×元気。学園もの。三人称。

恋というものは

須藤慎弥
BL
ある事がきっかけで出会った天(てん)と潤(じゅん)。 それぞれバース性の葛藤を抱えた二人は、お互いに自らの性を偽っていた。 誤解し、すれ違い、それでも離れられない…離れたくないのは『運命』だから……? 2021/07/14 本編完結から約一年ぶりに連載再開\(^o^)/ 毎週水曜日 更新‧⁺ ⊹˚.⋆ ※昼ドラ感/王道万歳 ※一般的なオメガバース設定 ※R 18ページにはタイトルに「※」

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

処理中です...