孤高の羊王とはぐれ犬

藤間留彦

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最終話 気高き羊王と運命の番⑧

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「俺、アルと一緒なら一生塔の中で生活するのだって嫌じゃないし、平気だよ! でも……何となく塔の中に居る限り、アルは俺がいつか居なくなるって、ずっと思いそうな気がするんだ」

 アルは脳裏に焼き付いた、前女王――母親の最期の姿を、この広間の窓を見る度に思い出すのではないか。そうしたら、その度に不安になって、俺を遠ざけてしまうかもしれない。そして更に俺が病気になったりしたら、アルは番関係を解消して俺を外の世界に解き放とうとするだろう。

「俺、アルが辛いのは嫌だし、絶対離れたくない! だからアルとずっとずっと、笑って過ごせるようにしたいんだ!」

 俺を見るアルの瞳の虹彩が収縮する。そして、静かに眼を伏せると小さく息を吐いた。

「……私はこの塔以外を知らぬ。故に外の世界が恐ろしい」

 再び開いた眼には、恐怖を抑え込もうとする強い意志が見て取れた。

「しかし、ロポを見ていたら、外の世界には素晴らしいものが在るのかも知れぬと思えた」

 手に持っていたカップを置き、アルはゆっくりと立ち上がった。そして俺に手を差し出す。

「私を導いてくれるか、ロポ」
「うん! 行こう、アル!」

 俺はアルの手を取り、椅子から勢いよく立ち上がって、真っ直ぐに塔の出入り口に続く階段を下りた。俺に手を引かれて付いてくるアルと、その後ろから慌てて追いかけてくるスウードと一緒に。

 一階に辿り着いて重いドアを押し開けた。一歩、塔の外に出た。その瞬間、アルが手を離すように手を引いた。
 いつの間にか塔の周りを警備していた他の犬族の者達が、こちらを見ているのに気付いた。俺は強く手を握り直し、振り返って真っ直ぐにアルの顔を見詰める。

「……大丈夫だよ、アル」

 周囲の視線に、恐怖に揺らいでいた瞳が、俺の呼び掛けでようやく焦点が合う。

「俺だけを見ていて」

 俺はアルに微笑み掛けながら、少しだけ手を引いた。アルの足が一歩、塔の外に出る。
 柔らかな風が俺とアルの間を通り抜けた。雨上がりの、独特な匂いを含んでいる。
 少しぬかるんだ道を一歩一歩、進んでいく。と、アルは唐突に立ち止まり深く息を吐いた。

「太陽の日差しは、これほど熱いのだな」
「うん、そうなんだ。風も大地も、草も木も、全部……素晴らしいものだよ」

 見上げると、空に虹が架かっていた。きっと塔の窓からだったら見えなかった、素晴らしいものの一つだ。

「陛下、歩いて行かれるのですか?」

 後ろから付いてきていたスウードが、笑みを浮かべて立っていた。きっと、彼もこんな日が来ることを望んでいたのだろう。

「ああ、歩いてみたいのだ。ロポと」

 真っ白の美しい睫毛を伏せるようにして目を細め、慈愛に満ちた微笑みを浮かべて俺を見た。俺も笑みを返して、「行こう」と手を引く。
 俺は少し弾むようにして、時折隣に居るひとりの美しい青年の顔を見詰めながら、羊の国の門に向かって歩き出した。
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