21 / 58
最終話 気高き羊王と運命の番③
しおりを挟む
寝入ってからどれくらい経ったのか、寝苦しさを覚えて目を覚ました。そして、自分に起こっている異変に気付いた。身体が異常なほど熱くなっていて、呼吸が荒い。小さい頃熱を出したことがあったが、その時とはまた違う熱だった。
身体の奥から湧き上がってくるような、初めての感覚に混乱した。そして、このどうしようもない熱から、何とかして逃れたいと強く願った。
──助けて。
思い浮かべたのは、アルだった。
窓の外はまだ暗闇に包まれている。この部屋から出て二階の寝室に眠っているアルのところまで行けば、助けてくれるのではないか。とにかく部屋から出ないと。しかし、身体は思うように動かない。
「っ……あっ、ぐ……!」
無理矢理身体を起こしたが、起き上がりざまにベッドから転げ落ちた。ほとんど手足に力が入らない。これほど動けないぐらい弱ったことはない。
でも行かなければ、と思う。アルのところに辿り着かなければ、と。
床を這いずりながら、息も絶え絶えにドアに向かって進む。上体を何とか起こしてドアノブに手を伸ばす。掴んだ瞬間、体重を掛けてドアを押すと、前のめりに倒れ込むように部屋から出た。
スウードが点けていたろうそくの火がまだ灯っていた。目の前の広間、そして奥の階段を見る。とてもじゃないが、這いながら階段を上ってドアを開けて、上の階の広間を横切り、一番奥にあるアルのベッドに辿り着くことができるとは思えない。
「っ……アル……!」
熱い、苦しい。一歩も動けなくなって蹲る。このまま死ぬのかもしれない。こわい。助けて──。
「ロポ……!」
声が聞こえて、息を切らしながら顔を上げる。階段を駆け下りてくるその姿を見て、思わず涙が出そうになった。が、アルは俺の側には近づいて来なかった。広間の端から驚いたように俺を見詰めている。
「……何故、発情している……」
「発、情……?」
そう言われてようやくこの身体の異変が何なのかを理解した。これが――「発情期」。
「実を、摂り忘れたのか……?」
摂り忘れたんじゃない、自分の意志で食べなかった。アルと番になるためにΩの俺ができる、唯一の方法だと思ったから。けれど、これほど苦しいとは思わなかった。動くことも話すことも上手くできないだなんて。
「スウードを――いや、αを近付けるわけには……」
ろうそくの明かりに照らされた、アルの白い姿がぼんやりと見える。表情ははっきりと分からないが、いつもより落ち着きが無いように思えた。
「……食べ、なかった……」
「何……?」
伝えなければ、自分の気持ちを。次に太陽が昇って沈む頃には、俺はアルと話すことさえできなくなってしまうのだから。
「アルが……好き、だから……一緒に、居たい……から……!」
アルの側に行きたい。何とか力を振り絞り、身体を引き摺って少しだけアルの方に進んだ。
「それ以上近づくなッ……!」
声を荒げて、アルが叫んだ。今まで見たこともない様子に、動きを止める。
「俺っ……アルとっ、番になり、たい……! 一緒に居たいっ……!」
アルは口と鼻を手の甲で押さえながら、鋭い眼で俺を睨むように見詰めた。
「……私はお前を、ロポを番にしない」
発情期の苦しさと、アルが俺のことを拒絶していることへの悲しみと、卑怯な真似をしてアルを自分のものにしようとしていることへの罪悪感とで涙が溢れ、ぽろぽろと零れ落ちた。
「私は……失うと分かっているものに手を伸ばさぬ。失った時の苦しみがどれほどのものか、前女王はその身をもって私に教えたのだ」
番関係を解かれて、離れ離れになって、二度と会うことなく亡くなったふたり。アルは母親の姿を見てその悲しみと苦しみを知ったのだ。だから、両親と同じ運命を歩むことを恐れている。
「……俺はっ、アルから離れないよっ……!」
「嘘を吐くな!」
身体の奥から湧き上がってくるような、初めての感覚に混乱した。そして、このどうしようもない熱から、何とかして逃れたいと強く願った。
──助けて。
思い浮かべたのは、アルだった。
窓の外はまだ暗闇に包まれている。この部屋から出て二階の寝室に眠っているアルのところまで行けば、助けてくれるのではないか。とにかく部屋から出ないと。しかし、身体は思うように動かない。
「っ……あっ、ぐ……!」
無理矢理身体を起こしたが、起き上がりざまにベッドから転げ落ちた。ほとんど手足に力が入らない。これほど動けないぐらい弱ったことはない。
でも行かなければ、と思う。アルのところに辿り着かなければ、と。
床を這いずりながら、息も絶え絶えにドアに向かって進む。上体を何とか起こしてドアノブに手を伸ばす。掴んだ瞬間、体重を掛けてドアを押すと、前のめりに倒れ込むように部屋から出た。
スウードが点けていたろうそくの火がまだ灯っていた。目の前の広間、そして奥の階段を見る。とてもじゃないが、這いながら階段を上ってドアを開けて、上の階の広間を横切り、一番奥にあるアルのベッドに辿り着くことができるとは思えない。
「っ……アル……!」
熱い、苦しい。一歩も動けなくなって蹲る。このまま死ぬのかもしれない。こわい。助けて──。
「ロポ……!」
声が聞こえて、息を切らしながら顔を上げる。階段を駆け下りてくるその姿を見て、思わず涙が出そうになった。が、アルは俺の側には近づいて来なかった。広間の端から驚いたように俺を見詰めている。
「……何故、発情している……」
「発、情……?」
そう言われてようやくこの身体の異変が何なのかを理解した。これが――「発情期」。
「実を、摂り忘れたのか……?」
摂り忘れたんじゃない、自分の意志で食べなかった。アルと番になるためにΩの俺ができる、唯一の方法だと思ったから。けれど、これほど苦しいとは思わなかった。動くことも話すことも上手くできないだなんて。
「スウードを――いや、αを近付けるわけには……」
ろうそくの明かりに照らされた、アルの白い姿がぼんやりと見える。表情ははっきりと分からないが、いつもより落ち着きが無いように思えた。
「……食べ、なかった……」
「何……?」
伝えなければ、自分の気持ちを。次に太陽が昇って沈む頃には、俺はアルと話すことさえできなくなってしまうのだから。
「アルが……好き、だから……一緒に、居たい……から……!」
アルの側に行きたい。何とか力を振り絞り、身体を引き摺って少しだけアルの方に進んだ。
「それ以上近づくなッ……!」
声を荒げて、アルが叫んだ。今まで見たこともない様子に、動きを止める。
「俺っ……アルとっ、番になり、たい……! 一緒に居たいっ……!」
アルは口と鼻を手の甲で押さえながら、鋭い眼で俺を睨むように見詰めた。
「……私はお前を、ロポを番にしない」
発情期の苦しさと、アルが俺のことを拒絶していることへの悲しみと、卑怯な真似をしてアルを自分のものにしようとしていることへの罪悪感とで涙が溢れ、ぽろぽろと零れ落ちた。
「私は……失うと分かっているものに手を伸ばさぬ。失った時の苦しみがどれほどのものか、前女王はその身をもって私に教えたのだ」
番関係を解かれて、離れ離れになって、二度と会うことなく亡くなったふたり。アルは母親の姿を見てその悲しみと苦しみを知ったのだ。だから、両親と同じ運命を歩むことを恐れている。
「……俺はっ、アルから離れないよっ……!」
「嘘を吐くな!」
0
お気に入りに追加
226
あなたにおすすめの小説
みなしご白虎が獣人異世界でしあわせになるまで
キザキ ケイ
BL
親を亡くしたアルビノの小さなトラは、異世界へ渡った────……
気がつくと知らない場所にいた真っ白な子トラのタビトは、子ライオンのレグルスと出会い、彼が「獣人」であることを知る。
獣人はケモノとヒト両方の姿を持っていて、でも獣人は恐ろしい人間とは違うらしい。
故郷に帰りたいけれど、方法が分からず途方に暮れるタビトは、レグルスとふれあい、傷ついた心を癒やされながら共に成長していく。
しかし、珍しい見た目のタビトを狙うものが現れて────?
【完結】ワンコ系オメガの花嫁修行
古井重箱
BL
【あらすじ】アズリール(16)は、オメガ専用の花嫁学校に通うことになった。花嫁学校の教えは、「オメガはアルファに心を開くなかれ」「閨事では主導権を握るべし」といったもの。要するに、ツンデレがオメガの理想とされている。そんな折、アズリールは王太子レヴィウス(19)に恋をしてしまう。好きな人の前ではデレデレのワンコになり、好き好きオーラを放ってしまうアズリール。果たして、アズリールはツンデレオメガになれるのだろうか。そして王太子との恋の行方は——?【注記】インテリマッチョなアルファ王太子×ワンコ系オメガ。R18シーンには*をつけます。ムーンライトノベルズとアルファポリスに掲載中です。
【完結】奇跡の子とその愛の行方
紙志木
BL
キリトには2つの異能があった。傷を癒す力と、夢見の力。養親を亡くしたキリトは夢に導かれて旅に出る。旅の途中で魔狼に襲われこれまでかと覚悟した時、現れたのは美丈夫な傭兵だった。
スパダリ攻め・黒目黒髪華奢受け。
きわどいシーンはタイトルに※を付けています。
2024.3.30 完結しました。
----------
本編+書き下ろし後日談2話をKindleにて配信開始しました。
https://amzn.asia/d/8o6UoYH
書き下ろし
・マッサージ(約4984文字)
・張り型(約3298文字)
----------
好きだと伝えたい!!
えの
BL
俺には大好きな人がいる!毎日「好き」と告白してるのに、全然相手にしてもらえない!!でも、気にしない。最初からこの恋が実るとは思ってない。せめて別れが来るその日まで…。好きだと伝えたい。
獣人王と番の寵妃
沖田弥子
BL
オメガの天は舞手として、獣人王の後宮に参内する。だがそれは妃になるためではなく、幼い頃に翡翠の欠片を授けてくれた獣人を捜すためだった。宴で粗相をした天を、エドと名乗るアルファの獣人が庇ってくれた。彼に不埒な真似をされて戸惑うが、後日川辺でふたりは再会を果たす。以来、王以外の獣人と会うことは罪と知りながらも逢瀬を重ねる。エドに灯籠流しの夜に会おうと告げられ、それを最後にしようと決めるが、逢引きが告発されてしまう。天は懲罰として刑務庭送りになり――
キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
【完結】あなたの恋人(Ω)になれますか?〜後天性オメガの僕〜
MEIKO
BL
この世界には3つの性がある。アルファ、ベータ、オメガ。その中でもオメガは希少な存在で。そのオメガで更に希少なのは┉僕、後天性オメガだ。ある瞬間、僕は恋をした!その人はアルファでオメガに対して強い拒否感を抱いている┉そんな人だった。もちろん僕をあなたの恋人(Ω)になんてしてくれませんよね?
前作「あなたの妻(Ω)辞めます!」スピンオフ作品です。こちら単独でも内容的には大丈夫です。でも両方読む方がより楽しんでいただけると思いますので、未読の方はそちらも読んでいただけると嬉しいです!
後天性オメガの平凡受け✕心に傷ありアルファの恋愛
※独自のオメガバース設定有り
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる