孤高の羊王とはぐれ犬

藤間留彦

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最終話 気高き羊王と運命の番①

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 窓を叩く雨の音が聞こえて、重い目蓋を持ち上げる。外は薄暗いが、昼頃だろうか。
 雨の匂いと湿気で、辺りの匂いがわかりにくいが、ドアの向こうで音がしている。この靴音はスウードだろう。
 ベッドから下りて、そっとドアを開けて覗くと、スウードと目が合った。雨音がドアを開ける音を消してくれるかと思ったけれど、ダメだったか。

「……おはよう」
「おはよう、ロポ」

 耳を下げて尻尾をいじりながら近くの椅子に座る。昨夜俺が使った食器はテーブルから消えていて、今は新しいテーブルクロスを掛けているところのようだ。

「朝食はとうに片付けてしまったぞ。今から昼食の準備を始めるところだ」
「そっか……」

 少しお腹が空いているけど、すぐに昼食だろうから我慢だ。というか、どれくらい眠っていたのだろうか。いつ眠ったかも覚えてない。

「ロポ、木の実は食べたのか?」
「ああうん、さっき起き抜けに……だからちょっと喉が渇いたな」

 嘘とバレないように声のトーンを変えないようにしたが、さてどうだろうか。
 「そうか」とスウードは水差しからコップに水を注いで、俺の前に差し出す。水を飲み干すと、コップにまた水を注ぎ足した。

「できれば早めに服を着替えてくれるか。洗濯物まとめて持って下に降りるから」
「ごめん、すぐ脱ぐ!」

 紐を緩め上衣とズボンを脱ぐと、スウードが後ろを向いて硬直している。

「部屋で着替えてくれと、何度言えば分かるんだ……!」

 脱いだ服を入れる籠がそこの棚にあるのに、いちいち部屋に戻るのが面倒なのだが、どうやら普通は下着姿を他人に見せるものではないらしい。森に仲間がいた時から皆裸で泳いだりしていたから、その感覚がよく分からない。
 棚から籠を取り出して服を入れ、部屋に戻っていつの間にか新しい服がクローゼットに入っていて、それに着替えた。机の上に置いていた「世界史」の本を持って広間に戻ると、籠を抱えたスウードが溜息を吐く。

「陛下は職務に当たっているから邪魔をしないようにな」
「うん、大丈夫。本でも読んでる」

 本を見せると、スウードは「そうか」と目を細めて、そのまま階段を下りて行った。足音があっという間に遠ざかる。
 窓辺に寄って、外を眺めた。しばらくすると小さな点が塔から離れていくのが見えた。スウードだろうか。この雨の中ではずぶ濡れだ。
 壁の向こうの様子は、霧のようになっていてよく見えない。雨の中でも、カーニヴァルを楽しんでいるのだろうか。

 ──明日の夜までに、俺はアルと番になれるのか。

 どうすればなれるのか分からないけれど、恐らくΩが「発情期ヒート」になってαを「誘引」することは必要なことのようだ。だから俺は、アルの気持ちを無視して、発情期というΩの性質を使って番になろうとしている。
 考えれば考えるほど憂鬱な気分になる。俺がアルから離れたくないばかりに、アルは俺と一緒に居たくないのに、番になるだなんて。

 アルとは昨日塔を出ようと言ってから会っていない。だから少しくらい話をしておかないと……明日が期限なのだ。
 スウードには嘘を吐くことにはなってしまうけれど、仕方がない。俺は本を手に上の階にアルの仕事部屋へ向かった。
 ノックをしてドアを開けると、いつもなら「また邪魔にしにきたのか」という空気が漂うのだけど、今日は少し様子が違う。

「身体の調子は、もう大丈夫なのか」
「えっ……うん、平気」

 もしかして、俺が部屋で寝ていたのを病気か何かだと思っていたのだろうか。それとも、スウードがそんな風に説明したのか。どちらにしろ、気まずい雰囲気にならずに済んでよかった。

「ごめん、本を返しに来ただけだから」
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