孤高の羊王とはぐれ犬

藤間留彦

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第三話 ふたりきりの一日①

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「水浴びしたい……」

 階段を上りきって、一番最初に思ったことが口をついて出た。

「無理な相談だ。この塔ではスウードが運んできた水だけしか使えない。つまり明日まで、そこにある水瓶が全てなのだ」

 俺の身長より少し小さいくらいの入れ物を示して言う。板で蓋をされた中を見ると、水瓶という入れ物の半分くらいまで水が入っていた。
 森では川の近くに住んでいて、魚や蟹を獲って食べたりしていたし、いつでも水の中に入っていられた。水浴びも飲むのも洗い物も、水に制限などはなかった。ここにはこれだけの水しかない。

「ええ~……よく考えたら森で捕まってからずっと水浴びしてないし、身体中べたべたして気持ち悪いんだよな……」

 汗のせいで身体の臭いも強くなっている気がする。森で生活していた時から何となく体臭は消したくなるのだ。

「水で浸した布で身体を拭うことは可能だ」
「じゃ、そうする! 布って?」

 アルは溜息を吐いて水瓶の近くにあった四角い木の置物に立つと、左側の金属の取手を引っ張った。すると、箱の中にいくつもの白い布が重なり合うように入っていたのだ。

「この箱すごいな! 反対側には何が入ってるの?」
「水を入れる桶と脱いだ後の服や汚れ物を入れておく籠だ。籠に入れておけば後でスウードが片付ける。ロポの部屋には同じ棚があるが、恐らく着替えが入っているだろう」

 この箱は棚というのか。自分の周りには無かった物ばかりで、見る物全てが新しい。

「……何をしている?」

 早速身体を拭こうと思って上着を脱ごうと裾を巻くると、アルが俺を睨むように見詰める。

「何って、早速身体を拭きたいから服脱いでるだけだけど」

 目を細めた後、くるりと背を向けて階段を上り、黙って上の階の部屋に入っていった。
 気分を悪くしたのだろうか。よく考えたら、王様の前で裸になるのは失礼だったかもしれない。どうするのが正解だったのか分からないけれど。

 気を取り直して服を脱ぎ、棚の右側を開けて木で編まれた籠を取り出し放り込んだ。そして、水瓶から水を道具で桶に汲み入れ、白い布を水に浸す。絞った布で身体を拭うと、少しだけ不快感が無くなった。
 身体を拭いた後、自分の部屋に戻って棚の扉を開けると、アルが言った通りに、下着とさっき着ていたのとほぼ同じ上下の服が一揃え入っていた。

 着替えて部屋を出て、上の部屋への階段を上る。一人でいてもやることがないからだ。
 上の階の扉を開けると、朝食に使った汚れた食器と今日と明日の食料がテーブルの上に乱雑に置かれている。アルの姿が無いので、自分の部屋に戻っているのだろうか。

「アル、どこー?」

 部屋の奥に二つ扉があって、手前の扉を開ける。と、アルが一番奥にある机に座っていて、机の上には沢山の紙が山積みになっていた。

「何してるの?」

 部屋中の壁には沢山の四角い塊のようなものが、天井の辺りまである木でできた収納家具に並べられている。
 声を掛けても耳がぴくりと動いただけで、顔を全くこちらに向けないので、恐らく来て欲しく無いのだろう。でも特に咎められてもいないし、無言の圧力には屈しないぞと側に寄って手元を覗き込んだ。
 文字が紙にびっしりと書いてある。文字の読み書きができないので、何が書いてあるのか理解できないが。

「これ何?」
「……議事録だ。大臣たちが話し合った内容が記されている」

 視線を紙に落としたまま言う。とりあえず無視を決め込むのは無理だと思ってくれたようで助かった。

「大臣?」
「私に代わって国の政を行っている者達だ」
「えっ、じゃあ王様より偉いじゃん!」
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