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第二話 初めての朝①
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ぼんやりと意識が浮上して、辺りの明るさに気付き、ゆっくりと重い瞼を持ち上げる。
いつもなら、鳥の囀りや木々のさざめきを聴き、そよぐ風の心地良さを感じながら目を覚ますが、今日は草のベッドの上ではない。昨日までの固い荷車の板の上でもない。
綿という植物が詰まっているというふかふかのベッドの上、それも寝返りを三回うっても転がり落ちない大きさだ。さらに染色した羊の毛で編んだ毛布にくるまっている。
と、仄かに花の香りに近い芳香が漂ってきて、俺はベッドの上から降りた。膝上くらいまである丈の長い白の上着を着ている。
そういえば、俺の服は昨日スウードに洗濯をするからと全部持っていかれたんだった。上下セットの白い寝衣を用意してくれていたが、サイズが大き過ぎて結局上だけで事足りてしまい、この格好で寝たのだ。
通された部屋はちょっと走り回れるくらいには広かったが、数キロにも及ぶ密林の中を一人で生活していた俺にとっては、あまりにも狭い場所だ。荷車の中に押し込められていた数日よりは良い場所には違いないけれど。
真っ白の壁に金の線で蔓や木の葉、青色で花や鳥の模様が描かれている。昨日の居間もそうだったから、全ての壁が同じ装飾がされているのだろう。
部屋にはベッドと木でできた取手のついた四角い置物、世界を反転して映すことのできる水面を閉じ込めたような薄い板が付いた机、背もたれのついたふかふかの椅子、あとは装飾の施された瓶や昨夜明かりを灯していた白い石のようなものとそれを立てるための金の置物がある。何をどうするためのものか、今まで見たこともないから分からないけれど、どれもとても綺麗だ。
部屋の扉を恐る恐る開いて外に出る。王様が居たら、また睨まれるかもしれないから。
「おはよう、ロポ。ちょうど紅茶を淹れたところだ」
上の階へ続く階段から、スウードが下りてきた。花のような匂いは、窓に近いところにある大きなテーブルの上の水差しのような入れ物から薫っている。
「おはよう。良い匂いがしたから起きた」
「よく鼻が利くな」
森の中で生きていくのに、他の生き物の匂いや空気中の湿気で天気を感じ取ったりするのは当然のことだった。でも、あの日スウード達三人の匂いをちょうど水浴びしていて気付かなかったのは、長く独り生活をしていたための気の緩みだったとしか言えない。
スウードは丸いテーブルを囲んでいる椅子の一脚を引き、俺がその席に座ると、皿の上の取手のついたコップに水差し型の入れ物から赤茶色のお湯を注ぐ。湯気と共にふわっと良い匂いが広がり、鼻腔をくすぐる。
「紅茶でも飲んで寛いでいてくれ。朝食を運んでくる」
熱そうなのでふうふうと息を吹き掛けて、紅茶というらしい飲み物に口を付ける。少し苦味があるが美味しい。
「そうだ。上の階は陛下の部屋だ。勝手に行くなよ」
そう言うと、スウードは階段を下りて行った。
行くな、と言われると行きたくなるのは、何故だろう。少し覗いてみたい気持ちになる。
スウードの匂いが一気に遠くなっていくのを感じ、俺は今がチャンスと席を立ち、階段を上った。
階段の先には扉があった。俺はそっと開いて僅かな隙間から中の様子を窺う。
上の階は下と似た間取りだが、そこにはテーブルの代わりにベッドがあり、他にも色々な家具や物があって目がついていかない。
しかし、窓の側の椅子に腰を下ろした、白い生き物に目を向けると、それ以外の何も視界に入らなくなった。
二本の大きな角と直毛の少し長めの白髪。髪から覗く横向きについた耳。空に浮かぶ雲のように透明感のある真っ白な肌に、長い白の睫毛に縁取られた金色の双眸と薄ピンクの唇が映える。薄く黄色がかったゆったりとした上下の服を着ていて、俺が昨日上しか着れなかったものと似ていた。
いつもなら、鳥の囀りや木々のさざめきを聴き、そよぐ風の心地良さを感じながら目を覚ますが、今日は草のベッドの上ではない。昨日までの固い荷車の板の上でもない。
綿という植物が詰まっているというふかふかのベッドの上、それも寝返りを三回うっても転がり落ちない大きさだ。さらに染色した羊の毛で編んだ毛布にくるまっている。
と、仄かに花の香りに近い芳香が漂ってきて、俺はベッドの上から降りた。膝上くらいまである丈の長い白の上着を着ている。
そういえば、俺の服は昨日スウードに洗濯をするからと全部持っていかれたんだった。上下セットの白い寝衣を用意してくれていたが、サイズが大き過ぎて結局上だけで事足りてしまい、この格好で寝たのだ。
通された部屋はちょっと走り回れるくらいには広かったが、数キロにも及ぶ密林の中を一人で生活していた俺にとっては、あまりにも狭い場所だ。荷車の中に押し込められていた数日よりは良い場所には違いないけれど。
真っ白の壁に金の線で蔓や木の葉、青色で花や鳥の模様が描かれている。昨日の居間もそうだったから、全ての壁が同じ装飾がされているのだろう。
部屋にはベッドと木でできた取手のついた四角い置物、世界を反転して映すことのできる水面を閉じ込めたような薄い板が付いた机、背もたれのついたふかふかの椅子、あとは装飾の施された瓶や昨夜明かりを灯していた白い石のようなものとそれを立てるための金の置物がある。何をどうするためのものか、今まで見たこともないから分からないけれど、どれもとても綺麗だ。
部屋の扉を恐る恐る開いて外に出る。王様が居たら、また睨まれるかもしれないから。
「おはよう、ロポ。ちょうど紅茶を淹れたところだ」
上の階へ続く階段から、スウードが下りてきた。花のような匂いは、窓に近いところにある大きなテーブルの上の水差しのような入れ物から薫っている。
「おはよう。良い匂いがしたから起きた」
「よく鼻が利くな」
森の中で生きていくのに、他の生き物の匂いや空気中の湿気で天気を感じ取ったりするのは当然のことだった。でも、あの日スウード達三人の匂いをちょうど水浴びしていて気付かなかったのは、長く独り生活をしていたための気の緩みだったとしか言えない。
スウードは丸いテーブルを囲んでいる椅子の一脚を引き、俺がその席に座ると、皿の上の取手のついたコップに水差し型の入れ物から赤茶色のお湯を注ぐ。湯気と共にふわっと良い匂いが広がり、鼻腔をくすぐる。
「紅茶でも飲んで寛いでいてくれ。朝食を運んでくる」
熱そうなのでふうふうと息を吹き掛けて、紅茶というらしい飲み物に口を付ける。少し苦味があるが美味しい。
「そうだ。上の階は陛下の部屋だ。勝手に行くなよ」
そう言うと、スウードは階段を下りて行った。
行くな、と言われると行きたくなるのは、何故だろう。少し覗いてみたい気持ちになる。
スウードの匂いが一気に遠くなっていくのを感じ、俺は今がチャンスと席を立ち、階段を上った。
階段の先には扉があった。俺はそっと開いて僅かな隙間から中の様子を窺う。
上の階は下と似た間取りだが、そこにはテーブルの代わりにベッドがあり、他にも色々な家具や物があって目がついていかない。
しかし、窓の側の椅子に腰を下ろした、白い生き物に目を向けると、それ以外の何も視界に入らなくなった。
二本の大きな角と直毛の少し長めの白髪。髪から覗く横向きについた耳。空に浮かぶ雲のように透明感のある真っ白な肌に、長い白の睫毛に縁取られた金色の双眸と薄ピンクの唇が映える。薄く黄色がかったゆったりとした上下の服を着ていて、俺が昨日上しか着れなかったものと似ていた。
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