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第一話 孤高の王③
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「僕の主であり、この国の王、アルダシール十九世。君はその番となるよう、犬族の王から我が王に贈与された」
──贈与。俺はまるで物みたいに犬族の王に扱われたのか。一度も会ったこともなく、何かしてもらったこともないのに。ただ自分の国の民だと言うだけで。
沸々と怒りが湧き上がる。余りにも理不尽な状況に、逃げきれなかった不甲斐なさに。自分の身体が小さいことをこの時ほど嫌になったことはなかった。
辺りが暗くなってきて、壁の外の建物に火が灯り始めた。太陽が沈んだのだ。
進む方向から壁が円を描いていることに気づいた時だった。
「見てみろ」
男の顔が向いている前方に目を遣ると、天に向かって伸びているような建物が、暗闇の中に白く浮かび上がっている。
「我が王の住まう塔だ」
壁の外にあって、壁よりも高いその塔という建物は、遠くから見ても他者を寄せ付けないような冷たさを覚えた。あの建物に住む王も、そのような者なのだろうか。
「俺はあそこに行くの?」
「ああ、君は陛下と暮らし、陛下が番とするかお決めになる」
森の中での生活しか知らない。そして幼い頃に母に先立たれ、仲間も森の生活を捨てて出て行ってしまった。知らない誰かと暮らすなんてできるのだろうか。そもそも自分をこんな目に遭わせた原因の者だというのに、だ。
「もし王様に気に入られなかったら……どうなる?」
このまま思い通りに王の番とやらになるのは嫌だった。
「……さあ、僕には分からない。しかし君はもう羊族の国の所有物となった。犬族の民ではない。残念だが……元の生活に戻れるとは思わない方がいい」
壁から少しずつ離れ塔に向かって俺を乗せた荷車は進む。塔の高い所と、たもとの辺りにぽつぽつと灯りが点っている。
「じゃあ、スウードみたいに働けたりはしないかな」
「どうだろう。君はまだ小さいから」
先の二匹の会話でも引っかかっていたのだが、どうやら大きな勘違いをしているらしい。
「俺もう二十歳だし大人だぞ! 確かに身体は小さいけど、体力には自信あるんだからな!」
がたと荷車が止まり、スウードは振り返ると、目を丸くして俺をまじまじと見た。
「……まだ十歳くらいかと思っていた。だからΩ性が発現していないのかと……しかしそれなら陛下もお喜びになる」
「喜ぶって何を? っていうか、αとかΩとかって何?」
また驚いたような顔をした後、咳払いしてゆっくりと荷車を引き始める。
「羊族のαは陛下ただおひとりだ。今までも、おひとりだけお生まれになっている。余計な争いを無くすために、ひとりだけ生まれる必要があるからだ」
「……それとΩが関係あるの?」
「ああ。αとΩにはそれぞれ優性と劣性があり、生まれた子の性質は優性の方に引っ張られる。羊族のΩは強い優性の性質を持つため、優性のαが相手でない限りは、羊のΩの子供が生まれる。しかし羊族の王の血筋はαの劣性。優性のΩである他の羊族との間にはΩしか生まれない。そのため長く近親間で子を作ってきたが、早逝することが多くなり、また羊族は一度に二、三匹ほど生むことも少なくない。幾度となく世継ぎ争いが起こり、国が乱れたため、やむなく他種族の劣性のΩとの間に子を作るようになった」
αやΩ、優性と劣性。難しい話でよく分からなかったが、話の流れから推察するに、つまり俺がここに連れてこられたのは、俺が劣性のΩだからだ、ということになる。
「劣性のΩはとても稀少な存在だ。βとの間で無ければ同種の子を残せない。しかしβ相手では番になれないため、発情期による問題が付き纏う。つまり性質上、この世から自然と居なくなるようになっている」
──贈与。俺はまるで物みたいに犬族の王に扱われたのか。一度も会ったこともなく、何かしてもらったこともないのに。ただ自分の国の民だと言うだけで。
沸々と怒りが湧き上がる。余りにも理不尽な状況に、逃げきれなかった不甲斐なさに。自分の身体が小さいことをこの時ほど嫌になったことはなかった。
辺りが暗くなってきて、壁の外の建物に火が灯り始めた。太陽が沈んだのだ。
進む方向から壁が円を描いていることに気づいた時だった。
「見てみろ」
男の顔が向いている前方に目を遣ると、天に向かって伸びているような建物が、暗闇の中に白く浮かび上がっている。
「我が王の住まう塔だ」
壁の外にあって、壁よりも高いその塔という建物は、遠くから見ても他者を寄せ付けないような冷たさを覚えた。あの建物に住む王も、そのような者なのだろうか。
「俺はあそこに行くの?」
「ああ、君は陛下と暮らし、陛下が番とするかお決めになる」
森の中での生活しか知らない。そして幼い頃に母に先立たれ、仲間も森の生活を捨てて出て行ってしまった。知らない誰かと暮らすなんてできるのだろうか。そもそも自分をこんな目に遭わせた原因の者だというのに、だ。
「もし王様に気に入られなかったら……どうなる?」
このまま思い通りに王の番とやらになるのは嫌だった。
「……さあ、僕には分からない。しかし君はもう羊族の国の所有物となった。犬族の民ではない。残念だが……元の生活に戻れるとは思わない方がいい」
壁から少しずつ離れ塔に向かって俺を乗せた荷車は進む。塔の高い所と、たもとの辺りにぽつぽつと灯りが点っている。
「じゃあ、スウードみたいに働けたりはしないかな」
「どうだろう。君はまだ小さいから」
先の二匹の会話でも引っかかっていたのだが、どうやら大きな勘違いをしているらしい。
「俺もう二十歳だし大人だぞ! 確かに身体は小さいけど、体力には自信あるんだからな!」
がたと荷車が止まり、スウードは振り返ると、目を丸くして俺をまじまじと見た。
「……まだ十歳くらいかと思っていた。だからΩ性が発現していないのかと……しかしそれなら陛下もお喜びになる」
「喜ぶって何を? っていうか、αとかΩとかって何?」
また驚いたような顔をした後、咳払いしてゆっくりと荷車を引き始める。
「羊族のαは陛下ただおひとりだ。今までも、おひとりだけお生まれになっている。余計な争いを無くすために、ひとりだけ生まれる必要があるからだ」
「……それとΩが関係あるの?」
「ああ。αとΩにはそれぞれ優性と劣性があり、生まれた子の性質は優性の方に引っ張られる。羊族のΩは強い優性の性質を持つため、優性のαが相手でない限りは、羊のΩの子供が生まれる。しかし羊族の王の血筋はαの劣性。優性のΩである他の羊族との間にはΩしか生まれない。そのため長く近親間で子を作ってきたが、早逝することが多くなり、また羊族は一度に二、三匹ほど生むことも少なくない。幾度となく世継ぎ争いが起こり、国が乱れたため、やむなく他種族の劣性のΩとの間に子を作るようになった」
αやΩ、優性と劣性。難しい話でよく分からなかったが、話の流れから推察するに、つまり俺がここに連れてこられたのは、俺が劣性のΩだからだ、ということになる。
「劣性のΩはとても稀少な存在だ。βとの間で無ければ同種の子を残せない。しかしβ相手では番になれないため、発情期による問題が付き纏う。つまり性質上、この世から自然と居なくなるようになっている」
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