70 / 75
陽川花火編
第六話 愛すること④
しおりを挟む
「どうして?」
「どうしてって……俺が居ると色々邪魔だろ」
花火は言いにくそうに、首の後ろを掻く。
「一緒に居て。ここまで連れて来てくれたのは、花火だから……見守って欲しい」
花火は少し照れたように「分かった」と言って、ブランコに腰かけた。僕もその隣のブランコに座る。ブランコなんて十年以上振りだ。
どれくらい経っただろうか。公園の入り口に人影が見えて、反射的に立ち上がった。
「……先生」
少しだけ髪が伸びていること以外は、あの時と変わらない、観月先生がそこに立っていた。緊張して、話そうと思っていたこともすべて吹き飛んでしまった。
「風岡……こっちの都合で遅い時間に悪いな」
「いえ、こちらこそ、来て下さってありがとうございます」
僕と先生は一定の距離を保ったまま互いに近づこうとはしなかった。それが、この数か月の間に生まれたものではなく、初めからあったものだと、今は理解できる。どんなに身体を重ねても、近付くことのなかった距離を。
少しの沈黙の後、深呼吸をし、僕は覚悟を決めた。
「僕は……ずっと後悔していたんです。先生のことを好きだと言いながら、深く知ろうとしなかったこと、叶わない夢を思い描いて、先生が僕ではない誰かに想いを馳せていることから目を逸らし続けたことを。もしあの時こうしていたら……なんて有り得ないことを考えたりもしました」
上手く内容が纏まらないけれど、ただ気持ちだけは伝えなければ。どうしても、伝えたかった言葉を。
「でも今は、先生に感謝を伝えたいです」
先生の顔は暗くてよく見えないけれど、僕を真っ直ぐに見詰めている。
「先生のお陰で、僕は人を好きになるということを知りました。楽しいばかりではなくて、辛いこともあったけれど、それら全てが恋なのだから……それだけは、偽りなく僕にあったものだと胸を張って言えます」
先生が視線を落とし、俯くのが分かった。
「何でそんな風に言えるんだよ……! 俺のせいでお前は親に色々バレて、転校させられて、その挙句俺はお前を酷い言葉で傷付けた……! お前は何も、悪くないのに……どうして俺を責めないんだよ……!」
先生の苦しそうな声に、胸が締め付けられる。きっと、あの日から先生も僕と同じように苦しんでいたのだ。そして先生はその苦しみを抱えたまま、生きようとしている。僕と同じように。
「僕も先生も、不器用だっただけです。だから、互いに傷付け合った……そのことを僕は恨んだりしません。先生が誰かを想っていたから、僕は先生に、その想いの在処に惹かれたんです」
あの時僕には無かった、誰かを強く想う気持ち。僕にはそれが眩しく、魅力的に見えた。憧れで手を伸ばしたけれど、息もできないほどの苦しみと心臓を貫くような痛みが伴った。
「……それに、あの事が無ければ、僕はこの街に来ることはなかったんです。勉強以外の色んな初めての経験をして……そして、また人を好きになることができたから」
先生がゆっくりと顔を上げる。そして、僕より少し離れたところに立っている、花火の方を見た。
「……その子か」
「はい、僕の好きな人です」
先生は「そうか」と深い溜息を吐いた。まるで、長く背負ってきた重い荷を下ろすかのように。
「だから先生も、振り返らずに前に進んでいってください。僕の願いは、それだけです」
「どうしてって……俺が居ると色々邪魔だろ」
花火は言いにくそうに、首の後ろを掻く。
「一緒に居て。ここまで連れて来てくれたのは、花火だから……見守って欲しい」
花火は少し照れたように「分かった」と言って、ブランコに腰かけた。僕もその隣のブランコに座る。ブランコなんて十年以上振りだ。
どれくらい経っただろうか。公園の入り口に人影が見えて、反射的に立ち上がった。
「……先生」
少しだけ髪が伸びていること以外は、あの時と変わらない、観月先生がそこに立っていた。緊張して、話そうと思っていたこともすべて吹き飛んでしまった。
「風岡……こっちの都合で遅い時間に悪いな」
「いえ、こちらこそ、来て下さってありがとうございます」
僕と先生は一定の距離を保ったまま互いに近づこうとはしなかった。それが、この数か月の間に生まれたものではなく、初めからあったものだと、今は理解できる。どんなに身体を重ねても、近付くことのなかった距離を。
少しの沈黙の後、深呼吸をし、僕は覚悟を決めた。
「僕は……ずっと後悔していたんです。先生のことを好きだと言いながら、深く知ろうとしなかったこと、叶わない夢を思い描いて、先生が僕ではない誰かに想いを馳せていることから目を逸らし続けたことを。もしあの時こうしていたら……なんて有り得ないことを考えたりもしました」
上手く内容が纏まらないけれど、ただ気持ちだけは伝えなければ。どうしても、伝えたかった言葉を。
「でも今は、先生に感謝を伝えたいです」
先生の顔は暗くてよく見えないけれど、僕を真っ直ぐに見詰めている。
「先生のお陰で、僕は人を好きになるということを知りました。楽しいばかりではなくて、辛いこともあったけれど、それら全てが恋なのだから……それだけは、偽りなく僕にあったものだと胸を張って言えます」
先生が視線を落とし、俯くのが分かった。
「何でそんな風に言えるんだよ……! 俺のせいでお前は親に色々バレて、転校させられて、その挙句俺はお前を酷い言葉で傷付けた……! お前は何も、悪くないのに……どうして俺を責めないんだよ……!」
先生の苦しそうな声に、胸が締め付けられる。きっと、あの日から先生も僕と同じように苦しんでいたのだ。そして先生はその苦しみを抱えたまま、生きようとしている。僕と同じように。
「僕も先生も、不器用だっただけです。だから、互いに傷付け合った……そのことを僕は恨んだりしません。先生が誰かを想っていたから、僕は先生に、その想いの在処に惹かれたんです」
あの時僕には無かった、誰かを強く想う気持ち。僕にはそれが眩しく、魅力的に見えた。憧れで手を伸ばしたけれど、息もできないほどの苦しみと心臓を貫くような痛みが伴った。
「……それに、あの事が無ければ、僕はこの街に来ることはなかったんです。勉強以外の色んな初めての経験をして……そして、また人を好きになることができたから」
先生がゆっくりと顔を上げる。そして、僕より少し離れたところに立っている、花火の方を見た。
「……その子か」
「はい、僕の好きな人です」
先生は「そうか」と深い溜息を吐いた。まるで、長く背負ってきた重い荷を下ろすかのように。
「だから先生も、振り返らずに前に進んでいってください。僕の願いは、それだけです」
0
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説
零下3℃のコイ
ぱんなこった。
BL
高校1年の春・・・
恋愛初心者の春野風音(はるのかさね)が好きになった女の子には彼氏がいた。
優しそうでイケメンで高身長な彼氏、日下部零(くさかべれい)。
はたから見ればお似合いのカップル。勝ち目はないと分かっていてもその姿を目で追ってしまい悔しくなる一一一。
なのに、2年生でその彼氏と同じクラスになってしまった。
でも、偶然のきっかけで関わっていくうちに、風音だけが知ってしまった彼氏の秘密。
好きな子の彼氏…だったのに。
秘密を共有していくうちに、2人は奇妙な関係になり、変化が起こってしまう…
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
幼馴染みとアオハル恋事情
有村千代
BL
日比谷千佳、十七歳――高校二年生にして初めて迎えた春は、あっけなく終わりを告げるのだった…。
「他に気になる人ができたから」と、せっかくできた彼女に一週間でフられてしまった千佳。その恋敵が幼馴染み・瀬川明だと聞き、千佳は告白現場を目撃することに。
明はあっさりと告白を断るも、どうやら想い人がいるらしい。相手が誰なのか無性に気になって詰め寄れば、「お前が好きだって言ったらどうする?」と返されて!?
思わずどぎまぎする千佳だったが、冗談だと明かされた途端にショックを受けてしまう。しかし気づいてしまった――明のことが好きなのだと。そして、すでに失恋しているのだと…。
アオハル、そして「性」春!? 両片思いの幼馴染みが織りなす、じれじれ甘々王道ラブ!
【一途なクールモテ男×天真爛漫な平凡男子(幼馴染み/高校生)】
※『★』マークがついている章は性的な描写が含まれています
※全70回程度(本編9話+番外編2話)、毎日更新予定
※作者Twitter【https://twitter.com/tiyo_arimura_】
※マシュマロ【https://bit.ly/3QSv9o7】
※掲載箇所【エブリスタ/アルファポリス/ムーンライトノベルズ/BLove/fujossy/pixiv/pictBLand】
□ショートストーリー
https://privatter.net/p/9716586
□イラスト&漫画
https://poipiku.com/401008/">https://poipiku.com/401008/
⇒いずれも不定期に更新していきます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる