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陽川花火編
第六話 愛すること③
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「一温のお袋さん、安心していいぞ。うちの倅は勉強はからっきしだが、人を見る目は確かだ。花火が好いた相手なんだ、一温は良い子に違ぇねえさ」
「な?」と花火に目配せすると、「それ今言うなよ!」と顔を真っ赤にして詰め寄る。改めて言われて、そして花火の様子を見て、少しどきどきした。
「……ねえ、一温。もし私が離婚するって言ったら、どうする?」
驚いて母の顔を見ると、厄が落ちたようにすっきりとした表情をしていた。
「どんな結果になっても、母さんの選んだ道を肯定するよ」
安堵の溜息を吐くと、「よかった」と微笑んだ。
その後、僕は母と二人で食事に出掛けた。花火の家で夕飯を食べる予定にしていたけれど、花火と花火のお父さんが、ゆっくり親子で話をした方がいいと言ってくれたから。
僕は学校のこと――ほとんど花火のことになってしまったけれど――を話した。母はずっと僕から成績や勉強のことしか聞くことが無かったので、驚いているようだった。そして、時折頷きながら、僕の話をただ聞いていた。僕はこの時初めて、凡庸な母と子としての会話をしたように思う。
「帰り道、大丈夫?」
「うん、まだそんなに遅くないから。母さんも明日仕事なのに、ありがとう」
大通りで手を挙げると、すぐに通り掛かったタクシーが目の前に停車した。
「花火君に、酷いことを言ったわ。お詫びをしたいけれど、許してはくれないでしょうね……」
「そんなことないよ。花火は優しいから、きっと分かってくれるよ」
タクシーに乗り込む母に手を振る。と、窓が開いて母が顔を覗かせた。
「私はもう、貴方のすることに口を出さないわ。諦めたんじゃないのよ、信じることにしたの」
「分かってる。ありがとう」
「じゃあね」と母は微笑んで、自宅へと帰っていった。僕はタクシーを見送った後、時間を確認しようとして、ロッカーに携帯電話を入れっぱなしにしていることに気付いた。駅前のスクリーンに表示されている時計を見ると、九時を過ぎている。もう図書館は閉まっている時間だ。仕方がないので、明日学校帰りに取りに行くことにして、そのまま家に向かった。
マンションの近くに来ると、側の電灯の下に人影があることに気付いた。そして顔が見えるところまできて、それが花火だと分かるとすぐに走り出していた。
「どうしたの?」
汗だくで肩で息をしている花火を見て、ただ事ではないと思いながら、声を掛ける。
「謙さんから連絡あって、先生と会ったって」
「……本当?」
「ああ。一温のこと話したら、明日実家に帰るらしくて……できれば今日話せれば、ってさ」
急なことで戸惑うけれど、もうこんな機会は訪れないだろう。「分かった」と頷く。
「あんまり人の居ないとこがいいと思って、駅の反対側にある公園指定しといた!」
僕が今更会わないとは言わないと思ったのだろう。相変わらず展開が早い。
僕は来た道を戻り、駅の方へ花火と向かった。その間ずっと、先生に何を話せばいいか、伝えたらいいかを考える。鼓動が、次第に早くなっていった。
十数分で公園に辿り着いた。目の前に道路が走っているものの一方通行の道で、歩道が狭く人通りは少ない。公園も滑り台とブランコ、前後に揺れる遊具だけで、こじんまりとしていた。
「俺はその辺に居るから」
「な?」と花火に目配せすると、「それ今言うなよ!」と顔を真っ赤にして詰め寄る。改めて言われて、そして花火の様子を見て、少しどきどきした。
「……ねえ、一温。もし私が離婚するって言ったら、どうする?」
驚いて母の顔を見ると、厄が落ちたようにすっきりとした表情をしていた。
「どんな結果になっても、母さんの選んだ道を肯定するよ」
安堵の溜息を吐くと、「よかった」と微笑んだ。
その後、僕は母と二人で食事に出掛けた。花火の家で夕飯を食べる予定にしていたけれど、花火と花火のお父さんが、ゆっくり親子で話をした方がいいと言ってくれたから。
僕は学校のこと――ほとんど花火のことになってしまったけれど――を話した。母はずっと僕から成績や勉強のことしか聞くことが無かったので、驚いているようだった。そして、時折頷きながら、僕の話をただ聞いていた。僕はこの時初めて、凡庸な母と子としての会話をしたように思う。
「帰り道、大丈夫?」
「うん、まだそんなに遅くないから。母さんも明日仕事なのに、ありがとう」
大通りで手を挙げると、すぐに通り掛かったタクシーが目の前に停車した。
「花火君に、酷いことを言ったわ。お詫びをしたいけれど、許してはくれないでしょうね……」
「そんなことないよ。花火は優しいから、きっと分かってくれるよ」
タクシーに乗り込む母に手を振る。と、窓が開いて母が顔を覗かせた。
「私はもう、貴方のすることに口を出さないわ。諦めたんじゃないのよ、信じることにしたの」
「分かってる。ありがとう」
「じゃあね」と母は微笑んで、自宅へと帰っていった。僕はタクシーを見送った後、時間を確認しようとして、ロッカーに携帯電話を入れっぱなしにしていることに気付いた。駅前のスクリーンに表示されている時計を見ると、九時を過ぎている。もう図書館は閉まっている時間だ。仕方がないので、明日学校帰りに取りに行くことにして、そのまま家に向かった。
マンションの近くに来ると、側の電灯の下に人影があることに気付いた。そして顔が見えるところまできて、それが花火だと分かるとすぐに走り出していた。
「どうしたの?」
汗だくで肩で息をしている花火を見て、ただ事ではないと思いながら、声を掛ける。
「謙さんから連絡あって、先生と会ったって」
「……本当?」
「ああ。一温のこと話したら、明日実家に帰るらしくて……できれば今日話せれば、ってさ」
急なことで戸惑うけれど、もうこんな機会は訪れないだろう。「分かった」と頷く。
「あんまり人の居ないとこがいいと思って、駅の反対側にある公園指定しといた!」
僕が今更会わないとは言わないと思ったのだろう。相変わらず展開が早い。
僕は来た道を戻り、駅の方へ花火と向かった。その間ずっと、先生に何を話せばいいか、伝えたらいいかを考える。鼓動が、次第に早くなっていった。
十数分で公園に辿り着いた。目の前に道路が走っているものの一方通行の道で、歩道が狭く人通りは少ない。公園も滑り台とブランコ、前後に揺れる遊具だけで、こじんまりとしていた。
「俺はその辺に居るから」
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