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陽川花火編
第五話 一歩②
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「母ちゃんに何か言われたか?」
花火にはすぐに僕の思っていることが伝わってしまった。今日の午前中に母が様子に見に来ることを言っていたので、僕のことを気にして来てくれたのもあるのだろう。
「……君に迷惑を掛けてしまうのが……怖い」
僕の顔を見て、花火は首を傾げる。
「迷惑って具体的に何だ? 母ちゃんに友達と遊ぶなって言われてるわけじゃねえんだろ?」
――友達。そうか、僕と花火は友人なのだ、と再認識して、自分自身の想いとの相違を自覚する。友達ならば、恐れる必要のないことだから。
「……そう、だね。花火が気にしないならいいんだ」
僕は問題集を閉じ、荷物を仕舞う。立ち上がると、「携帯は?」と問われ、鞄に入れ忘れていることに気付いた。
「家に忘れてきたみたいだから、大丈夫」
「一温が忘れ物とか珍しいな」
午前中に母が来たことで、つい気が抜けてしまったようだ。花火と図書館を出て、家に向かう。並んで歩いていると、「友達」という言葉が僕と花火の距離を感じさせて、胸が苦しくなる。
どんなに抑えようとしても溢れてくる想い――目を背けるのは、もう無理だ。
「……なあ、やっぱり会いに行こうぜ。先生に」
花火が足を止める。いつもと違う雰囲気に戸惑いながら、立ち止まり花火を見詰める。
「どうして……そんなこと言うの」
「前に言っただろ。お前がどんな時に笑うのか見たいって。そのために必要なのは、俺じゃねえから」
犬歯を覗かせてニカッと笑う花火は、表情と違って少し寂しそうだった。
「一温が独りで抱えてるもんを、少しでいいから俺に抱えさせてくれねぇか? 無い頭で考えても、俺にはそんくらいしか浮かばねえし、できねえから」
そうか、花火はずっと僕と一緒にいることで、僕を引き上げようとしてくれていたのだ。独りで閉じこもったままの、暗い海の底で膝を抱えている僕を、空がどれくらい素晴らしいかを語り聞かせることで。
ずっとこのままでいいと思っていた。けれど、僕のために花火がしたいと思うのなら、思ってくれているのなら、僕は彼の差し出してくれた手を掴みたい。花火が僕を引っ張って屋上に連れ出してくれたみたいに、彼が連れて行ってくれる場所に、僕は行って、その景色を見てみたい。
「……君が、そう言うなら」
「よし! そうと決まれば!」
花火は嬉しそうにジャージのポケットからスマホを取り出すと、誰かに電話を掛ける。
「親父、悪いけど今から一温と出掛けるから。……うん、そう。冷蔵庫の中のもん適当に食っといて。作り置きあるから。うん、分かった! よろしく」
夕飯がまだだったので、お父さんに断りの電話を入れたのだろう。少し申し訳なくなる。
「住んでる場所とか分かるか? 学校は流石に不味いだろうし」
スマホで場所を検索するアプリを立ち上げる。しかし、あまりに展開が早いので思考がついていかない。――が、学校以外で先生と共有していた場所があったことを思い出す。夢にも見た街の、あの場所だ。
「家は知らない……けど、待ち合わせしてた店なら」
「そこだ! 店の名前と場所は?」
バーの名前と駅の名前を教えると、花火がスマホを操作して、店への電車での行き方と所要時間が表示された画面を見せた。「ここで合ってるな」と確認する花火に頷く。それほど時間は掛からないで行けそうだ。
「じゃあ行くか」
歩き出す花火の斜め後ろを付いて歩く。もう来るなと言われた場所に行くのは気が引けるし、正直会うのは、まだ怖い。それに、本来は独りで行くべきなのだ。花火を巻き込むような真似をするのは、と思う。
花火にはすぐに僕の思っていることが伝わってしまった。今日の午前中に母が様子に見に来ることを言っていたので、僕のことを気にして来てくれたのもあるのだろう。
「……君に迷惑を掛けてしまうのが……怖い」
僕の顔を見て、花火は首を傾げる。
「迷惑って具体的に何だ? 母ちゃんに友達と遊ぶなって言われてるわけじゃねえんだろ?」
――友達。そうか、僕と花火は友人なのだ、と再認識して、自分自身の想いとの相違を自覚する。友達ならば、恐れる必要のないことだから。
「……そう、だね。花火が気にしないならいいんだ」
僕は問題集を閉じ、荷物を仕舞う。立ち上がると、「携帯は?」と問われ、鞄に入れ忘れていることに気付いた。
「家に忘れてきたみたいだから、大丈夫」
「一温が忘れ物とか珍しいな」
午前中に母が来たことで、つい気が抜けてしまったようだ。花火と図書館を出て、家に向かう。並んで歩いていると、「友達」という言葉が僕と花火の距離を感じさせて、胸が苦しくなる。
どんなに抑えようとしても溢れてくる想い――目を背けるのは、もう無理だ。
「……なあ、やっぱり会いに行こうぜ。先生に」
花火が足を止める。いつもと違う雰囲気に戸惑いながら、立ち止まり花火を見詰める。
「どうして……そんなこと言うの」
「前に言っただろ。お前がどんな時に笑うのか見たいって。そのために必要なのは、俺じゃねえから」
犬歯を覗かせてニカッと笑う花火は、表情と違って少し寂しそうだった。
「一温が独りで抱えてるもんを、少しでいいから俺に抱えさせてくれねぇか? 無い頭で考えても、俺にはそんくらいしか浮かばねえし、できねえから」
そうか、花火はずっと僕と一緒にいることで、僕を引き上げようとしてくれていたのだ。独りで閉じこもったままの、暗い海の底で膝を抱えている僕を、空がどれくらい素晴らしいかを語り聞かせることで。
ずっとこのままでいいと思っていた。けれど、僕のために花火がしたいと思うのなら、思ってくれているのなら、僕は彼の差し出してくれた手を掴みたい。花火が僕を引っ張って屋上に連れ出してくれたみたいに、彼が連れて行ってくれる場所に、僕は行って、その景色を見てみたい。
「……君が、そう言うなら」
「よし! そうと決まれば!」
花火は嬉しそうにジャージのポケットからスマホを取り出すと、誰かに電話を掛ける。
「親父、悪いけど今から一温と出掛けるから。……うん、そう。冷蔵庫の中のもん適当に食っといて。作り置きあるから。うん、分かった! よろしく」
夕飯がまだだったので、お父さんに断りの電話を入れたのだろう。少し申し訳なくなる。
「住んでる場所とか分かるか? 学校は流石に不味いだろうし」
スマホで場所を検索するアプリを立ち上げる。しかし、あまりに展開が早いので思考がついていかない。――が、学校以外で先生と共有していた場所があったことを思い出す。夢にも見た街の、あの場所だ。
「家は知らない……けど、待ち合わせしてた店なら」
「そこだ! 店の名前と場所は?」
バーの名前と駅の名前を教えると、花火がスマホを操作して、店への電車での行き方と所要時間が表示された画面を見せた。「ここで合ってるな」と確認する花火に頷く。それほど時間は掛からないで行けそうだ。
「じゃあ行くか」
歩き出す花火の斜め後ろを付いて歩く。もう来るなと言われた場所に行くのは気が引けるし、正直会うのは、まだ怖い。それに、本来は独りで行くべきなのだ。花火を巻き込むような真似をするのは、と思う。
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