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陽川花火編
第四話 募る想い⑨
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花火の作った食事は、元々美味しいけれど、こうやって家族で食卓を囲んで食べたのは、思い出すのが難しいほど随分昔のことだった。そのせいだろうか、花火も「今日は食べてるな」と言うくらいには、いつもよりも箸が進んだ。
母が送ってくれるレトルト食品はオーガニックで、使われている食材も良い物ではあるはずで、決して美味しくないということはない。しかし、僕は誰かと食事を「美味しい」と共有しながら、食べたことはなかった。家族が違う時間帯に、違う場所で違うものを食べてきたから、食事という行為が、活動するためのエネルギー補給という意味合いしかなかった。
何を食べたいとか、何をしたいだとか、花火に聞かれるまで意識をしてこなかったし、僕はそのことで一つ大きな間違いを犯してしまった。好きだと思う人に迷惑を掛けて、好きになって欲しいと願いながら、相手のことを深く知ろうとはしなかった。自分のことさえろくに知らない僕が、先生の傷に触れようとするなんて、好きになって欲しいと願うなんて、余りにも自分勝手でおこがましいことだったのだ。
僕は、僕自身と向き合わなければならない。自分という人間がどういう人間なのかを知って、そうして初めて相手を知ることができるのだから。
陽川花火という人間の過去を知った。彼の抱えるものの大きさに、僕にできることはあるだろうか、と思う。しかし、その前に、僕は彼に自分のことを、自分に何があってここに来たのかを伝える必要がある。それでもう、友達でいられなくなってしまうとしても。その、覚悟をしなければ。
食事を終えて、僕は花火の家を後にした。花火が僕をマンションまで送ってくれるというので、一緒に家を出て、人通りの少ない道を歩く。
「お前にもちゃんと好きなもんあるんだな。南瓜のそぼろ煮、明日作ってやるよ」
「うん、ありがとう」
今日僕が南瓜という野菜を好んでいるということを、花火に指摘されて初めて知った。好きな食べ物を意識して食事をしたことがなかったし、そもそも「食べる」という行為そのものに興味が無かったからだ。
「……ああ、でも……うん、一温にも特別な人はいたんだよな」
斜め前を歩く花火の言葉に引っ掛かって、思わず足を止める。そしてそのことに気づいた花火は、僕を振り返って、ばつが悪そうに頭の後ろを掻いた。
「いや、今のナシ! 行こうぜ」
と歩き出した花火に駆け寄って、進路を塞ぐように正面に立つ。花火は少し驚いた顔をして僕を見た。いつもなら、有耶無耶にして流してしまうところだったから。
「……お父さんから、花火のことを聞いた」
花火の口から聞かされたなら、きっとこんな罪悪感は無かった。彼が話したがらないことを僕が一方的に知ってしまったことが心苦しかった。しかし、予想外にも花火は「そっか」と笑った。
「まあ親父となんか話してんなと思ったし、一温の顔見たら何となく分かったから」
「……ごめん」
「何で謝るんだよ。可笑しな奴だな!」
大口を開けて笑う花火を僕は呆然と見詰める。僕の顔を見ると困ったように笑い、ぽんと頭を軽く叩く。
母が送ってくれるレトルト食品はオーガニックで、使われている食材も良い物ではあるはずで、決して美味しくないということはない。しかし、僕は誰かと食事を「美味しい」と共有しながら、食べたことはなかった。家族が違う時間帯に、違う場所で違うものを食べてきたから、食事という行為が、活動するためのエネルギー補給という意味合いしかなかった。
何を食べたいとか、何をしたいだとか、花火に聞かれるまで意識をしてこなかったし、僕はそのことで一つ大きな間違いを犯してしまった。好きだと思う人に迷惑を掛けて、好きになって欲しいと願いながら、相手のことを深く知ろうとはしなかった。自分のことさえろくに知らない僕が、先生の傷に触れようとするなんて、好きになって欲しいと願うなんて、余りにも自分勝手でおこがましいことだったのだ。
僕は、僕自身と向き合わなければならない。自分という人間がどういう人間なのかを知って、そうして初めて相手を知ることができるのだから。
陽川花火という人間の過去を知った。彼の抱えるものの大きさに、僕にできることはあるだろうか、と思う。しかし、その前に、僕は彼に自分のことを、自分に何があってここに来たのかを伝える必要がある。それでもう、友達でいられなくなってしまうとしても。その、覚悟をしなければ。
食事を終えて、僕は花火の家を後にした。花火が僕をマンションまで送ってくれるというので、一緒に家を出て、人通りの少ない道を歩く。
「お前にもちゃんと好きなもんあるんだな。南瓜のそぼろ煮、明日作ってやるよ」
「うん、ありがとう」
今日僕が南瓜という野菜を好んでいるということを、花火に指摘されて初めて知った。好きな食べ物を意識して食事をしたことがなかったし、そもそも「食べる」という行為そのものに興味が無かったからだ。
「……ああ、でも……うん、一温にも特別な人はいたんだよな」
斜め前を歩く花火の言葉に引っ掛かって、思わず足を止める。そしてそのことに気づいた花火は、僕を振り返って、ばつが悪そうに頭の後ろを掻いた。
「いや、今のナシ! 行こうぜ」
と歩き出した花火に駆け寄って、進路を塞ぐように正面に立つ。花火は少し驚いた顔をして僕を見た。いつもなら、有耶無耶にして流してしまうところだったから。
「……お父さんから、花火のことを聞いた」
花火の口から聞かされたなら、きっとこんな罪悪感は無かった。彼が話したがらないことを僕が一方的に知ってしまったことが心苦しかった。しかし、予想外にも花火は「そっか」と笑った。
「まあ親父となんか話してんなと思ったし、一温の顔見たら何となく分かったから」
「……ごめん」
「何で謝るんだよ。可笑しな奴だな!」
大口を開けて笑う花火を僕は呆然と見詰める。僕の顔を見ると困ったように笑い、ぽんと頭を軽く叩く。
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