アネモネの花

藤間留彦

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陽川花火編

第四話 募る想い⑤

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 花火が、「親父」と慕っているこの初老の男性が、本当の父親ではないというのか。少し歳が離れているというくらいで、違和感を覚えることはなかった。これが、本当の父子の関係だと羨ましくさえ思っていたのだから。

「俺の娘の子なんだ。俺からしたら、本当は孫ってことになる」

 花火のお父さんの深く皺の刻まれた横顔は、縁側の方に視線を向けながら、悲しみと憤りと後悔をない交ぜにしたような表情をしていた。

「俺とカミさんは、娘が生まれて間もない頃に別れててな。まあ男を作って出ていったからなんだが……娘のことが気がかりでな。居場所も分からねえし、連絡も取れずで、その後どうやってたかなんて、ずっと知らなかったんだ。それで二十年経って来た連絡が、娘が逮捕されたって警察からの電話だった」

 項垂れるように深く長く息を吐き出す。

「警察は違法薬物所持で現行犯逮捕した、と言った。なんて馬鹿なことをしたんだと思ったよ。だが、警察は続けて言った。娘さんには幼児虐待の疑いもある、ってな」

 想像をしてしまった。薬物中毒の親に、虐待される子供――花火の姿を。余りに悲惨で、胸が苦しくなる。

「俺は、娘との面会よりも先に保護されたっていう娘の子供に会いに行った。病院のベッドに所在無げに座って、窓の外をぼんやり見てる小さな男の子がいた。それが、花火だ」

 遠くで、まな板の音が聞こえた。花火がお父さんと僕のために、料理を作っているのだ。その日常の生活音と、今目の前で語られる話があまりに乖離していて、現実に起こったことだとは到底思えなかった。

「花火は、三歳になったっていうのに言葉もろくに話せなかった。三年間ずっとネグレクトっていう状態にあったらしくて、ちゃんと飯を食わせてもらえてなかったせいか身体も小さかった。それに、当時の交際相手に身体をカッターで切りつけられていて、あちこちに切り傷があった。そのせいで、誰かに触られるのを極度に怖がるようになっていたんだ」

 よく笑うし、怒るし、そんなことを少しも感じさせない普通の高校生――に見える。しかし、花火がどうして他人に触れられるのを嫌がるのか、どうして彼の笑顔があれほど儚く見えるのか、その理由に僕は至った。

「それともう一人、花火には妹が居た。そもそも事件が明るみに出たのは、花火が六ヶ月の妹の一花いちかを抱いているところを警察に保護されたことからだった」

 そこで、居間に飾られていた写真を思い出し、振り返る。花火のお父さんは立ち上がり、棚の前に向かうと赤ちゃんの写真を手に取った。

「当時の交際相手との間に生まれた子で、戸籍も登録されてなかった。花火が弱ってる一花を抱えてアパートを飛び出してくれてなきゃ、どうなってたことか……」
「……一花ちゃんは、元気なんですか」
「ああ。養父母の方が、大事に育ててくれて、来年中学校を卒業する歳になる。俺にも花火にも似てなくて、可愛いだろう」
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