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陽川花火編
第四話 募る想い④
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「貸して」
僕が渡すように手を差し出すと、観念したように畳の上に座り、救急箱を横に置いた。僕は花火の正面に座って箱の留め具を外し、蓋を開ける。ガーゼや切り傷用の塗り薬、湿布、絆創膏も大きさごとに三種類ほど入っていた。十分に揃えられているのは、恐らく造園業をしている花火のお父さんが、仕事中に怪我することがあるからだろう。
僕は消毒液と脱脂綿を取り、消毒液を傾けて綿に染み込ませた。花火は怪我をしている唇を正面にするように横を向いている。
「染みたらごめん」
脱脂綿を近づけると、花火がびくりと肩を竦ませた。染みるのが怖いのではない。引き攣った顔で硬直する姿を見て思う。しかし、拒絶したり手を払い除けたりはしなかった。
「ッ……」
口の端に触れると傷が染みたのか、僅かに震え、短く息を切る。脱脂綿が、血で赤く染まる。
一般的なサイズの絆創膏を一つ取り出し、剥離紙を剥がして顔に近づけると、また花火が肩を震わせた。僕は傷口にガーゼの部分を当てて貼り付ける。
「一温に手当てしてもらってよかったなあ、花火」
僕らを遠目から見ていたお父さんが、茶化すようにそう言って花火の頭を軽くぽんと叩いた。花火は「うるせっ」と仏頂面で、少し恥ずかしそうに言う。
「俺は飯作るから、出来上がるまで二人で将棋でもして遊んでろ!」
花火は立ち上がると、部屋を出ていきぴしゃりと襖を閉めて出ていった。廊下を音を立てて歩いていく。
「あの……僕はもう、お暇します」
「飯だけでも食ってけばいい。放っておくとろくに食べねえって、花火言ってたぞ」
僕の話を花火はお父さんにしているのだ。どんなことを、どんな風に話しているのだろう。それは気恥しく、嬉しいことのように思えた。
花火のお父さんは居間の端に立てかけてあった座布団を二つ取ると、縁側の方にそれを少し間を開けて置き、一つの上に胡坐を組んで座る。僕はここに座れと言われているのだと察し、立ち上がり縁側の方に半身だけ向けるような形で座り直した。
「花火はよく学校の話をするんですか」
「最近はな。お前さんの話ばかりで、勉強のべの字もねえけどなぁ。すごく楽しそうだ」
花火のお父さんは、縁側の方を見る。池の中には数匹の錦鯉が泳いでいて綺麗だ。
「しかし驚いた。あいつが他人に触らせるなんてな」
「え……?」
花火は僕に触られるのが嫌なのかもしれないと何となく思っていた。お父さんとは普通に接しているのを知っているから。しかし、僕に限ったことじゃないのだろうか。
「あいつはな……花火は、親に虐待されて育ったんだ」
言葉が出なかった。というか、想像もしていなかった。花火はよく笑うし、いつも悩みなんて何もないような顔をしていたから。
「ああ、言っとくが、それは俺じゃねえぞ。あいつの本当の親だ」
「……本当、の」
僕が渡すように手を差し出すと、観念したように畳の上に座り、救急箱を横に置いた。僕は花火の正面に座って箱の留め具を外し、蓋を開ける。ガーゼや切り傷用の塗り薬、湿布、絆創膏も大きさごとに三種類ほど入っていた。十分に揃えられているのは、恐らく造園業をしている花火のお父さんが、仕事中に怪我することがあるからだろう。
僕は消毒液と脱脂綿を取り、消毒液を傾けて綿に染み込ませた。花火は怪我をしている唇を正面にするように横を向いている。
「染みたらごめん」
脱脂綿を近づけると、花火がびくりと肩を竦ませた。染みるのが怖いのではない。引き攣った顔で硬直する姿を見て思う。しかし、拒絶したり手を払い除けたりはしなかった。
「ッ……」
口の端に触れると傷が染みたのか、僅かに震え、短く息を切る。脱脂綿が、血で赤く染まる。
一般的なサイズの絆創膏を一つ取り出し、剥離紙を剥がして顔に近づけると、また花火が肩を震わせた。僕は傷口にガーゼの部分を当てて貼り付ける。
「一温に手当てしてもらってよかったなあ、花火」
僕らを遠目から見ていたお父さんが、茶化すようにそう言って花火の頭を軽くぽんと叩いた。花火は「うるせっ」と仏頂面で、少し恥ずかしそうに言う。
「俺は飯作るから、出来上がるまで二人で将棋でもして遊んでろ!」
花火は立ち上がると、部屋を出ていきぴしゃりと襖を閉めて出ていった。廊下を音を立てて歩いていく。
「あの……僕はもう、お暇します」
「飯だけでも食ってけばいい。放っておくとろくに食べねえって、花火言ってたぞ」
僕の話を花火はお父さんにしているのだ。どんなことを、どんな風に話しているのだろう。それは気恥しく、嬉しいことのように思えた。
花火のお父さんは居間の端に立てかけてあった座布団を二つ取ると、縁側の方にそれを少し間を開けて置き、一つの上に胡坐を組んで座る。僕はここに座れと言われているのだと察し、立ち上がり縁側の方に半身だけ向けるような形で座り直した。
「花火はよく学校の話をするんですか」
「最近はな。お前さんの話ばかりで、勉強のべの字もねえけどなぁ。すごく楽しそうだ」
花火のお父さんは、縁側の方を見る。池の中には数匹の錦鯉が泳いでいて綺麗だ。
「しかし驚いた。あいつが他人に触らせるなんてな」
「え……?」
花火は僕に触られるのが嫌なのかもしれないと何となく思っていた。お父さんとは普通に接しているのを知っているから。しかし、僕に限ったことじゃないのだろうか。
「あいつはな……花火は、親に虐待されて育ったんだ」
言葉が出なかった。というか、想像もしていなかった。花火はよく笑うし、いつも悩みなんて何もないような顔をしていたから。
「ああ、言っとくが、それは俺じゃねえぞ。あいつの本当の親だ」
「……本当、の」
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