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陽川花火編
第三話 再会③
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「……どうしてそんなことを訊くんです?」
手切れ金の話をされるのだろうか。返金を申し出されても返せる金なら今はある。更に言うなら、実家のために先生に借りた分の金も、もしものために貯金してあった。しかし、この問題が離婚原因になっていたら、俺は先生の元妻や妹から訴えられる可能性もある。
「妹とは疎遠ですから、元妻との結婚式の時に会ったのですが……誰かに婚約の話をしたかと聞いたところ、そのようなことはしていないと言っていたので、ずっと気になっていました」
どうやら、先生は俺と先生の妹との間で交わされた契約を知らないようだ。自らそのことを話すのは、兄妹関係に余計な軋轢を生むことになりかねないので、最後まで口を噤むしかない。
先生の顔を見ると、少し困ったように眉根を寄せて、何か考え込むように左下の辺りを見ていた。
「そもそも、あの当時元妻と婚約という状態にあったかというと、正しい表現とは言えません」
「どういうことです……?」
「彼女とは父から頼まれて一度見合いをして、その後何度かお会いしていました。元々父の取引先会社の御令嬢でしたので、小さい頃からパーティーで見かけていましたから、そのせいか恋愛感情が湧かず、この状態で結婚はできないと思い、御断りをしようとしていたのです。脩君と出会ったのは、その頃のことです」
女性を愛せないのでは、同性愛者なのでは、と悩んでいると言っていた。その悩みの原因は、見合い相手を好きになれなかったことが大きかったのだろう。
「それは……先生がちゃんと断りを入れなかったので、婚約という流れになっていたのでは?」
「実は、当時脩君に指摘された通り、関西への出張を装って彼女に会いに行っていました。しかし、それは彼女に縁談を断るためでした。なかなか会ってもらえず、また私に交際相手がいることがわかると家に押し掛けられることもあって、何度か通うことになってしまいましたが」
雲行きが怪しくなっている。それが本当だと言うなら、俺が聞かされた話とは、あまりに齟齬があるからだ。先生には、決められた、正式な婚約者が居るのだというような物言いをされたと記憶している。
「彼女に納得してもらえるような努力をせず、脩君に見限られるのを恐れて騙すような真似をしたこと、そしてその不誠実な態度が結果的に二人を傷付けることになったことを、今でも悔いています」
先生は険しい顔で頭を擡げ、視線を下に向けていた。その表情に、嘘を吐いていないとは思う。けれど、だとするなら、余計に疑問が湧く。あの時、先生が俺を本当で好きでいてくれたとしたなら。
「どうして、離婚を? というか、そもそも好きでもない相手なら、なぜ結婚したんです? 父親がそれを望んでいたからですか?」
「君を失って……独りになるのが、怖かったのかもしれません」
その時の感情を思い起こし、自嘲するようにふっと息を吐く。
「……彼女は、私が自分のことを愛していなくても、いつの日か愛してもらえるように努力をする、だから結婚して欲しいと言っていました。私も、そうなりたいと、君以外の誰かを愛せるように、と」
手切れ金の話をされるのだろうか。返金を申し出されても返せる金なら今はある。更に言うなら、実家のために先生に借りた分の金も、もしものために貯金してあった。しかし、この問題が離婚原因になっていたら、俺は先生の元妻や妹から訴えられる可能性もある。
「妹とは疎遠ですから、元妻との結婚式の時に会ったのですが……誰かに婚約の話をしたかと聞いたところ、そのようなことはしていないと言っていたので、ずっと気になっていました」
どうやら、先生は俺と先生の妹との間で交わされた契約を知らないようだ。自らそのことを話すのは、兄妹関係に余計な軋轢を生むことになりかねないので、最後まで口を噤むしかない。
先生の顔を見ると、少し困ったように眉根を寄せて、何か考え込むように左下の辺りを見ていた。
「そもそも、あの当時元妻と婚約という状態にあったかというと、正しい表現とは言えません」
「どういうことです……?」
「彼女とは父から頼まれて一度見合いをして、その後何度かお会いしていました。元々父の取引先会社の御令嬢でしたので、小さい頃からパーティーで見かけていましたから、そのせいか恋愛感情が湧かず、この状態で結婚はできないと思い、御断りをしようとしていたのです。脩君と出会ったのは、その頃のことです」
女性を愛せないのでは、同性愛者なのでは、と悩んでいると言っていた。その悩みの原因は、見合い相手を好きになれなかったことが大きかったのだろう。
「それは……先生がちゃんと断りを入れなかったので、婚約という流れになっていたのでは?」
「実は、当時脩君に指摘された通り、関西への出張を装って彼女に会いに行っていました。しかし、それは彼女に縁談を断るためでした。なかなか会ってもらえず、また私に交際相手がいることがわかると家に押し掛けられることもあって、何度か通うことになってしまいましたが」
雲行きが怪しくなっている。それが本当だと言うなら、俺が聞かされた話とは、あまりに齟齬があるからだ。先生には、決められた、正式な婚約者が居るのだというような物言いをされたと記憶している。
「彼女に納得してもらえるような努力をせず、脩君に見限られるのを恐れて騙すような真似をしたこと、そしてその不誠実な態度が結果的に二人を傷付けることになったことを、今でも悔いています」
先生は険しい顔で頭を擡げ、視線を下に向けていた。その表情に、嘘を吐いていないとは思う。けれど、だとするなら、余計に疑問が湧く。あの時、先生が俺を本当で好きでいてくれたとしたなら。
「どうして、離婚を? というか、そもそも好きでもない相手なら、なぜ結婚したんです? 父親がそれを望んでいたからですか?」
「君を失って……独りになるのが、怖かったのかもしれません」
その時の感情を思い起こし、自嘲するようにふっと息を吐く。
「……彼女は、私が自分のことを愛していなくても、いつの日か愛してもらえるように努力をする、だから結婚して欲しいと言っていました。私も、そうなりたいと、君以外の誰かを愛せるように、と」
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