アネモネの花

藤間留彦

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陽川花火編

第二話 変化③

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「ここってロッカーねえかな」
「え……?」

 図書館の受付カウンターの隣にロッカーがあるのが見えて、花火が携帯電話を持って歩き出す。慌てて追い駆けると、携帯電話をロッカーに入れてしまった。

「こうしとけば図書館に居るように見えるし、図書館居んのに電話掛けてきたりしねえだろ」

 そんなこと思い付きもしなかった。そもそも母に背くつもりもなかった――監視されなければならない理由も分かる――ので、考えることもなかったのだけれど。

 僕が反抗しないところを見て了承と見なしたのか、花火は財布から百円を取り出し投入する。そして鍵を掛けると、僕に手渡した。
 犬歯を覗かせて笑む花火に、「荷物取ってくる」と断って自習室の席に戻る。問題集と筆記用具をバッグに仕舞い、花火のもとに戻る時、逸る気持ちからか小走りになった。

「じゃ、行くか」

 花火と一緒に図書館を後にして、ふと映画というものに今まで触れたことはなかったと気付く。

「映画って、ちゃんと観たことないかも」

 幼少期に保育園などで何かを見せられている可能性はあるが、殆どテレビの点いていない家であったし、父も母も家に居ないことが多かった。自分でも映画を観ようという気持ちになることもなかったので、ずっと映画というものとは縁が無かった。

「まじか! 流石ガリ勉」
「……別にガリ勉じゃないってば」
「はいはい、勉強以外にやることないんだろ。分かってるって」

 そう言って笑って脇腹を小突いてくるが、毎回このコミュニケーションをの仕方には上手く反応できない。

「これから見る奴、すっげぇ面白えよ! アメコミのヒーローが滅茶苦茶出てくる奴でさ!」

 アメコミとは、アメリカンコミックということでいいのかどうか、というところから話に引っ掛かってしまい、花火がとても楽しそうに話をしている内容についてはほとんど意味が分からなかった。
 花火について駅前に辿り着くと、すぐ側の商業施設に入っていく。四階に映画館があるようだ。

「席とかどこでもいい?」
「うん」

 映画館に着くと、花火が手慣れた様子でタッチパネル式のチケット購入機を操作する。観る予定の映画は三十分後に始まるもののようだ。席の一覧が出ると半分以上が埋まっていたので、人気のある作品ではあるのだろう。

 花火は最後列の一番端の席とその隣を選んだ。真ん中の方でもいくらか空席があったが、端が好きなのだろうか。財布から「親父に貰った」と一万円を取り出すと、機械に投入してチケットを購入する。

「何か飲み物とかポップコーンとか買う?」

 奢ってもらってばかりで申し訳なくなり首を横に振るが、花火は真っ直ぐにフードカウンターに向かうと、ポップコーンとコーラを二つ注文した。

「親父がたっぷり遊んで来いってくれたんだから、気にすることねえって」
「でも……僕には――」
「そんなことしてもらう理由が無いとか言うなよ。つまんねえから」

 友人というものが、損得勘定だけで成り立つものではないことは分かっているつもりだけれど、自分のこととなると、上手く処理できない。

「別に俺が一温と映画観たいだけだしさ。付き合わされてるって感じでいいよ。俺の事嫌いなら気にすることねーじゃん」

 コーラを押し付けるように渡される。花火を遠ざけたくて売り言葉に買い言葉のようにして同意してしまった言葉が、今になって痛みを伴う。花火は近くの小さなテーブルの上にポップコーンとドリンクを載せ、スマホを見て「まだ少し時間あるな」と話題を変える。

「……嫌い、じゃない」

 絞り出すように出た言葉。花火は真っ直ぐに僕を見る。

「花火のこと、嫌いじゃないよ」

 にっと口を横に広げて、「知ってる」と笑った。まるで見透かすような言い草に少しむっとしたけれど、彼が気にしていなかったのは幸いだった。
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