アネモネの花

藤間留彦

文字の大きさ
上 下
37 / 75
陽川花火編

第一話 始まり②

しおりを挟む
 鈍い音を立てて開け放たれたドアの向こうには、ただ青いだけの空と、何もない薄汚れた灰色の床と、緑色のフェンスがあった。陽川花火はフェンスの傍まで連れてくると、「ここ、座れよ」と僕の肩を押し、僕が座るのを見ると、僕の隣に座った。

「俺の弁当分けてやる」

 手に持っていた風呂敷のような包みを広げると、黒色の大きい二段の弁当箱が現れた。二段目を開けると、アルミホイルに包まれた大きな何かが三個入っている。その一つを手に取ると、僕に押し付けるようにして渡してきたので、思わず受け取ってしまった。

「中身昆布な」

 自分にも一つ取り、アルミの包みを開けると、中から拳ほどのおにぎりが出てきて驚く。

「おかずも食いたかったら勝手に取れよ」

 と、一段目の蓋を開けて箸をその上に置いた。半分が煮物で、あとは卵焼きと林檎が入っているだけだったが、量自体が一人前とは思えないくらい多い。

「何呆けてんだよ。それだけでも食っとけ」

 受け取ってしまった以上、食べるしかない。手の中にあるアルミホイルの包みを開けて、海苔が巻いてあるおにぎりを一口齧った。

 きっとそれを突き返しても、そのままその場を立ち去って捨てても良かった。しかし、そうしなかったのは、多分それが手作りのものだったからだ。小さな頃から家庭料理に縁が無かったから、興味が無いと言えば嘘になる。

 おにぎりは特に美味しいという訳でもないが、市販のおにぎりと違ってアルミホイルに包んでいたせいか海苔が柔らかくなっていた。昆布もちゃんと真ん中に綺麗に入っていないし、米の量に対して昆布の割合が多めだ。
 ようやく一個を食べ終わった頃には、陽川花火はおにぎり二個とおかずの八割を食べ終わっていた。

「あとお前食べていいぞ」

 持っていた水筒のお茶を飲みながら、僕の前におかずの入った弁当箱と箸を置く。残っていたのは煮物が少しと卵焼きが一切れ、カットされた林檎が一個だった。
 ほぼ満腹に近かったが、箸を手に取り、じゃがいもの煮物を口に入れる。よく味が染みていて美味しい、と思う。そうして思わず、残っていた煮物と卵焼き、林檎を平らげてしまった。

 林檎は独特の形――皮に切り込みが入って動物の耳のような形になっている――をしていて凝っていた。店でカットされた果物を見たことはあるけれど、こういう形を見るのは初めてだった。

 陽川花火は「麦茶」と言って水筒のコップを差し出し、僕が飲むのを見ると弁当箱を片付けて風呂敷に包んだ。

「……いつも作ってもらってるの?」

 飲み終わってコップを返すと、陽川花火は「蓋閉めて」と水筒を渡す。ひっくり返して水筒の蓋を閉めると、僕からそれをひったくるように取り、立ち上がった。

「俺が作ってるに決まってるだろ」

 想像もしていなかった答えに、呆然と陽川花火の顔を見上げる。

「明日からお前の分も作ってきてやるよ。ろくなもん食ってなさそうだし」

 食べなくても平気だから食べないだけなのだが。余計なことはしなくていい、と言おうとしたけれど、僕の持っていた問題集を取られて言いそびれてしまった。

「うわ、よりにもよって数学かよ! これの何が面白いんだ?」

 眉根を寄せてぱらぱらとページを捲る陽川花火に手を伸ばす。と、その瞬間問題集を投げ返された。問題集は僕の腕に当たって、床に転がる。

 自分でやっておきながら驚いた顔をしている陽川花火を見て、思わず溜息が零れた。そして問題集を手に取り、屋上の出入り口に向かう。追ってくるかと思ったが、そんなこともなく、僕は階下の図書室にも行かずに教室に戻った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

新緑の少年

東城
BL
大雨の中、車で帰宅中の主人公は道に倒れている少年を発見する。 家に連れて帰り事情を聞くと、少年は母親を刺したと言う。 警察に連絡し同伴で県警に行くが、少年の身の上話に同情し主人公は少年を一時的に引き取ることに。 悪い子ではなく複雑な家庭環境で追い詰められての犯行だった。 日々の生活の中で交流を深める二人だが、ちょっとしたトラブルに見舞われてしまう。 少年と関わるうちに恋心のような慈愛のような不思議な感情に戸惑う主人公。 少年は主人公に対して、保護者のような気持ちを抱いていた。 ハッピーエンドの物語。

有能社長秘書のマンションでテレワークすることになった平社員の俺

高菜あやめ
BL
【マイペース美形社長秘書×平凡新人営業マン】会社の方針で社員全員リモートワークを義務付けられたが、中途入社二年目の営業・野宮は困っていた。なぜならアパートのインターネットは遅すぎて仕事にならないから。なんとか出社を許可して欲しいと上司に直談判したら、社長の呼び出しをくらってしまい、なりゆきで社長秘書・入江のマンションに居候することに。少し冷たそうでマイペースな入江と、ちょっとビビりな野宮はうまく同居できるだろうか? のんびりほのぼのテレワークしてるリーマンのラブコメディです

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

処理中です...