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陽川花火編
第一話 始まり②
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鈍い音を立てて開け放たれたドアの向こうには、ただ青いだけの空と、何もない薄汚れた灰色の床と、緑色のフェンスがあった。陽川花火はフェンスの傍まで連れてくると、「ここ、座れよ」と僕の肩を押し、僕が座るのを見ると、僕の隣に座った。
「俺の弁当分けてやる」
手に持っていた風呂敷のような包みを広げると、黒色の大きい二段の弁当箱が現れた。二段目を開けると、アルミホイルに包まれた大きな何かが三個入っている。その一つを手に取ると、僕に押し付けるようにして渡してきたので、思わず受け取ってしまった。
「中身昆布な」
自分にも一つ取り、アルミの包みを開けると、中から拳ほどのおにぎりが出てきて驚く。
「おかずも食いたかったら勝手に取れよ」
と、一段目の蓋を開けて箸をその上に置いた。半分が煮物で、あとは卵焼きと林檎が入っているだけだったが、量自体が一人前とは思えないくらい多い。
「何呆けてんだよ。それだけでも食っとけ」
受け取ってしまった以上、食べるしかない。手の中にあるアルミホイルの包みを開けて、海苔が巻いてあるおにぎりを一口齧った。
きっとそれを突き返しても、そのままその場を立ち去って捨てても良かった。しかし、そうしなかったのは、多分それが手作りのものだったからだ。小さな頃から家庭料理に縁が無かったから、興味が無いと言えば嘘になる。
おにぎりは特に美味しいという訳でもないが、市販のおにぎりと違ってアルミホイルに包んでいたせいか海苔が柔らかくなっていた。昆布もちゃんと真ん中に綺麗に入っていないし、米の量に対して昆布の割合が多めだ。
ようやく一個を食べ終わった頃には、陽川花火はおにぎり二個とおかずの八割を食べ終わっていた。
「あとお前食べていいぞ」
持っていた水筒のお茶を飲みながら、僕の前におかずの入った弁当箱と箸を置く。残っていたのは煮物が少しと卵焼きが一切れ、カットされた林檎が一個だった。
ほぼ満腹に近かったが、箸を手に取り、じゃがいもの煮物を口に入れる。よく味が染みていて美味しい、と思う。そうして思わず、残っていた煮物と卵焼き、林檎を平らげてしまった。
林檎は独特の形――皮に切り込みが入って動物の耳のような形になっている――をしていて凝っていた。店でカットされた果物を見たことはあるけれど、こういう形を見るのは初めてだった。
陽川花火は「麦茶」と言って水筒のコップを差し出し、僕が飲むのを見ると弁当箱を片付けて風呂敷に包んだ。
「……いつも作ってもらってるの?」
飲み終わってコップを返すと、陽川花火は「蓋閉めて」と水筒を渡す。ひっくり返して水筒の蓋を閉めると、僕からそれをひったくるように取り、立ち上がった。
「俺が作ってるに決まってるだろ」
想像もしていなかった答えに、呆然と陽川花火の顔を見上げる。
「明日からお前の分も作ってきてやるよ。ろくなもん食ってなさそうだし」
食べなくても平気だから食べないだけなのだが。余計なことはしなくていい、と言おうとしたけれど、僕の持っていた問題集を取られて言いそびれてしまった。
「うわ、よりにもよって数学かよ! これの何が面白いんだ?」
眉根を寄せてぱらぱらとページを捲る陽川花火に手を伸ばす。と、その瞬間問題集を投げ返された。問題集は僕の腕に当たって、床に転がる。
自分でやっておきながら驚いた顔をしている陽川花火を見て、思わず溜息が零れた。そして問題集を手に取り、屋上の出入り口に向かう。追ってくるかと思ったが、そんなこともなく、僕は階下の図書室にも行かずに教室に戻った。
「俺の弁当分けてやる」
手に持っていた風呂敷のような包みを広げると、黒色の大きい二段の弁当箱が現れた。二段目を開けると、アルミホイルに包まれた大きな何かが三個入っている。その一つを手に取ると、僕に押し付けるようにして渡してきたので、思わず受け取ってしまった。
「中身昆布な」
自分にも一つ取り、アルミの包みを開けると、中から拳ほどのおにぎりが出てきて驚く。
「おかずも食いたかったら勝手に取れよ」
と、一段目の蓋を開けて箸をその上に置いた。半分が煮物で、あとは卵焼きと林檎が入っているだけだったが、量自体が一人前とは思えないくらい多い。
「何呆けてんだよ。それだけでも食っとけ」
受け取ってしまった以上、食べるしかない。手の中にあるアルミホイルの包みを開けて、海苔が巻いてあるおにぎりを一口齧った。
きっとそれを突き返しても、そのままその場を立ち去って捨てても良かった。しかし、そうしなかったのは、多分それが手作りのものだったからだ。小さな頃から家庭料理に縁が無かったから、興味が無いと言えば嘘になる。
おにぎりは特に美味しいという訳でもないが、市販のおにぎりと違ってアルミホイルに包んでいたせいか海苔が柔らかくなっていた。昆布もちゃんと真ん中に綺麗に入っていないし、米の量に対して昆布の割合が多めだ。
ようやく一個を食べ終わった頃には、陽川花火はおにぎり二個とおかずの八割を食べ終わっていた。
「あとお前食べていいぞ」
持っていた水筒のお茶を飲みながら、僕の前におかずの入った弁当箱と箸を置く。残っていたのは煮物が少しと卵焼きが一切れ、カットされた林檎が一個だった。
ほぼ満腹に近かったが、箸を手に取り、じゃがいもの煮物を口に入れる。よく味が染みていて美味しい、と思う。そうして思わず、残っていた煮物と卵焼き、林檎を平らげてしまった。
林檎は独特の形――皮に切り込みが入って動物の耳のような形になっている――をしていて凝っていた。店でカットされた果物を見たことはあるけれど、こういう形を見るのは初めてだった。
陽川花火は「麦茶」と言って水筒のコップを差し出し、僕が飲むのを見ると弁当箱を片付けて風呂敷に包んだ。
「……いつも作ってもらってるの?」
飲み終わってコップを返すと、陽川花火は「蓋閉めて」と水筒を渡す。ひっくり返して水筒の蓋を閉めると、僕からそれをひったくるように取り、立ち上がった。
「俺が作ってるに決まってるだろ」
想像もしていなかった答えに、呆然と陽川花火の顔を見上げる。
「明日からお前の分も作ってきてやるよ。ろくなもん食ってなさそうだし」
食べなくても平気だから食べないだけなのだが。余計なことはしなくていい、と言おうとしたけれど、僕の持っていた問題集を取られて言いそびれてしまった。
「うわ、よりにもよって数学かよ! これの何が面白いんだ?」
眉根を寄せてぱらぱらとページを捲る陽川花火に手を伸ばす。と、その瞬間問題集を投げ返された。問題集は僕の腕に当たって、床に転がる。
自分でやっておきながら驚いた顔をしている陽川花火を見て、思わず溜息が零れた。そして問題集を手に取り、屋上の出入り口に向かう。追ってくるかと思ったが、そんなこともなく、僕は階下の図書室にも行かずに教室に戻った。
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