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観月脩編
第三話 恋人ごっこ②
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映画を観に行くのはかなり久々だった。直近で見たのは実家に居た頃、末の弟にねだられていった戦隊ヒーロー物だし、それ以外に観た記憶にあるのは子供向けアニメか特撮ばかりだ。特別映画が好きというわけでも無かったから、誰かに連れられでもしなければ、一生観ないでいたかもしれない。
レストランからそれほど遠くないところに映画館はあった。家族連れやカップル、友達グループなど大勢の人でごった返している。先生はチケットの自動券売機でささっと目当ての映画のチケットを取った。
「ちょうど良い時間帯のものが端の席しか空いていませんでした。予約しておけば良かったですね」
寧ろ端っこの方が周りの目を気にしなくて済むから良いのではないか。まあ、これだけ人が居れば、俺と先生の関係を恋人同士だと見る人間は少ないだろうけれど。
長蛇の列ができていた売店で俺はコーラ、先生はアイスコーヒーを買った。すぐに開場の時間になったから、そのまま入場する。席は先生の言う通り一番後ろの端の席だった。サイドのブロックは二席ずつになっていて、寧ろカップルには好都合の作りに思えた。
「俺奥行きますよ」
「いいんですか?」
「芳慈さんの観たい映画でしょ。少しでも観やすい方がいいじゃないですか」
「有難う」と礼を言われてしまい、照れながら奥の席に座る。画面が思ったよりも大きいから、この距離でも十分見えそうだ。
「今日は近視用の眼鏡を掛けて来て正解でした」
そういえば、普段チェーン付きの眼鏡を掛けているが、今日は違ったことを思い出した。普段掛けている眼鏡にチェーンが付いているのは、頻繁に取り外すからだろうか。
「いつもの眼鏡は遠視用ですか?」
「ええ、ちょっと最近老眼が入ってきたみたいで、遠近両用を作ったんです。でも長時間本を読んだりパソコンの画面を見ていると疲れるので、外したり付けたりしていますが」
老眼。そんな歳なのだろうか。俺が思っているよりもずっと上という可能性もあるけれど、ちょっと聞くのが怖い。けれど、訊くタイミングは今しかない気がする。
「……芳慈さんって、いくつなんですか」
「四十二です。脩君にしたら、お父さんくらいの年ですかね」
四十代だと思っていたので、外していなくて良かったと安堵すると共に、自分の父親の一歳下の年齢だということを認識した。
「結構おじさんでしょう。嫌じゃないですか?」
「いえ、俺年上の方が好きなんで気にしないです」
今まで散々おっさんを相手にしてきたのは金の面もあるけれど、落ち着いた年齢の人の方が話しやすい。同年代や年下は騒がしい奴が多くて敵わない。
「脩君は同じ年頃の子よりもとても大人だなと思いますよ。気を遣えるし、話し方も落ち着いているように思います」
よく、昔から言われることだ。大人だとか、しっかりしてるとか。そう言われる度に、俺はそれを望んでやっているのか分からなくなる。「兄」として頼られる人間になろうとした結果、今の自分があるような気がするから。
「でも、君はまだ二十歳でしょう。もう少し我儘でも、良いんじゃないですか」
目を見張った。我儘、なんて、許されるのだろうか。芳慈さんは――許してくれるのだろうか。
映画館の宣伝――ポップコーンやドリンクを買うように促すような内容――が、流れる。俺は変な気分になりそうで、コーラを飲んで一息入れた。
「……今から見る映画って、どんなのですか?」
話題を変えなければ、精神的に持たない。
「ホラーです」
「えっ……!」
吃驚して声が裏返る。デートという名目で映画を観に来ている流れから、てっきりそれらしい恋愛映画か何かだと思い込んでいたからだ。
「すみません、苦手でしたか?」
「いや、その……急に大きい音がしたり、驚かされるのが苦手で……」
「お化けが怖い」と言ったら子供っぽいとか、女々しいとか思われてしまいそうで、一応言葉を選んでみる。本当はホラー映画のテレビCMを観るのも嫌なくらいだ。
「でも大丈夫です。そんなでも無いので」
心配そうにしている先生に、若干顔が強張ったものの笑ってみせる。と、照明が落とされ、映画の予告編が始まった。この数分間に覚悟を決めよう。
レストランからそれほど遠くないところに映画館はあった。家族連れやカップル、友達グループなど大勢の人でごった返している。先生はチケットの自動券売機でささっと目当ての映画のチケットを取った。
「ちょうど良い時間帯のものが端の席しか空いていませんでした。予約しておけば良かったですね」
寧ろ端っこの方が周りの目を気にしなくて済むから良いのではないか。まあ、これだけ人が居れば、俺と先生の関係を恋人同士だと見る人間は少ないだろうけれど。
長蛇の列ができていた売店で俺はコーラ、先生はアイスコーヒーを買った。すぐに開場の時間になったから、そのまま入場する。席は先生の言う通り一番後ろの端の席だった。サイドのブロックは二席ずつになっていて、寧ろカップルには好都合の作りに思えた。
「俺奥行きますよ」
「いいんですか?」
「芳慈さんの観たい映画でしょ。少しでも観やすい方がいいじゃないですか」
「有難う」と礼を言われてしまい、照れながら奥の席に座る。画面が思ったよりも大きいから、この距離でも十分見えそうだ。
「今日は近視用の眼鏡を掛けて来て正解でした」
そういえば、普段チェーン付きの眼鏡を掛けているが、今日は違ったことを思い出した。普段掛けている眼鏡にチェーンが付いているのは、頻繁に取り外すからだろうか。
「いつもの眼鏡は遠視用ですか?」
「ええ、ちょっと最近老眼が入ってきたみたいで、遠近両用を作ったんです。でも長時間本を読んだりパソコンの画面を見ていると疲れるので、外したり付けたりしていますが」
老眼。そんな歳なのだろうか。俺が思っているよりもずっと上という可能性もあるけれど、ちょっと聞くのが怖い。けれど、訊くタイミングは今しかない気がする。
「……芳慈さんって、いくつなんですか」
「四十二です。脩君にしたら、お父さんくらいの年ですかね」
四十代だと思っていたので、外していなくて良かったと安堵すると共に、自分の父親の一歳下の年齢だということを認識した。
「結構おじさんでしょう。嫌じゃないですか?」
「いえ、俺年上の方が好きなんで気にしないです」
今まで散々おっさんを相手にしてきたのは金の面もあるけれど、落ち着いた年齢の人の方が話しやすい。同年代や年下は騒がしい奴が多くて敵わない。
「脩君は同じ年頃の子よりもとても大人だなと思いますよ。気を遣えるし、話し方も落ち着いているように思います」
よく、昔から言われることだ。大人だとか、しっかりしてるとか。そう言われる度に、俺はそれを望んでやっているのか分からなくなる。「兄」として頼られる人間になろうとした結果、今の自分があるような気がするから。
「でも、君はまだ二十歳でしょう。もう少し我儘でも、良いんじゃないですか」
目を見張った。我儘、なんて、許されるのだろうか。芳慈さんは――許してくれるのだろうか。
映画館の宣伝――ポップコーンやドリンクを買うように促すような内容――が、流れる。俺は変な気分になりそうで、コーラを飲んで一息入れた。
「……今から見る映画って、どんなのですか?」
話題を変えなければ、精神的に持たない。
「ホラーです」
「えっ……!」
吃驚して声が裏返る。デートという名目で映画を観に来ている流れから、てっきりそれらしい恋愛映画か何かだと思い込んでいたからだ。
「すみません、苦手でしたか?」
「いや、その……急に大きい音がしたり、驚かされるのが苦手で……」
「お化けが怖い」と言ったら子供っぽいとか、女々しいとか思われてしまいそうで、一応言葉を選んでみる。本当はホラー映画のテレビCMを観るのも嫌なくらいだ。
「でも大丈夫です。そんなでも無いので」
心配そうにしている先生に、若干顔が強張ったものの笑ってみせる。と、照明が落とされ、映画の予告編が始まった。この数分間に覚悟を決めよう。
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