アネモネの花

藤間留彦

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観月脩編

第二話 出逢い①

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 二年に進級した頃、大学の生体材料化学の授業を取った。分野的に興味があったのもあるが、担当教員が優しいので単位が取りやすいという噂があったからだ。

「今日は名前が書いてあるところに座ってもらえますか」

 教室に入ると既に先生が居て、教卓に置いてある座席表を示した。

 金の鎖が付いている金縁の眼鏡を掛けた、七三分けで生え際に白髪が何本か見えるくらいの年齢の男だった。
 背は一八〇くらいでどちらかというと細身、水色のシャツに茶色のネクタイ、その上から白衣を羽織っている。学内の教員の中では一番きちんとした格好をしていて、真面目で誠実そうに見えた。
 顔も結構整っていて悪くないし、若い頃はモテたのではないかと思う。まあ、大学教授という肩書きを考えたら、今の方がモテている可能性は高いが。

 俺は指定された席に座って、授業が始まるのを待った。初回から代返でやり過ごそうとしていた奴が居たのか、慌てて友達に携帯で連絡していたけれど。
 そんないい加減な奴は好きではないので、ざまあみろと思う。俺にとっては、貴重な金で通っている大学の大事な授業なのだ。

 そういう貧しさを知らない奴とは考え方が合わないので、高校までは適当に合わせていたものの、大学では友人関係が学校生活に支障を来すことは無いので、友人らしい友人は作らなかった。

「席を指定してすみませんでした。皆さんの名前を覚えたくて、毎年初回の授業だけ指定させて頂いています」 
 代返考えるような不真面目な学生に謝る必要はないと思うが、先生はそう一言添えて出欠を取った。

「初めまして、私は鳥海芳慈とりみよしじと言います。生体材料化学は私の専門分野なので、皆さんに教授することのできる知識は多いと思います。疑問に思うことは何でも構いませんから、遠慮なく質問してください」

 と、学内で一番頭が悪そうな金髪の男が「はい」と手を挙げた。鳥海先生は座席表を手に取る。

「えっと……坂上君、何でしょう」
「先生って結婚してるんですかー?」

 それなりに偏差値の高い大学のはずだが、こういう奴も中には混ざっているんだなと思わず溜息が零れる。

「いえ、未婚です」
「じゃあ、彼女はー?」
「交際相手……ですか? 残念ながら、しばらく御縁がないですね」

 そう言って苦笑する鳥海先生に、坂上という学生は口を開けて馬鹿にするように笑った。こういう下らないことを面白いと思っている奴を見ると虫唾が走る。先生もこんな馬鹿の質問に真面目に答えなくていいのに、と苛立ちを覚えた。

 その後は誰も続く者がいなかったお陰で普通に授業に移行したが、すぐに坂上を含む半分近い学生は夢の中に旅立った。俺はテストとレポート提出が必要な授業と知っていたから、ノートに板書や重要そうなポイントをメモした。

 授業が終わる頃には、窓の外から西日が差していた。日差しが目に染みて、目を擦りながら席を立つ。一日の最後の授業だったので学校を後にし、その足でバイト先に向かった。

 春は新歓コンパが社会人も学生もあって、連日予約が入っていて忙しい。飲み慣れていないから店内に一つしかない男性用個室トイレに籠城されることもしばしば。
 酔っ払ったおっさんにクレームつけられたり、女に逆ナンされたり、面倒なことも多かった。疲れてバイトの後のお楽しみも足が遠退く、そんな日々を過ごして初夏を迎えた。

 夏休み前にテストとレポート提出があったのだが、テストを無事終えた後バイト六連勤という地獄があったせいでレポート提出を忘れてしまっていた。
 慌てて徹夜で仕上げて、前日までに研究室のポストに提出という話だったから、朝早く登校しておけばバレないだろうと先生の研究室に急いで向かった。
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