17 / 75
観月脩編
第二話 出逢い①
しおりを挟む
二年に進級した頃、大学の生体材料化学の授業を取った。分野的に興味があったのもあるが、担当教員が優しいので単位が取りやすいという噂があったからだ。
「今日は名前が書いてあるところに座ってもらえますか」
教室に入ると既に先生が居て、教卓に置いてある座席表を示した。
金の鎖が付いている金縁の眼鏡を掛けた、七三分けで生え際に白髪が何本か見えるくらいの年齢の男だった。
背は一八〇くらいでどちらかというと細身、水色のシャツに茶色のネクタイ、その上から白衣を羽織っている。学内の教員の中では一番きちんとした格好をしていて、真面目で誠実そうに見えた。
顔も結構整っていて悪くないし、若い頃はモテたのではないかと思う。まあ、大学教授という肩書きを考えたら、今の方がモテている可能性は高いが。
俺は指定された席に座って、授業が始まるのを待った。初回から代返でやり過ごそうとしていた奴が居たのか、慌てて友達に携帯で連絡していたけれど。
そんないい加減な奴は好きではないので、ざまあみろと思う。俺にとっては、貴重な金で通っている大学の大事な授業なのだ。
そういう貧しさを知らない奴とは考え方が合わないので、高校までは適当に合わせていたものの、大学では友人関係が学校生活に支障を来すことは無いので、友人らしい友人は作らなかった。
「席を指定してすみませんでした。皆さんの名前を覚えたくて、毎年初回の授業だけ指定させて頂いています」
代返考えるような不真面目な学生に謝る必要はないと思うが、先生はそう一言添えて出欠を取った。
「初めまして、私は鳥海芳慈と言います。生体材料化学は私の専門分野なので、皆さんに教授することのできる知識は多いと思います。疑問に思うことは何でも構いませんから、遠慮なく質問してください」
と、学内で一番頭が悪そうな金髪の男が「はい」と手を挙げた。鳥海先生は座席表を手に取る。
「えっと……坂上君、何でしょう」
「先生って結婚してるんですかー?」
それなりに偏差値の高い大学のはずだが、こういう奴も中には混ざっているんだなと思わず溜息が零れる。
「いえ、未婚です」
「じゃあ、彼女はー?」
「交際相手……ですか? 残念ながら、しばらく御縁がないですね」
そう言って苦笑する鳥海先生に、坂上という学生は口を開けて馬鹿にするように笑った。こういう下らないことを面白いと思っている奴を見ると虫唾が走る。先生もこんな馬鹿の質問に真面目に答えなくていいのに、と苛立ちを覚えた。
その後は誰も続く者がいなかったお陰で普通に授業に移行したが、すぐに坂上を含む半分近い学生は夢の中に旅立った。俺はテストとレポート提出が必要な授業と知っていたから、ノートに板書や重要そうなポイントをメモした。
授業が終わる頃には、窓の外から西日が差していた。日差しが目に染みて、目を擦りながら席を立つ。一日の最後の授業だったので学校を後にし、その足でバイト先に向かった。
春は新歓コンパが社会人も学生もあって、連日予約が入っていて忙しい。飲み慣れていないから店内に一つしかない男性用個室トイレに籠城されることもしばしば。
酔っ払ったおっさんにクレームつけられたり、女に逆ナンされたり、面倒なことも多かった。疲れてバイトの後のお楽しみも足が遠退く、そんな日々を過ごして初夏を迎えた。
夏休み前にテストとレポート提出があったのだが、テストを無事終えた後バイト六連勤という地獄があったせいでレポート提出を忘れてしまっていた。
慌てて徹夜で仕上げて、前日までに研究室のポストに提出という話だったから、朝早く登校しておけばバレないだろうと先生の研究室に急いで向かった。
「今日は名前が書いてあるところに座ってもらえますか」
教室に入ると既に先生が居て、教卓に置いてある座席表を示した。
金の鎖が付いている金縁の眼鏡を掛けた、七三分けで生え際に白髪が何本か見えるくらいの年齢の男だった。
背は一八〇くらいでどちらかというと細身、水色のシャツに茶色のネクタイ、その上から白衣を羽織っている。学内の教員の中では一番きちんとした格好をしていて、真面目で誠実そうに見えた。
顔も結構整っていて悪くないし、若い頃はモテたのではないかと思う。まあ、大学教授という肩書きを考えたら、今の方がモテている可能性は高いが。
俺は指定された席に座って、授業が始まるのを待った。初回から代返でやり過ごそうとしていた奴が居たのか、慌てて友達に携帯で連絡していたけれど。
そんないい加減な奴は好きではないので、ざまあみろと思う。俺にとっては、貴重な金で通っている大学の大事な授業なのだ。
そういう貧しさを知らない奴とは考え方が合わないので、高校までは適当に合わせていたものの、大学では友人関係が学校生活に支障を来すことは無いので、友人らしい友人は作らなかった。
「席を指定してすみませんでした。皆さんの名前を覚えたくて、毎年初回の授業だけ指定させて頂いています」
代返考えるような不真面目な学生に謝る必要はないと思うが、先生はそう一言添えて出欠を取った。
「初めまして、私は鳥海芳慈と言います。生体材料化学は私の専門分野なので、皆さんに教授することのできる知識は多いと思います。疑問に思うことは何でも構いませんから、遠慮なく質問してください」
と、学内で一番頭が悪そうな金髪の男が「はい」と手を挙げた。鳥海先生は座席表を手に取る。
「えっと……坂上君、何でしょう」
「先生って結婚してるんですかー?」
それなりに偏差値の高い大学のはずだが、こういう奴も中には混ざっているんだなと思わず溜息が零れる。
「いえ、未婚です」
「じゃあ、彼女はー?」
「交際相手……ですか? 残念ながら、しばらく御縁がないですね」
そう言って苦笑する鳥海先生に、坂上という学生は口を開けて馬鹿にするように笑った。こういう下らないことを面白いと思っている奴を見ると虫唾が走る。先生もこんな馬鹿の質問に真面目に答えなくていいのに、と苛立ちを覚えた。
その後は誰も続く者がいなかったお陰で普通に授業に移行したが、すぐに坂上を含む半分近い学生は夢の中に旅立った。俺はテストとレポート提出が必要な授業と知っていたから、ノートに板書や重要そうなポイントをメモした。
授業が終わる頃には、窓の外から西日が差していた。日差しが目に染みて、目を擦りながら席を立つ。一日の最後の授業だったので学校を後にし、その足でバイト先に向かった。
春は新歓コンパが社会人も学生もあって、連日予約が入っていて忙しい。飲み慣れていないから店内に一つしかない男性用個室トイレに籠城されることもしばしば。
酔っ払ったおっさんにクレームつけられたり、女に逆ナンされたり、面倒なことも多かった。疲れてバイトの後のお楽しみも足が遠退く、そんな日々を過ごして初夏を迎えた。
夏休み前にテストとレポート提出があったのだが、テストを無事終えた後バイト六連勤という地獄があったせいでレポート提出を忘れてしまっていた。
慌てて徹夜で仕上げて、前日までに研究室のポストに提出という話だったから、朝早く登校しておけばバレないだろうと先生の研究室に急いで向かった。
0
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
年上の恋人は優しい上司
木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。
仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。
基本は受け視点(一人称)です。
一日一花BL企画 参加作品も含まれています。
表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!!
完結済みにいたしました。
6月13日、同人誌を発売しました。
新緑の少年
東城
BL
大雨の中、車で帰宅中の主人公は道に倒れている少年を発見する。
家に連れて帰り事情を聞くと、少年は母親を刺したと言う。
警察に連絡し同伴で県警に行くが、少年の身の上話に同情し主人公は少年を一時的に引き取ることに。
悪い子ではなく複雑な家庭環境で追い詰められての犯行だった。
日々の生活の中で交流を深める二人だが、ちょっとしたトラブルに見舞われてしまう。
少年と関わるうちに恋心のような慈愛のような不思議な感情に戸惑う主人公。
少年は主人公に対して、保護者のような気持ちを抱いていた。
ハッピーエンドの物語。
有能社長秘書のマンションでテレワークすることになった平社員の俺
高菜あやめ
BL
【マイペース美形社長秘書×平凡新人営業マン】会社の方針で社員全員リモートワークを義務付けられたが、中途入社二年目の営業・野宮は困っていた。なぜならアパートのインターネットは遅すぎて仕事にならないから。なんとか出社を許可して欲しいと上司に直談判したら、社長の呼び出しをくらってしまい、なりゆきで社長秘書・入江のマンションに居候することに。少し冷たそうでマイペースな入江と、ちょっとビビりな野宮はうまく同居できるだろうか? のんびりほのぼのテレワークしてるリーマンのラブコメディです
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる