アネモネの花

藤間留彦

文字の大きさ
上 下
16 / 75
観月脩編

第一話 プロローグ

しおりを挟む
 ――何か、自分にだけ許されたものが欲しかった。

 商店街にある大きいとは言えない花屋を営む両親のもとで、男三人、女二人の五人の兄弟の長男として育った。人より少し器用で頭が良いことくらいが取り柄の、平凡な子供。

 両親は俺に兄弟を任せて仕事を切り盛りしていたし、兄弟は俺を頼った。それを嫌だと思ったことは無いし、家族はとても好きだ。何よりも大事に思っている。

 しかし自然と「兄」という役割を担って来たけれど、与えられた責任に足る許されたものは何も与えてもらえなかったように思う。
 兄弟の誰よりも甘えを許されない。兄弟の手本になり、両親にとって手の掛からない子供でいなければならない。

 物心がつく頃には、俺は両親を助け兄弟を守るために生まれたのだと、そういう意識をもって行動していた。

 だから、俺が大学に上がる頃、下の妹が高校入学で金銭的に厳しいタイミングが来た時も、俺は予想していたことだから成績を上げて、優秀な論文を書いて返済不要の奨学金制度に応募し合格。
 更に国立大に進んで少しでも負担を掛けないようにと努力した。俺よりも成績優秀な妹は公立の進学校に入学し、彼女も同じ様に家計に考慮したようだった。

 大学入学と同時に寮生活になった俺は、初めて家族と離れて暮らした。
 毎日そこらで誰かが怒っているか泣いているか笑っているかしている日々が少し恋しかったけれど、「兄」という役割から解き放たれて、俺は初めて自由を手に入れた気分になっていた。
 この大都会では、俺のような同性愛者も受け入れてくれる街があることを知っていたから、余計に浮かれていたのだと思う。髪も少し伸ばして、同年代の遊んでる子達の服装を真似た。

 中学の頃、友人の一人に恋心を抱いた時、自分の存在は異質なのだと思った。
 皆、当然のようにクラスの美人や巨乳のグラビアアイドルをネタにマスを掻いたと話し、女子に告白して付き合っただの振られただの、セックスしただので盛り上がっていた。

 俺は、その他のどの話にも適当に話を合わせられたが、その話題だけは、嘘を吐くことの痛みを伴って苦しかったのを覚えている。

 高校の頃だったか、苦しみに耐えかねた俺は両親に打ち明けた。両親は驚いてはいたがあっさりしたもので、「彼氏ができたら紹介してくれよ」と父は微笑んだ。
 子供の中で唯一血の繋がらない子供だというのに、そんな違いを感じさせないほど優しい父に、俺は救われていた。

 大学の授業を終えた後は、居酒屋で閉店まで働いた。奨学金だけでは足りない寮費や生活費を稼ぐためだが、賄いが出るので一食浮くのが一番の決め手だった。二番目はバイト先が歓楽街に近かったことだけれど。交通費が浮くので、遊びにもバーで飲む一杯の酒代しかお金が掛からなかった。

 そう、俺は極度に疲れていない限りは、バイトの後夜の街に出掛けたのだ。毎夜違う男とベッドを共にし、今まで抑圧されてきたせいと言うには羽根を伸ばし過ぎだというくらい快楽を貪るような生活。勿論貧乏学生なのでホテル代を持ってくれる相手でないといけなかったから、誰も捕まらない日もあったけれど。

 ゲイ界隈の人気としては、遺伝子上の父親がカナダ人で、少し一般的な日本人とは雰囲気が違うという点があるにせよ――人生でハーフだと言われたことがないくらいには日本人顔だが――、多少の筋肉はあるけど痩せ型で背も一七〇ちょっとの俺は、あまり需要は高くなかったと思う。
 しかしタチの需要自体は高いので、若い男なら誰でもいいというオジサンなら多少相手を選ぶ余裕くらいはあった。

 自分個人としてはバリタチというよりはタチ寄りのリバだったが、ネコに回る機会は数えるほどしかなかったので、界隈では俺のことをタチとして見ていたと思う。

 しかしこの爛れた生活が一年ほど経った頃、俺はこの日々が虚しいものであると気付き始めた。大学とバイト、そして夜の生活。歓楽街では派手に遊んでいるように見えて、後腐れも無く問題も起こしていない堅実な相手を選んでいたし、表ではとても地味で真面目な大学生であり続けていた。

 この繰り返す日々が、つまらないものだと思いたくなくて、目を背け日々を過ごしていた。それが、一瞬で変わるような出来事が起こったのは、二年の晩夏の頃だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

零下3℃のコイ

ぱんなこった。
BL
高校1年の春・・・ 恋愛初心者の春野風音(はるのかさね)が好きになった女の子には彼氏がいた。 優しそうでイケメンで高身長な彼氏、日下部零(くさかべれい)。 はたから見ればお似合いのカップル。勝ち目はないと分かっていてもその姿を目で追ってしまい悔しくなる一一一。 なのに、2年生でその彼氏と同じクラスになってしまった。 でも、偶然のきっかけで関わっていくうちに、風音だけが知ってしまった彼氏の秘密。 好きな子の彼氏…だったのに。 秘密を共有していくうちに、2人は奇妙な関係になり、変化が起こってしまう…

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

熱中症

こじらせた処女
BL
会社で熱中症になってしまった木野瀬 遼(きのせ りょう)(26)は、同居人で恋人でもある八瀬希一(やせ きいち)(29)に迎えに来てもらおうと電話するが…?

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

創作BL)相模和都のカイキなる日々

黑野羊
BL
「カズトの中にはボクの番だった狛犬の『バク』がいるんだ」 小さい頃から人間やお化けにやたらと好かれてしまう相模和都は、新学期初日、元狛犬のお化け・ハクに『鬼』に狙われていると告げられる。新任教師として人間に混じった『鬼』の狙いは、狛犬の生まれ変わりだという和都の持つ、いろんなものを惹き寄せる『狛犬の目』のチカラ。霊力も低く寄ってきた悪霊に当てられてすぐ倒れる和都は、このままではあっという間に『鬼』に食べられてしまう。そこで和都は、霊力が強いという養護教諭の仁科先生にチカラを分けてもらいながら、『鬼』をなんとかする方法を探すのだが──。 オカルト×ミステリ×ラブコメ(BL)の現代ファンタジー。 「*」のついている話は、キスシーンなどを含みます。 ※小説家になろう、カクヨムでも掲載しています。 ※Pixiv、Xfolioでは分割せずに掲載しています。 === 主な登場人物) ・相模和都:本作主人公。高校二年、お化けが視える。 ・仁科先生:和都の通う高校の、養護教諭。 ・春日祐介:和都の中学からの友人。 ・小坂、菅原:和都と春日のクラスメイト。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

どうして、こうなった?

yoyo
BL
新社会として入社した会社の上司に嫌がらせをされて、久しぶりに会った友達の家で、おねしょしてしまう話です。

処理中です...