15 / 75
風岡一温編
最終話 エピローグ、そしてプロローグ②
しおりを挟む
放課後、俺は生徒指導の教師に呼び出しを食らっていたので、面倒だと思いながら職員室に向かった。
一日を終えて男の名前が風岡一温ということと、生徒も教師も風岡を煙たがっているような空気があるということに気付いた。
風岡をいじめている奴ら以外の生徒も、いじめに巻き込まれたくないということ以前に、風岡という人間を嫌がっているように見えた。いじめはそういう空気の中作られた結果に過ぎないのだ。
風岡は三年の始業式の後転入してきている。恐らく何らかの問題を抱えている。
担任と体育教師に、先週の他校の生徒との喧嘩についてくどくどと説教された。そもそも喧嘩を吹っ掛けてきたのは向こうで相手は五人だったわけなのだが、なぜ病院送りにしたからといって俺が停学になるのか分からない。
そういう不満が表に出ていたのか、目付きや態度が悪いから絡まれるとか生活態度を改めろなどと説教が長くなったのだろうが――その理論なら、地毛で短髪の俺ではなく茶髪や長髪の奴が喧嘩を吹っ掛けられていると思う――、生徒指導室を出た頃には日は落ちてすっかり暗くなっていた。
早く家に帰って飯を食って寝ようと下駄箱の靴を取り出す。と、すっと横に立った男に目を向ける。風岡だった。
「こんな時間まで何してんだ?」
「……君は?」
風岡はローファーを取り出しながら、俺の方を一度も見ずに言った。「君」。新鮮な言い方に思わず目を見張った。というか、今初めて風岡の声を聞いたのだ。
「俺は停学明けの説教」
「そう」
さして興味はないが、答えをはぐらかすのに都合が良かったから訊いただけだろう。俺は運動靴を履いて、靴を履き終える風岡を待った。
「お前の家どっちだ」
面倒だと思ったのが何となく分かった。風岡は黙って俺の横を通り過ぎたが、その横について歩く。
校門までの間に俺を振り切りたかったのか早足だったが、門を出てから方向が一緒だと分かると観念したように歩みが緩やかになった。
「……何か用でも?」
「用っていうか……知りたいというか」
自分でもこの風岡と一緒に歩いているのが不思議なぐらいなので、なぜと聞かれても答えが出ない。
「何が知りたいの? 今日教室で何があったのか? それとも僕が時期外れにこんな底辺校に転校してきた理由?」
定型文を読み上げるように心底どうでもいいと思っているのが伝わってくる言い方だった。俺は考えた挙げ句、出た答えはやはり一つだけ。
「お前がどういう時笑うのか、とか?」
急に風岡が立ち止まったので、数歩行き過ぎてしまい振り返る。
目が合った時、何かの感情が一瞬瞳に浮かんで見えたが、すぐに視線を落としてしまったのもあって分からなかった。
「僕は、男性教師に淫らに言い寄ったから、親に転校させられたんだ」
突然の告白に、呆然とそれを聞いた。俯いたまま、無感情に、第三者が評したことをただなぞったであろう言葉を。
「だから、もう僕に関わらない方がいい。君もホモの僕に好かれたら困るだろ」
思わず苛立って舌打ちをした。俺を追い払うために言ったのか、それとも本当に自分をそれほど卑下していて出た言葉なのか分からない。
しかし俺の直感では後者のような気がしたから、癇に障った。
「馬鹿じゃねえの。何でお前が俺を好きになるんだよ。意味わかんねえ」
思っていた返答や態度では無かったのだろう。風岡は顔を上げて俺を真っ直ぐに見た。何かを期待するというより、俺の真意を窺うように。
「そんなことより、お前の家もこっちだろ。行こうぜ」
返事が無いまま歩き出したが、俺が隣を歩いても何も言わなかった。
それから会話もなく学校から歩いて数分のマンスリータイプのマンションの前で、風岡は立ち止まった。
「じゃあな」と歩き出した俺の後ろから、「君の」と風岡の声がして立ち止まる。
「君の、名前……聞いてない」
俺に少しでも興味が湧いたのか、と思いながら振り返り、「陽川花火」と笑って答えた。
風岡は「じゃあ」と戸惑っている様子でマンションに足早に入っていった。
俺はその後ろ姿を見送りながら、自分は名乗らないんだなと苦笑して、ぽつぽつと電灯の灯る薄暗い道を学校を挟んで向こう側にある家へ向かって引き返した。
一日を終えて男の名前が風岡一温ということと、生徒も教師も風岡を煙たがっているような空気があるということに気付いた。
風岡をいじめている奴ら以外の生徒も、いじめに巻き込まれたくないということ以前に、風岡という人間を嫌がっているように見えた。いじめはそういう空気の中作られた結果に過ぎないのだ。
風岡は三年の始業式の後転入してきている。恐らく何らかの問題を抱えている。
担任と体育教師に、先週の他校の生徒との喧嘩についてくどくどと説教された。そもそも喧嘩を吹っ掛けてきたのは向こうで相手は五人だったわけなのだが、なぜ病院送りにしたからといって俺が停学になるのか分からない。
そういう不満が表に出ていたのか、目付きや態度が悪いから絡まれるとか生活態度を改めろなどと説教が長くなったのだろうが――その理論なら、地毛で短髪の俺ではなく茶髪や長髪の奴が喧嘩を吹っ掛けられていると思う――、生徒指導室を出た頃には日は落ちてすっかり暗くなっていた。
早く家に帰って飯を食って寝ようと下駄箱の靴を取り出す。と、すっと横に立った男に目を向ける。風岡だった。
「こんな時間まで何してんだ?」
「……君は?」
風岡はローファーを取り出しながら、俺の方を一度も見ずに言った。「君」。新鮮な言い方に思わず目を見張った。というか、今初めて風岡の声を聞いたのだ。
「俺は停学明けの説教」
「そう」
さして興味はないが、答えをはぐらかすのに都合が良かったから訊いただけだろう。俺は運動靴を履いて、靴を履き終える風岡を待った。
「お前の家どっちだ」
面倒だと思ったのが何となく分かった。風岡は黙って俺の横を通り過ぎたが、その横について歩く。
校門までの間に俺を振り切りたかったのか早足だったが、門を出てから方向が一緒だと分かると観念したように歩みが緩やかになった。
「……何か用でも?」
「用っていうか……知りたいというか」
自分でもこの風岡と一緒に歩いているのが不思議なぐらいなので、なぜと聞かれても答えが出ない。
「何が知りたいの? 今日教室で何があったのか? それとも僕が時期外れにこんな底辺校に転校してきた理由?」
定型文を読み上げるように心底どうでもいいと思っているのが伝わってくる言い方だった。俺は考えた挙げ句、出た答えはやはり一つだけ。
「お前がどういう時笑うのか、とか?」
急に風岡が立ち止まったので、数歩行き過ぎてしまい振り返る。
目が合った時、何かの感情が一瞬瞳に浮かんで見えたが、すぐに視線を落としてしまったのもあって分からなかった。
「僕は、男性教師に淫らに言い寄ったから、親に転校させられたんだ」
突然の告白に、呆然とそれを聞いた。俯いたまま、無感情に、第三者が評したことをただなぞったであろう言葉を。
「だから、もう僕に関わらない方がいい。君もホモの僕に好かれたら困るだろ」
思わず苛立って舌打ちをした。俺を追い払うために言ったのか、それとも本当に自分をそれほど卑下していて出た言葉なのか分からない。
しかし俺の直感では後者のような気がしたから、癇に障った。
「馬鹿じゃねえの。何でお前が俺を好きになるんだよ。意味わかんねえ」
思っていた返答や態度では無かったのだろう。風岡は顔を上げて俺を真っ直ぐに見た。何かを期待するというより、俺の真意を窺うように。
「そんなことより、お前の家もこっちだろ。行こうぜ」
返事が無いまま歩き出したが、俺が隣を歩いても何も言わなかった。
それから会話もなく学校から歩いて数分のマンスリータイプのマンションの前で、風岡は立ち止まった。
「じゃあな」と歩き出した俺の後ろから、「君の」と風岡の声がして立ち止まる。
「君の、名前……聞いてない」
俺に少しでも興味が湧いたのか、と思いながら振り返り、「陽川花火」と笑って答えた。
風岡は「じゃあ」と戸惑っている様子でマンションに足早に入っていった。
俺はその後ろ姿を見送りながら、自分は名乗らないんだなと苦笑して、ぽつぽつと電灯の灯る薄暗い道を学校を挟んで向こう側にある家へ向かって引き返した。
0
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説
零下3℃のコイ
ぱんなこった。
BL
高校1年の春・・・
恋愛初心者の春野風音(はるのかさね)が好きになった女の子には彼氏がいた。
優しそうでイケメンで高身長な彼氏、日下部零(くさかべれい)。
はたから見ればお似合いのカップル。勝ち目はないと分かっていてもその姿を目で追ってしまい悔しくなる一一一。
なのに、2年生でその彼氏と同じクラスになってしまった。
でも、偶然のきっかけで関わっていくうちに、風音だけが知ってしまった彼氏の秘密。
好きな子の彼氏…だったのに。
秘密を共有していくうちに、2人は奇妙な関係になり、変化が起こってしまう…
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
創作BL)相模和都のカイキなる日々
黑野羊
BL
「カズトの中にはボクの番だった狛犬の『バク』がいるんだ」
小さい頃から人間やお化けにやたらと好かれてしまう相模和都は、新学期初日、元狛犬のお化け・ハクに『鬼』に狙われていると告げられる。新任教師として人間に混じった『鬼』の狙いは、狛犬の生まれ変わりだという和都の持つ、いろんなものを惹き寄せる『狛犬の目』のチカラ。霊力も低く寄ってきた悪霊に当てられてすぐ倒れる和都は、このままではあっという間に『鬼』に食べられてしまう。そこで和都は、霊力が強いという養護教諭の仁科先生にチカラを分けてもらいながら、『鬼』をなんとかする方法を探すのだが──。
オカルト×ミステリ×ラブコメ(BL)の現代ファンタジー。
「*」のついている話は、キスシーンなどを含みます。
※小説家になろう、カクヨムでも掲載しています。
※Pixiv、Xfolioでは分割せずに掲載しています。
===
主な登場人物)
・相模和都:本作主人公。高校二年、お化けが視える。
・仁科先生:和都の通う高校の、養護教諭。
・春日祐介:和都の中学からの友人。
・小坂、菅原:和都と春日のクラスメイト。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる