アネモネの花

藤間留彦

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風岡一温編

第四話 関係の終わり①

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「あっ、ぁん……せんせっ……」

 僕は先生の上で腰を振りながら、自分の中の感じるところに何度も押し当てる。

 先生とセックスをするようになってから、十ヶ月が経った。
 僕の身体は完全に雌に変えられていて、前を弄らなくても後ろだけでイけるようになっていた。先生の肉棒を週に一度は咥え込んでいるのだから、当然の成り行きではある。

「ほら、手伝ってやるから、早くイけ……!」

 先生が僕の腰を掴んで、下から激しく突き上げる。

「ッ、だめ、っあぁ……せんせ、も……出し、て……ッぁ、あ……!」

 性感帯を何度も激しく刺激されて、僕は身体を激しく痙攣させながら、勝手に溢れる透明な液体を茎の尖端から垂れ流しながら、全身を貫く快感に耽溺する。

「……くっ……!」

 まだ達した後の余韻で小刻みに震えている僕の中で、先生の一部が脈動するのを感じた。一緒に絶頂に至ったのだと思うと、凄く嬉しい。
 僕は脱力して先生の上に圧し掛かった。

「……重い」

 嫌そうに眉間に皺を寄せると、僕を横に退かして身体を起こし、白濁の詰まったゴムを捨てる。そして、ティッシュで僕の精液で汚れた腹部を拭った。

「じゃ、済んだことだし帰るか」

 あっさりそう言って立ち上がろうとした先生の腕を、僕は咄嗟に掴んだ。

「……もう少し、一緒に居たいです」

 驚いたように振り返った先生の顔を見上げながら言う。と、先生は深く溜息を吐いた後、面倒臭そうに僕の隣に寝転んだ。

「まあ、まだ時間に余裕あるしな」

 先生は、優しい。僕の我儘に付き合ってくれる。僕は先生の肩におでこをくっつけて寄り添うように横になった。
 先生の身体は、僕より少し冷たいから、心地良い。

「風岡、来月から三年だよな? こんな淫蕩ぶりで受験大丈夫なのかよ」
「大丈夫です。僕、勉強得意なので」
「知ってる。理数だけなら、学年一位だもんな」

 僕が三年生になるということは、先生と過ごせるのもあと一年だ。いや、もっと早いかもしれない。

 永田先生は去年子供を出産していて、今年の四月から子供を保育園に預けることが出来たら復帰するのだそうだ。非常勤講師の観月先生は、それが決まり次第学校を離れることになる。

 胸の奥が、きゅっと締め付けられるように苦しくなる。このまま先生と離れることになれば、先生と僕は二度と会うことは無くなるという予感がしていたから。

 先生はまだ、僕を見てくれていない。

 頭の後ろで手を組んだ格好で天井を見詰めている先生の横顔を眺める。先生の綺麗な栗色の波打つ髪、そしてヘーゼルの瞳は淡い照明の色に反射して金にも緑にも茶にも見えた。

「……先生って、ハーフですか」
「ダブル、な。……そうだったら何?」

 無感情を装っても、先生の瞳の虹彩は嘘が吐けない。先生にテストのことで呼び出された時も、先生は僕が容姿について聞いた時、瞳の虹彩が僅かに収縮した。

「先生の髪も眼も、特別に綺麗だから」

 先生は身体を起こすと鞄の中から煙草とライターを取り出す。ベッドの上に座って煙草に火を点けると、深く吸い込んで煙を吐き出した。

「父親がカナダ人らしい。籍入れる前に別れて俺が生まれて、今の父親と結婚したらしいから」
「そう、なんですね」

 ふう、と吐き出した白煙が消えていくのを、先生は見詰めている。

「そ。普通に日本人顔だからさ、家族で俺だけ父親が違うって、言われるまで気付かなかったけど……まあ、髪とか眼とか結構からかわれたから、じゃあ仕方ねえなって思えるようにはなったよ」

 今は髪を染めている同世代なんて幾らでも居るだろうけれど、子供の頃は人と違うことに苦労をしてきただろうと思う。

「先生が色の付いた眼鏡を掛けるのは、眼を隠すため……ですか?」

 ぴく、と先生の煙草を持つ手が反応する。そして、動きを止め俯き加減に煙を吐いた。

「……蛍光灯が眩しいんじゃないかって……色付きの眼鏡を掛けてみたらどうかって……言ってくれた人が、居たんだ」

 その時の先生の搾り出すような弱々しい声を、心を締め付けるような優しい表情を、僕は忘れることは無いだろう。

 遠く、記憶の彼方にあるその思い出を見詰めながら、大事そうに、募らせた想いを込めて呟くように言った先生の顔は、恋をしている人のものに、似ていた。

 先生の想い人は、きっと手の届かないところに居る。もう会うことのない人なのかもしれない。

 まるで、未来の僕と先生のように。

「……先生が眼鏡を掛けている時って、雰囲気が全然違いますよね」

 それは「地雷」だと解っていた。でも、言わずにはいられなかった。

 もしこのまま何も言わずにいたら、僕らの関係はどのみち終わってしまうと思ったから。

「それって、もしかして……誰かの――」
「黙れよ」

 低くくぐもった声。顔に苛立ちと怒りと、僅かばかりの焦燥を浮かべて、先生は乱暴に煙草を灰皿に押し付ける。
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