アネモネの花

藤間留彦

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風岡一温編

第三話 始まりの情事①

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 結果的に化学で九十八点だった僕は、先生との約束通りに店に行っていいのか迷った。
 しかし、自分の中で膨らんでいく感情は理性で抑えきれず、悩んだ末、店に向かった。言われた通り、色々と調べてできるだけ身体を綺麗にして。

 先生の指定した店は、歓楽街の真ん中にある、高校生が絶対に足を踏み入れられない場所にあった。そのため、僕は家にあった服の中でできるだけ大人びて見えるものを選んだ。元々背が高いせいか大学生に間違われることがあったし、大丈夫と言い聞かせた。

 この町が、ゲイの人達が多いところだというのは、調べて知ったことだ。そしてその真ん中にある店を指定したということは、恐らく先生も同性愛者もしくは両性愛者なのだろう。
 それは僕の背中を押した要因の一つだった。少なくとも、先生は同性愛者である僕という存在を、それだけで否定したりはしないということだから。

 駅から真っ直ぐに時々キャッチに声を掛けられながら、風俗店や飲み屋が並ぶ通りを歩く。更に進んでいくと男性同士が腕を組んで歩いているような場所にある、一軒のバーに辿り着いた。

 男性客ばかりで、数人が僕の方を一瞥する。異様な緊張感の中どうしたらいいか分からず辺りを見回していると、唐突に肩を叩かれて身体がびくっと反応する。

「百点じゃねえからって来ねえかと思ったぜ」

 振り返って、目の前に立っていた男性を見て驚く。ダークグレーの襟ぐりの広いVネックのTシャツに、タイトなダメージジーンズ、手首にはレザーブレスレットを五重に巻いている。
 どう良く見ようとしても遊び人風の格好だが、間違いなく観月先生だった。

「せん――」
「馬鹿、ここではしゅうって呼べ」

 先生に口を塞がれてそのまま店の外に出る。

 高校生が居ていい場所ではないことは明白で、僕も自宅を出る時できるだけ大学生に見えるような恰好――紺色のシャツチェスター、ロング丈の重ね着風Tシャツ、黒のスキニーパンツ――を選んできた。

 しかし今まで「先生」としか呼んだことが無い人を急に名前で呼ぶという機転を利かせることはできなかった。

「ついてこい」

 言われるまま、僕は先生の斜め後ろをついていく。店の脇にある怪しげな細い道を抜けると、正面にピンク色の電飾で「HOTEL」と書かれ、建物全体がライトアップされた目立つ建物――あまり綺麗そうに見えない――が聳え立っていた。

「早く来いよ」

 一瞬気後れしたが、先生の少し苛立った表情に、慌てて後について建物に入っていく。

 外観から想像していたホテルは薄暗いイメージだったが、改装したばかりなのか、モノトーンでシンプルなデザインの雰囲気の良いロビーで、少し緊張が解れる。

 ロビーにはホテルの客室が表示されたパネルがあって、先生はその中から適当に空いている「305号室」を選ぶと、奥にあるエレベーターに向かう。受付をしなくてもいいのだろうかと思いながら、ちょうど降りてきていたエレベーターに一緒に乗り込んだ。

 三階で止まって扉が開く。フロアの一番奥にあった部屋のドアを開けて、「オートロックだから」と言って僕を先に入らせた。
 部屋の中はシックな、ロビーのように床、壁、ベッドがモノトーンで揃えられた小綺麗な内装だった。

「なに入り口でぼーっとしてんだよ。さっさとシャワー浴びるぞ。一時間コースの予定なんだからな」
「は、はい……すみません」

 「一時間コース」の意味がよく分からないが、恐らく観月先生は早くここを出たいと思っているのだろう。

 というか、ここはラブホテルであり、僕は先生とこれからセックスするのだ。何度も夢に見た状況が、これから――と思うと顔が一気に熱くなった。

 靴を脱ぎ使い捨てのスリッパに履き替えて、テーブルに荷物を置いて、上着をハンガーにかけてからシャワールームに向かった。シャワールームの前で先生がすぐに上を脱ぎ出したので、僕は混乱して先生の腕を掴んだ。

「あのっ、僕も脱ぐんですか……?」
「は? 当たり前だろ。一緒に入った方が早えし」

 先生と一緒に風呂に入るというのが衝撃的で固まっていると、先生は面倒臭そうに頭を掻いた後、僕の正面に立って真っ直ぐに見た。

「お前でけえんだから屈めよ、少しくらい」
「ごめんなさ――」

 少し前屈みになった瞬間、先生は僕の後ろ頭に手を回すと、乱暴に引き寄せられ、唇が重なった。半開きになっていた口に先生の舌が入ってくる。

 僕は先生の肩を掴んで、僕の舌を絡み取る先生の熱い舌の感触に身体が次第に熱くなっていった。
 先生の手が僕のシャツをゆっくりと捲り上げて、腰から胸を撫でるように触れる。

「んっ……」

 くすぐったいような心地いいような感覚の後、先生の指が僕の胸の中心を撫でると、びくんと身体が震えた。先生に導かれるままTシャツを脱ぎ捨てる。

「こういうのが好かったんだろ」

 恍惚として「はい」と小さく呟くと、先生は僕を嘲るように笑って自分のズボンのホックを外し、チャックを下した。黒のボクサーパンツが覗いて、思わず喉が上下する。
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