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第六話 嵐の後
第六話 嵐の後11
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「いや、俺がリュウと居る。お前は身体を休めろ」
「しかし、それだと身動き取れねえでしょう。藤本さんも本部長も話したがってるはずです」
賢太の言うことはもっともだった。伊玖磨や叔父貴のことを下の者に任せてこのままにしておくわけにもいかない。両者とも流星のことがあるから俺からの連絡を待っているが、本来であれば明日中にも幹部会を開き、郁次、伊玖磨父子の処遇について話し合う必要がある。
纐纈君が父親に呼ばれたということは、九条会の方でも何らかの動きがあることも予想される。そのことについても方針を決めておかなければ、友好関係にひびが入り、最悪抗争に発展しかねない。
ただ、俺が流星の側を離れたくないだけだった。流星と離れていたことで危険な目に遭わせてしまったという後悔と、それ故に目の届く所に置いておかなければ不安だという個人的な感情による我儘でしかなかった。
「兄ちゃん、もしかして賢太?」
流星がベッドから起き上がるとソファに戻ってきて、俺のスマホに顔を近付ける。
「賢太、大丈夫か?」
「大丈夫かって、お前がな。声だけだと元気そうだけど」
「ああ、全然平気。兄ちゃんが病院連れてってくれたし、貰った薬が効いてていい感じ」
俺や賢太を安心させようと無理をしているのは明らかだった。
「だから大丈夫。良くなるまで寝とくだけだし、兄ちゃんも仕事しなきゃだろ」
「賢太の手料理も恋しいしな!」とおどけてみせると、賢太が電話口で笑う。
「……悪い。明日一日家を空ける。留守を頼む」
「はい、流星のことは俺に任せてください」
明日の午前中に賢太に来てもらうことになり、電話を切った。
「お前の体調が良くない時に……すまねえ」
「大丈夫だって。賢太相手なら気ぃ遣わねーし」
「俺にも気を遣うな。無理して明るく振舞わなくていい。苦しかったら、苦しいって言っていいんだ」
頭を撫で真っ直ぐに見詰める。流星の虹彩が涙で揺れ、静かに一筋頬を伝った。
「……怖、かった……頭可笑しくなるんじゃないかって……今も、怖い……」
俺は想像できていなかった。突然暴行、拉致、拘束、監禁されて、挙句薬物を打たれた、流星の精神状態を。身体の不調や外傷以上に、心がぼろぼろになっていることを。
気付いた時には流星を抱き寄せていた。林田の言うように流星のあの時の豪胆な様も真実だろう。しかし、その裏で流星が誰にも見せず独りで葛藤していたのも真実だ。
流星は俺の背にしがみつくようにして、胸に顔を埋めて嗚咽を漏らした。
幼い頃はよく泣いていたが、もう十年以上は流星が泣いているところを見たことがなかった。独りで心細い時もあったろう。俺に心配を掛けまいとずっと気丈に振舞っていたのだ。
普通の成人男性よりも大きいはずの流星の身体が、か細く思えるほど小さくなって震えていた。
「リュウ、首に腕回せるか?」
少し落ち着いたのを感じて声を掛けると、流星が俺の首に腕を絡ませる。俺は流星の脚の裏に腕を回し、そのまま抱え上げた。
「あっ、ちょ、待って!」
「横になった方がいい。疲れてるだろ」
慌てる流星をベッドまで運んで横たえる。そしてその隣に、俺も横になった。
「お前が寝るまで添い寝してやるから、安心しろ」
流星は顔を赤くして、「うん」と小さく頷く。恥ずかしそうな流星の涙で濡れた頬を指で拭い、張り付いた髪を掻き上げる。と、露わになった丸い額を見て、ふいに口付けた。
「昔、寝る時にしたことがあったろ」
目を丸くする流星に、誤魔化すように言うと、
「あの時は……口だったよ」
と俺を期待するような目で見詰めた。
流星は、あの日のことを覚えていたのか。子供が覚えたての「結婚」という言葉の正確な意味を理解しないまま、結婚の誓いを強請ってきた、流星にとっては大した意味のない、時と共にすぐに忘れてしまうようなことだと思っていた。
あの些細な出来事に固執して、覚えている俺が異常なのだ、と。
「嘘だよ。おやすみ」
流星は固まっている俺を見て、ふっと笑うと俺の胸に顔を埋めて目を閉じた。
違う、俺が躊躇したのは流星とキスしたくないからじゃない。流星を抱きたくて仕方ない自分を抑えるのに必死だからだ。今にも俺の目の前で無防備に身を預ける流星の服の中に手を差し入れて、無理矢理身体を開かせてしまいそうだった。
そうして流星が眠るまで悶々としながら耐えるしかなかった。
流星が眠った後、杉内さん藤本さんに連絡を取り、明日昼過ぎに辻倉の本家に集まり、今回の件について話すこととなった。
その後、二時間後に目を覚ました流星はトイレに入ってしばらく出てこなかった。気持ち悪くなって戻してしまったらしい。
吐き気止めと胃腸薬、そしてやはり長時間寝られない様子だから、睡眠薬を飲ませて寝かせた。一日程度では副作用は収まらなかったということだろう。
流石に衰弱している流星に再び欲情するようなことはなかったが、昨日のように添い寝したままでは眠れそうにない。
流星が熟睡しているのを確認してから、たまに気が立って眠れない時に飲んでいる自分用の睡眠薬を服用してソファに横になった。
「しかし、それだと身動き取れねえでしょう。藤本さんも本部長も話したがってるはずです」
賢太の言うことはもっともだった。伊玖磨や叔父貴のことを下の者に任せてこのままにしておくわけにもいかない。両者とも流星のことがあるから俺からの連絡を待っているが、本来であれば明日中にも幹部会を開き、郁次、伊玖磨父子の処遇について話し合う必要がある。
纐纈君が父親に呼ばれたということは、九条会の方でも何らかの動きがあることも予想される。そのことについても方針を決めておかなければ、友好関係にひびが入り、最悪抗争に発展しかねない。
ただ、俺が流星の側を離れたくないだけだった。流星と離れていたことで危険な目に遭わせてしまったという後悔と、それ故に目の届く所に置いておかなければ不安だという個人的な感情による我儘でしかなかった。
「兄ちゃん、もしかして賢太?」
流星がベッドから起き上がるとソファに戻ってきて、俺のスマホに顔を近付ける。
「賢太、大丈夫か?」
「大丈夫かって、お前がな。声だけだと元気そうだけど」
「ああ、全然平気。兄ちゃんが病院連れてってくれたし、貰った薬が効いてていい感じ」
俺や賢太を安心させようと無理をしているのは明らかだった。
「だから大丈夫。良くなるまで寝とくだけだし、兄ちゃんも仕事しなきゃだろ」
「賢太の手料理も恋しいしな!」とおどけてみせると、賢太が電話口で笑う。
「……悪い。明日一日家を空ける。留守を頼む」
「はい、流星のことは俺に任せてください」
明日の午前中に賢太に来てもらうことになり、電話を切った。
「お前の体調が良くない時に……すまねえ」
「大丈夫だって。賢太相手なら気ぃ遣わねーし」
「俺にも気を遣うな。無理して明るく振舞わなくていい。苦しかったら、苦しいって言っていいんだ」
頭を撫で真っ直ぐに見詰める。流星の虹彩が涙で揺れ、静かに一筋頬を伝った。
「……怖、かった……頭可笑しくなるんじゃないかって……今も、怖い……」
俺は想像できていなかった。突然暴行、拉致、拘束、監禁されて、挙句薬物を打たれた、流星の精神状態を。身体の不調や外傷以上に、心がぼろぼろになっていることを。
気付いた時には流星を抱き寄せていた。林田の言うように流星のあの時の豪胆な様も真実だろう。しかし、その裏で流星が誰にも見せず独りで葛藤していたのも真実だ。
流星は俺の背にしがみつくようにして、胸に顔を埋めて嗚咽を漏らした。
幼い頃はよく泣いていたが、もう十年以上は流星が泣いているところを見たことがなかった。独りで心細い時もあったろう。俺に心配を掛けまいとずっと気丈に振舞っていたのだ。
普通の成人男性よりも大きいはずの流星の身体が、か細く思えるほど小さくなって震えていた。
「リュウ、首に腕回せるか?」
少し落ち着いたのを感じて声を掛けると、流星が俺の首に腕を絡ませる。俺は流星の脚の裏に腕を回し、そのまま抱え上げた。
「あっ、ちょ、待って!」
「横になった方がいい。疲れてるだろ」
慌てる流星をベッドまで運んで横たえる。そしてその隣に、俺も横になった。
「お前が寝るまで添い寝してやるから、安心しろ」
流星は顔を赤くして、「うん」と小さく頷く。恥ずかしそうな流星の涙で濡れた頬を指で拭い、張り付いた髪を掻き上げる。と、露わになった丸い額を見て、ふいに口付けた。
「昔、寝る時にしたことがあったろ」
目を丸くする流星に、誤魔化すように言うと、
「あの時は……口だったよ」
と俺を期待するような目で見詰めた。
流星は、あの日のことを覚えていたのか。子供が覚えたての「結婚」という言葉の正確な意味を理解しないまま、結婚の誓いを強請ってきた、流星にとっては大した意味のない、時と共にすぐに忘れてしまうようなことだと思っていた。
あの些細な出来事に固執して、覚えている俺が異常なのだ、と。
「嘘だよ。おやすみ」
流星は固まっている俺を見て、ふっと笑うと俺の胸に顔を埋めて目を閉じた。
違う、俺が躊躇したのは流星とキスしたくないからじゃない。流星を抱きたくて仕方ない自分を抑えるのに必死だからだ。今にも俺の目の前で無防備に身を預ける流星の服の中に手を差し入れて、無理矢理身体を開かせてしまいそうだった。
そうして流星が眠るまで悶々としながら耐えるしかなかった。
流星が眠った後、杉内さん藤本さんに連絡を取り、明日昼過ぎに辻倉の本家に集まり、今回の件について話すこととなった。
その後、二時間後に目を覚ました流星はトイレに入ってしばらく出てこなかった。気持ち悪くなって戻してしまったらしい。
吐き気止めと胃腸薬、そしてやはり長時間寝られない様子だから、睡眠薬を飲ませて寝かせた。一日程度では副作用は収まらなかったということだろう。
流石に衰弱している流星に再び欲情するようなことはなかったが、昨日のように添い寝したままでは眠れそうにない。
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