流れる星は海に還る

藤間留彦

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第六話 嵐の後

第六話 嵐の後⑦

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 側頭部の裂傷については、骨や脳に異常はなかったものの、三針縫った。傷口は塞がっていたものの、再び開くことを憂慮してのことだ。大判の絆創膏で保護し、処置は終わった。

「頭、三階だそうです。姐さんも一緒です」

 流星が診察を受けている間に林田に親父のことを母さんに連絡をとって聞いてもらっていた。診察室を出てエレベーターに乗り、三階で降りる。廊下を林田が案内し先を歩く。三階ということは親父はICUから出たのだろう。

「失礼します。姐さん、頭と流星さんをお連れしました」

 そう言うと林田は部屋から出て行った。広い個室に親父が寝かされ、母さんと部屋住みの洸祐が傍にいた。洸祐も空気を読んで部屋を足早に出て行く。

「今朝ICUから出て個室に移されたのよ。意識はまだ戻らないけど、状態は安定してるって」

 母さんはベッド脇の棚の上にピンクとオレンジの花のハーバリウムを飾っていた。

「流星さん」

 俺の後ろに隠れるように立っていた流星を見て、母さんが目配せする。流星はベッドに近付き、ベッドサイドモニターと点滴の管が腕に繋がれている親父を見下ろした。随分白髪が増えたなと思う。入院してから痩せたのもあるだろうが、小さく見えた。

「……父ちゃん」

 流星は片膝をついてベッドの側にしゃがむと、震える手で親父の手を握った。何も言わずただじっと親父を見詰める。その時間はまるで祈るようだった。

「引き取っておいて、一海に任せっきりにして悪かったわね。この人がどうしてもうちに入れたくないって、極道にしたくないって言うものだから」

「いや、それは全然いいんだけど……ただ、兄ちゃんだけに背負わせたのは何でなのかなって。兄ちゃんにだって、極道にならないで済む方法があったかもしれないのに」

 流星の言葉に驚く。俺がヤクザにならない道など初めから無かった――いや、そう思い込んで生きて生きた。
 驚いたのは俺だけじゃなかったようで、母さんは何度か瞬きをすると、「そうね」とふっと笑った。

「目を覚ましたら聞いてみなさいな」
「うん、そうする」

 力強く親父の手を握った後、さっと離し立ち上がった。もう震えてはいない。流星の眼には強い意志が宿っているように見えた。

「またすぐ会いに来るな。母ちゃんもあんま寝てなさそうだけど、根詰めんなよ」

 流星はそう言って病室を出て行った。くすと母さんが笑う。

「母ちゃん、だって。不思議な子ね」
「いい子でしょう」
「ええ、あんたが熱を上げるのもわかるわ」

 母さんの言種に思わず目を丸くする。と、「私そういうのに聡いのよ」と少し寂しそうな表情で親父を見詰めた。

 流星が愛人との子であること、親父との間に子がないことを思えば、親父に女として必要とされなかったことは容易に想像がつく。そのことを思っているのだろうか。
 いや、母さんの方も親父をそういう意味で必要としていたとは思ったことがなかった。寧ろ二人は「旭海舟」という男の遺志を継ぐために繋がった、夫婦というよりは戦友のようだったからだ。

 病室を出ると、流星が背を向けて目の辺りを擦っているのが見えた。

「リュウ」
「あ、ごめん、行こ!」
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