流れる星は海に還る

藤間留彦

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第六話 嵐の後

第六話 嵐の後④

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 「鈍い」「馬鹿」、流星にそんな風に言われたのは初めてで面食らう。昨日もそうだったが、流星の話し方が少々乱暴になっていやしないか? 
 いや、どちらかといえば、乱暴な話し方の方が自然に聞こえるような気もするが。

「……それで、お前を抱く想像をした。正直興奮した自分に驚いてる」

 流星が「え」と声を上げた後言葉を失う。そして、俺を見詰めたまま固まった。

「今までリュウをそんな風に見たことはなかったからだ」

 ――いや、本当にそうか?

 自問自答する頭の中で思い浮かんだのは、流星が保育園の頃に俺に「兄ちゃんと結婚できないの?」と言って泣いて帰ってきたことがあった。俺は「大きくなったらな」と宥めたように思うが、その日の夜、寝る前に「俺と結婚するって、約束のチュウして」とせがまれた。俺は流星に目を瞑らせて、キスした。妙な緊張感と背徳感があった。

 俺は同性同士で結婚できないことを伝えず、約束までしてしまったことに対する罪悪感のせいだと、今の今まで思っていた。
 しかし、俺は「弟」としてではない流星を意識してしまったこと、そしてそんな意識を持って唇を重ねてしまったことを、「いけないこと」として俺の内に隠した。流星が「兄」の俺を慕ってくれているのに、許されるわけがない。

 そんな不都合な感情に蓋をしたことも忘れ、流星の前では「理想的な兄」を演じてきた。しかし流星が成長するにつれ、少しずつ距離を離していった。忙しさと立場上、頻繁に出入りすると存在が明るみに出ることを恐れてのことだった。

 ――が、今思えばそれだけではなかったろう。無意識に流星に対する感情から逃げようとしていた。
 賢太が噂話として冗談で「イロ」と言ったが、噂を流している奴に呆れただけで、「イロ」と言われたことには反感を抱かなかった。俺にとって、ずっと流星は「イロ」だったのだ。

「……いや、俺はずっと目を逸らし続けてたのかもしれねえ」

 俺は流星の上気した頬に手を伸ばした。瞬間、玄関の方から「頭、失礼しますっ」という聞き慣れた男の声がしたので、さっと手を引いた。

「あっすんません! 風呂入ってたんすね! 病院そろそろ開く時間なんで、桜庭に車回させてるんすけど、大丈夫そうっすか?」

 コンビニに行ってきたのか、ビニール袋を下げた林田だった。間が悪い上に、流星の裸を見たことに苛立ちを覚えた俺は、林田を脱衣所から押し出した。

「それはなんだ?」
「一応水と、何か食べられそうだったらと思っておにぎりとパン買ってきました。あと兄貴には煙草とライターも」

 そう言ってテーブルの上に買ってきたものを出していく。食事は吐いたばかりなので、病院に行ってからの方がいいだろう。ただ水だけは飲ませなければ、脱水状態で倒れてしまう。

 ソファに座り、煙草と使い捨てのライターをスーツの胸ポケットに入れる。ミネラルウォーターを一本手に取り口に含んだ。

「俺出て行っても大丈夫な感じ?」
「ああ、悪い」

 服を着替えた流星がリビングに入ってくる。袖や裾が長かったのか捲り上げている。俺の隣に少し間を空けて座った。

「お初にお目に掛かります! 頭の下で働かせてもらってます、林田と言います! よろしくお願いしますっ!」
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