34 / 50
第六話 嵐の後
第六話 嵐の後④
しおりを挟む
「鈍い」「馬鹿」、流星にそんな風に言われたのは初めてで面食らう。昨日もそうだったが、流星の話し方が少々乱暴になっていやしないか?
いや、どちらかといえば、乱暴な話し方の方が自然に聞こえるような気もするが。
「……それで、お前を抱く想像をした。正直興奮した自分に驚いてる」
流星が「え」と声を上げた後言葉を失う。そして、俺を見詰めたまま固まった。
「今までリュウをそんな風に見たことはなかったからだ」
――いや、本当にそうか?
自問自答する頭の中で思い浮かんだのは、流星が保育園の頃に俺に「兄ちゃんと結婚できないの?」と言って泣いて帰ってきたことがあった。俺は「大きくなったらな」と宥めたように思うが、その日の夜、寝る前に「俺と結婚するって、約束のチュウして」とせがまれた。俺は流星に目を瞑らせて、キスした。妙な緊張感と背徳感があった。
俺は同性同士で結婚できないことを伝えず、約束までしてしまったことに対する罪悪感のせいだと、今の今まで思っていた。
しかし、俺は「弟」としてではない流星を意識してしまったこと、そしてそんな意識を持って唇を重ねてしまったことを、「いけないこと」として俺の内に隠した。流星が「兄」の俺を慕ってくれているのに、許されるわけがない。
そんな不都合な感情に蓋をしたことも忘れ、流星の前では「理想的な兄」を演じてきた。しかし流星が成長するにつれ、少しずつ距離を離していった。忙しさと立場上、頻繁に出入りすると存在が明るみに出ることを恐れてのことだった。
――が、今思えばそれだけではなかったろう。無意識に流星に対する感情から逃げようとしていた。
賢太が噂話として冗談で「イロ」と言ったが、噂を流している奴に呆れただけで、「イロ」と言われたことには反感を抱かなかった。俺にとって、ずっと流星は「イロ」だったのだ。
「……いや、俺はずっと目を逸らし続けてたのかもしれねえ」
俺は流星の上気した頬に手を伸ばした。瞬間、玄関の方から「頭、失礼しますっ」という聞き慣れた男の声がしたので、さっと手を引いた。
「あっすんません! 風呂入ってたんすね! 病院そろそろ開く時間なんで、桜庭に車回させてるんすけど、大丈夫そうっすか?」
コンビニに行ってきたのか、ビニール袋を下げた林田だった。間が悪い上に、流星の裸を見たことに苛立ちを覚えた俺は、林田を脱衣所から押し出した。
「それはなんだ?」
「一応水と、何か食べられそうだったらと思っておにぎりとパン買ってきました。あと兄貴には煙草とライターも」
そう言ってテーブルの上に買ってきたものを出していく。食事は吐いたばかりなので、病院に行ってからの方がいいだろう。ただ水だけは飲ませなければ、脱水状態で倒れてしまう。
ソファに座り、煙草と使い捨てのライターをスーツの胸ポケットに入れる。ミネラルウォーターを一本手に取り口に含んだ。
「俺出て行っても大丈夫な感じ?」
「ああ、悪い」
服を着替えた流星がリビングに入ってくる。袖や裾が長かったのか捲り上げている。俺の隣に少し間を空けて座った。
「お初にお目に掛かります! 頭の下で働かせてもらってます、林田と言います! よろしくお願いしますっ!」
いや、どちらかといえば、乱暴な話し方の方が自然に聞こえるような気もするが。
「……それで、お前を抱く想像をした。正直興奮した自分に驚いてる」
流星が「え」と声を上げた後言葉を失う。そして、俺を見詰めたまま固まった。
「今までリュウをそんな風に見たことはなかったからだ」
――いや、本当にそうか?
自問自答する頭の中で思い浮かんだのは、流星が保育園の頃に俺に「兄ちゃんと結婚できないの?」と言って泣いて帰ってきたことがあった。俺は「大きくなったらな」と宥めたように思うが、その日の夜、寝る前に「俺と結婚するって、約束のチュウして」とせがまれた。俺は流星に目を瞑らせて、キスした。妙な緊張感と背徳感があった。
俺は同性同士で結婚できないことを伝えず、約束までしてしまったことに対する罪悪感のせいだと、今の今まで思っていた。
しかし、俺は「弟」としてではない流星を意識してしまったこと、そしてそんな意識を持って唇を重ねてしまったことを、「いけないこと」として俺の内に隠した。流星が「兄」の俺を慕ってくれているのに、許されるわけがない。
そんな不都合な感情に蓋をしたことも忘れ、流星の前では「理想的な兄」を演じてきた。しかし流星が成長するにつれ、少しずつ距離を離していった。忙しさと立場上、頻繁に出入りすると存在が明るみに出ることを恐れてのことだった。
――が、今思えばそれだけではなかったろう。無意識に流星に対する感情から逃げようとしていた。
賢太が噂話として冗談で「イロ」と言ったが、噂を流している奴に呆れただけで、「イロ」と言われたことには反感を抱かなかった。俺にとって、ずっと流星は「イロ」だったのだ。
「……いや、俺はずっと目を逸らし続けてたのかもしれねえ」
俺は流星の上気した頬に手を伸ばした。瞬間、玄関の方から「頭、失礼しますっ」という聞き慣れた男の声がしたので、さっと手を引いた。
「あっすんません! 風呂入ってたんすね! 病院そろそろ開く時間なんで、桜庭に車回させてるんすけど、大丈夫そうっすか?」
コンビニに行ってきたのか、ビニール袋を下げた林田だった。間が悪い上に、流星の裸を見たことに苛立ちを覚えた俺は、林田を脱衣所から押し出した。
「それはなんだ?」
「一応水と、何か食べられそうだったらと思っておにぎりとパン買ってきました。あと兄貴には煙草とライターも」
そう言ってテーブルの上に買ってきたものを出していく。食事は吐いたばかりなので、病院に行ってからの方がいいだろう。ただ水だけは飲ませなければ、脱水状態で倒れてしまう。
ソファに座り、煙草と使い捨てのライターをスーツの胸ポケットに入れる。ミネラルウォーターを一本手に取り口に含んだ。
「俺出て行っても大丈夫な感じ?」
「ああ、悪い」
服を着替えた流星がリビングに入ってくる。袖や裾が長かったのか捲り上げている。俺の隣に少し間を空けて座った。
「お初にお目に掛かります! 頭の下で働かせてもらってます、林田と言います! よろしくお願いしますっ!」
21
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説

目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
Take On Me 2
マン太
BL
大和と岳。二人の新たな生活が始まった三月末。新たな出会いもあり、色々ありながらも、賑やかな日々が過ぎていく。
そんな岳の元に、一本の電話が。それは、昔世話になったヤクザの古山からの呼び出しの電話だった。
岳は仕方なく会うことにするが…。
※絡みの表現は控え目です。
※「エブリスタ」、「小説家になろう」にも投稿しています。

組長と俺の話
性癖詰め込みおばけ
BL
その名の通り、組長と主人公の話
え、主人公のキャラ変が激しい?誤字がある?
( ᵒ̴̶̷᷄꒳ᵒ̴̶̷᷅ )それはホントにごめんなさい
1日1話かけたらいいな〜(他人事)
面白かったら、是非コメントをお願いします!

お隣さんはヤのつくご職業
古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。
残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。
元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。
……え、ちゃんとしたもん食え?
ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!!
ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ
建築基準法と物理法則なんて知りません
登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。
2020/5/26 完結

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない
絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

虚弱なヤクザの駆け込み寺
菅井群青
恋愛
突然ドアが開いたとおもったらヤクザが抱えられてやってきた。
「今すぐ立てるようにしろ、さもなければ──」
「脅してる場合ですか?」
ギックリ腰ばかりを繰り返すヤクザの組長と、治療の相性が良かったために気に入られ、ヤクザ御用達の鍼灸院と化してしまった院に軟禁されてしまった女の話。
※なろう、カクヨムでも投稿

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる