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第二話 狼煙
第二話 狼煙①
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病院には藤本さんとその付き人、組長付きの若衆、そしてお袋と部屋住みの若いのが一人、既に駆けつけていた。手術室のドアの上の赤いランプが点灯している。
「一海っ……」
手術室のある廊下の椅子に座っていたお袋に駆け寄り、震える肩を擦った。これほど狼狽えている姿を見るのは、三十三年前以来だ。
「何があったんですか」
「……夜中に苦しんでいるあの人の声に気付いて目が覚めたんだ。胸を押さえてた……すぐに救急車を呼んだけど、救急車の中で意識を失って……」
それ以上は言葉にできず、両手で顔を覆う。
それから二時間ほど経った、窓の外が明るくなってきた頃、「手術中」のランプが消え、部屋からストレッチャーに載せられた親父が看護師数人に付き添われて出てきた。
「あなた!」
お袋と共に駆け寄ると、酸素マスクを付けられ、腕に管が繋がれたままの親父が横たわっていた。
「このままICUに入ります。面会希望のご家族の方、担当医から説明もありますのでこちらに」
そう看護師に促され、俺とお袋の二人でICUに入った。ガウンを着用し、手指を消毒して部屋に案内される。
親父の繋がれている管の先にあったモニターを見ると、親父の心拍数があるのが分かって少しだけ安堵した。
しかし、無情にも医者は親父がこのまま目を覚まさないことも有り得るという説明をした。心筋梗塞による急性心不全だという。そして現状最悪の事態は回避したものの、意識を取り戻しても重症のため、一年以内の死亡率が高いことも説明された。
お袋は親父の手を指先が温かくなるまでもう少し握っていたいと言うので、一人でICUを出た。俺は藤本さんを呼び、外の喫煙所まで連れ出して親父の容体について話した。
「そうか」
藤本さんは煙草に火を点け、深く煙を吸った。そして火を持っていなかった俺にライターを手渡す。煙草を咥え、朝焼けの空に煙を燻らせた。
黒のレザーのロングコートに上下ジャージというラフな格好だった。昔はもう少し大きく見えたが、六十を目前に控えているせいか、俺が成長したせいか、随分と小さく見えた。フェードカットに口と顎に髭を蓄えている姿は、昔から変わらないが。
「三十三年前の二の舞には絶対にしねえ」
しばらくの沈黙の後、藤本さんは噛み締めるようにそう呟いた。
「旭さんの遺志と組のために、お前を跡目にする。そのために俺は今から動くぞ」
「……俺が跡目になれるんですか?」
藤本さんが煙草の火を消し、襟を立てる。そして俺を真っ直ぐに見詰めて、腕をぽんと叩いた。
「お前が若頭なんだ。当たり前だろう」
そう言って付き人を呼びつけ、病院を後にした。俺はICUの前に置き去りにしてきた親父の用心棒に、予断は許さない状況だが今日は帰っていいと伝えた。部屋住みには、お袋の様子を見ておいて欲しいと頼んだ。
「兄貴が倒れたって本当か!」
と、静かな病院に大声を響かせて廊下を歩いてきた恰幅のいい中年の男を目にして、思わず眉根を寄せた。
「……叔父貴」
「今どこなんだ! カズ案内しろ!」
「一海っ……」
手術室のある廊下の椅子に座っていたお袋に駆け寄り、震える肩を擦った。これほど狼狽えている姿を見るのは、三十三年前以来だ。
「何があったんですか」
「……夜中に苦しんでいるあの人の声に気付いて目が覚めたんだ。胸を押さえてた……すぐに救急車を呼んだけど、救急車の中で意識を失って……」
それ以上は言葉にできず、両手で顔を覆う。
それから二時間ほど経った、窓の外が明るくなってきた頃、「手術中」のランプが消え、部屋からストレッチャーに載せられた親父が看護師数人に付き添われて出てきた。
「あなた!」
お袋と共に駆け寄ると、酸素マスクを付けられ、腕に管が繋がれたままの親父が横たわっていた。
「このままICUに入ります。面会希望のご家族の方、担当医から説明もありますのでこちらに」
そう看護師に促され、俺とお袋の二人でICUに入った。ガウンを着用し、手指を消毒して部屋に案内される。
親父の繋がれている管の先にあったモニターを見ると、親父の心拍数があるのが分かって少しだけ安堵した。
しかし、無情にも医者は親父がこのまま目を覚まさないことも有り得るという説明をした。心筋梗塞による急性心不全だという。そして現状最悪の事態は回避したものの、意識を取り戻しても重症のため、一年以内の死亡率が高いことも説明された。
お袋は親父の手を指先が温かくなるまでもう少し握っていたいと言うので、一人でICUを出た。俺は藤本さんを呼び、外の喫煙所まで連れ出して親父の容体について話した。
「そうか」
藤本さんは煙草に火を点け、深く煙を吸った。そして火を持っていなかった俺にライターを手渡す。煙草を咥え、朝焼けの空に煙を燻らせた。
黒のレザーのロングコートに上下ジャージというラフな格好だった。昔はもう少し大きく見えたが、六十を目前に控えているせいか、俺が成長したせいか、随分と小さく見えた。フェードカットに口と顎に髭を蓄えている姿は、昔から変わらないが。
「三十三年前の二の舞には絶対にしねえ」
しばらくの沈黙の後、藤本さんは噛み締めるようにそう呟いた。
「旭さんの遺志と組のために、お前を跡目にする。そのために俺は今から動くぞ」
「……俺が跡目になれるんですか?」
藤本さんが煙草の火を消し、襟を立てる。そして俺を真っ直ぐに見詰めて、腕をぽんと叩いた。
「お前が若頭なんだ。当たり前だろう」
そう言って付き人を呼びつけ、病院を後にした。俺はICUの前に置き去りにしてきた親父の用心棒に、予断は許さない状況だが今日は帰っていいと伝えた。部屋住みには、お袋の様子を見ておいて欲しいと頼んだ。
「兄貴が倒れたって本当か!」
と、静かな病院に大声を響かせて廊下を歩いてきた恰幅のいい中年の男を目にして、思わず眉根を寄せた。
「……叔父貴」
「今どこなんだ! カズ案内しろ!」
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