新しい日を、君と

藤間留彦

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第四話 嘘から始まる約束②

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 酒を飲む機会があまり無かったと見え、恐らく二十前後だろう。

「ウィスキーだが」
「じゃあ、同じのもらえますか」

 バーのマスターに注文し代金を払った後、くるっと私の方を見て満面の笑みを浮かべる。

「実は、俺今日誕生日なんです。二十歳の」
「……そうか。おめでとう。なら、こういうバーに来るのは今日が初めて?」
「そうなんです! だからさっき声掛けるの結構緊張しました」

 照れたように笑う安理を見ながら、眼鏡を持ち上げて、彼が嘘をついているのではと疑いの目を向けた。

「どうして私に声を掛けたんだ?」
「タイプだったからですよ。第一印象って大事ですよね」

 微笑み掛ける安理にようやく同意できる事柄だった。
 そう、第一印象は大切だ。彼の第一印象が、私にとっては最悪だと言うだけで。

 まず、夜間に照明の明るさを抑えたバーに来るのにサングラスを掛けてくるなど、秘密主義者の典型だ。そして丸型の眼鏡を選ぶのは個性的な人間かそう見られたい人間。縁無しの眼鏡は気弱、アクセサリーを多く身につけるのは自己顕示欲が強い、もしくは反対に自分に自信のない人間と言える。男性の長髪はナルシストか個性的に見られたい心理から、だ。

 要するに誠実で真面目な人間なら、少なくともサングラスは四角でメタルフレームであるはずだ。
 ──ちなみに私の眼鏡はこのタイプなのだが、心理学者になる前の高校時代からそうだったと付け加えておきたい。

「私は君よりかなり年上だが、同年代が多い店には行こうと思わなかったのか?」
「俺、昔から年上の人が好きなんです。同い年くらいだと恋愛感情が湧かないんですよね。友達みたいに思っちゃって」

 安理は手元に来たウィスキーのグラスを傾け、少しだけ口をつけた。初めて飲んだのだろうか。また少しだけ飲んで、私に向き直る。

「伊涼さんは付き合っている人とか居ますか? 俺はもちろん居ないですけど」

 まだ少し話したばかりなのに、そういう話をするのか。タイプだとか言っていたが、要するに遊ぶにはちょうどいい相手だと思ったということだろう。

 服装や仕草や、話し方を意識して「堅実な人間」を強調するようにしているのに、昔から軽い付き合いをされがちなのは何故だろうか。

 ──お前友達少ないから、誘ったらいつでもOKじゃん? 楽でいいんだよな。

 高校時代、初めて肉体関係を持った友人にそう言われたことを思い出す。自分の暇な時に相手をしてくれる都合の良い人間──真面目で堅い人間は交友関係も狭い。深く付き合うと面倒だが、セフレにするにはちょうどいいというわけか。

「恋人とは別れて久しいが……それで?」
「俺と付き合ってください。伊涼さんが良ければ、ですが」

 サングラス越しでは彼の真意を推し量ることは容易いことではない。「目は口ほどに物を言う」とはその通りで、目線一つで言葉の真偽が解るものなのだ。

 だから隠された真実を暴くのに、私は彼の第一印象の分析結果と彼の仕草、選び取られた言葉から判断する他ない。

つまり答えは「ノー」だ。

「私も年下は嫌いじゃない。しかし君は年上が好きだと言ったが、どれくらい年上が好きなんだ?」
「えっと……十歳以上かなあ」

 私はグラスに残ったウィスキーを飲み干し、立ち上がった。

「残念ながら私は二十九だ。君のタイプじゃなかったな」

 無論嘘だ。四つもサバを読んでしまったが、まあ初対面では気付かれまい。

 店のドアを開けて外に出る。夜も深まると随分と冷えるようになった。秋の終わりを感じさせる。

「誕生日! いつですか?」

 唐突に背後から声がして振り返る。平均身長はあるはずの私より頭ひとつ大きい青年が立っていて、思わず一歩後退った。

「四月十二日、だ」
「……半年後」

 急に何故誕生日を聞かれたのか分からなかった。つい反射的に、正直に答えてしまった。

「次に伊涼さんの誕生日が来たら、俺と伊涼さんは十歳差になりますね」

 しまった、と思った。サバを読むならもう少し下に言うべきだった。後悔しても遅い。

「俺、その日まで毎週このバーに来ます。で、伊涼さんの誕生日が来たらまた告白します。その時もし俺のことを好きになってくれてたら、付き合ってください」

 信じない。信じられるわけがない、そんな言葉。

 しかし、私はきっと彼の若く無鉄砲で真っ直ぐな言葉に気圧されてしまった。そしてもし、本当に彼がその言葉通りに実行したのなら、安理は間違いなく、私の理想の「誠実で嘘偽りのない男」と言えるだろう。

「……いいだろう。そんなことできやしないと思うが」

 安理は口許を緩ませると弾んだ声で、小さく「やった」と言った後、

「俺、約束破ったことないんで!」

 とサングラスをずらして私を見た。サングラスの向こうの瞳が爛々と輝いて見えたのは、店の前の照明のせいだろうか。
 少なくともその眼には、嘘が無かった。
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