1 / 22
第一話 ある新年の朝①
しおりを挟む
「物凄い量だな……」
新年を迎えた朝、ベッドから這い出てリビングに足を踏み入れて、開口一番発した言葉がそれだった。
ダイニングテーブルの上におよそ百枚以上ある年賀状の束が目についたからだ。昔から親しい友人以外には年賀状を書いてこなかった私には、およそ届かない量だ。
「ああっ、ごめん! それ伊涼さん宛の取ったら適当にその辺置いといて!」
キッチンから声が飛んできて、「ああ」とそちらを振り向くと、エプロン姿の安理が菜箸を持って何か盛り付けているところだった。
ほのかに出汁の良い匂いが漂ってくる。昨日から仕込んでいた雑煮だろう。
「何か手伝うか?」
「平気! 伊涼さんはゆっくり正月番組でも観てて」
手伝うか、とは言ったものの皿洗いくらいしかできないから、今は何の役にも立たない。
言われた通りダイニングテーブルの上の年賀状の束を手に、ソファに座ってテレビをつけた。観るつもりはなかったが、私がテレビをつけないと安理は一生テレビが観れない。
彼は私が騒がしいのが好きではないことから、観たいテレビ番組があっても一緒にいる時は遠慮してつけないのだ。そう気付いたのは、同居を始めて二ヶ月後のことだった。
何で遠慮するんだ、テレビが観たいなら言えばいいのにと言ったら、「伊涼さんがたくさんおしゃべりしてくれたらテレビなんか観なくても平気だよ」と笑った。
名田安理という男は、自分の意向より他者の意向を優先する、そういう男だ。だから、先程「正月番組を観る」ことを勧めたのは、彼の希望が漏れ出たもの。
結局は私がそういうサインを見逃さず、自分の許せる範囲のものならば、汲み取ってやればいい話なのだ。
「正月番組は何が面白いんだ?」
「どうだろ? 俺は漫才が好きだけど」
私は黙ってチャンネルを変えて、マイクスタンドの前で漫才師が話芸を披露している番組を映した。キッチンから安理が観ているのを横目で確認しながら。
「この人達何歳なんだろう? 俺の小さい頃からずっと観てるんだけどさあ。その時からおじいさんだったんだよね」
私が手元の年賀状を一枚ずつ確認し始めてすぐ、安理が煎茶を淹れて私の前に差し出した。白くて長い綺麗な手。男の手を綺麗だと思ったのは、彼が初めてだ。
「君が子供の頃なら十年前くらいだろう。その頃から老人だったのなら、八十前後なのでは?」
「そっかあ、めっちゃ元気だなあ。俺のじいちゃんはさあ、生まれた時にはもう居なかったから、元気なおじいさんってイメージあんまり湧かないんだけど、毎年観てるおじいさんが元気だと、何となく明るくなるね」
彼には私にはない感性がある。だから、私は「そうか」と答えるだけだ。ここで「そうだな」と言うと「絶対思ってないじゃん」と肩を肘で小突かれることになる。
他者から活力を貰えるということは、今まで一度もなかった経験だが、安理という人間が側にいるようになって解るようになった。だから、その点だけでも頷きたかったが、そうすると自滅するので正解は「そうか」以外にない。
「君のは仕事関係みたいだな」
「そう、個人的に衣装貸してもらってるショップとか仲良いスタイリストさんとか、スタッフさんとかね。事務所宛にはもっと来てると思うけど」
新年を迎えた朝、ベッドから這い出てリビングに足を踏み入れて、開口一番発した言葉がそれだった。
ダイニングテーブルの上におよそ百枚以上ある年賀状の束が目についたからだ。昔から親しい友人以外には年賀状を書いてこなかった私には、およそ届かない量だ。
「ああっ、ごめん! それ伊涼さん宛の取ったら適当にその辺置いといて!」
キッチンから声が飛んできて、「ああ」とそちらを振り向くと、エプロン姿の安理が菜箸を持って何か盛り付けているところだった。
ほのかに出汁の良い匂いが漂ってくる。昨日から仕込んでいた雑煮だろう。
「何か手伝うか?」
「平気! 伊涼さんはゆっくり正月番組でも観てて」
手伝うか、とは言ったものの皿洗いくらいしかできないから、今は何の役にも立たない。
言われた通りダイニングテーブルの上の年賀状の束を手に、ソファに座ってテレビをつけた。観るつもりはなかったが、私がテレビをつけないと安理は一生テレビが観れない。
彼は私が騒がしいのが好きではないことから、観たいテレビ番組があっても一緒にいる時は遠慮してつけないのだ。そう気付いたのは、同居を始めて二ヶ月後のことだった。
何で遠慮するんだ、テレビが観たいなら言えばいいのにと言ったら、「伊涼さんがたくさんおしゃべりしてくれたらテレビなんか観なくても平気だよ」と笑った。
名田安理という男は、自分の意向より他者の意向を優先する、そういう男だ。だから、先程「正月番組を観る」ことを勧めたのは、彼の希望が漏れ出たもの。
結局は私がそういうサインを見逃さず、自分の許せる範囲のものならば、汲み取ってやればいい話なのだ。
「正月番組は何が面白いんだ?」
「どうだろ? 俺は漫才が好きだけど」
私は黙ってチャンネルを変えて、マイクスタンドの前で漫才師が話芸を披露している番組を映した。キッチンから安理が観ているのを横目で確認しながら。
「この人達何歳なんだろう? 俺の小さい頃からずっと観てるんだけどさあ。その時からおじいさんだったんだよね」
私が手元の年賀状を一枚ずつ確認し始めてすぐ、安理が煎茶を淹れて私の前に差し出した。白くて長い綺麗な手。男の手を綺麗だと思ったのは、彼が初めてだ。
「君が子供の頃なら十年前くらいだろう。その頃から老人だったのなら、八十前後なのでは?」
「そっかあ、めっちゃ元気だなあ。俺のじいちゃんはさあ、生まれた時にはもう居なかったから、元気なおじいさんってイメージあんまり湧かないんだけど、毎年観てるおじいさんが元気だと、何となく明るくなるね」
彼には私にはない感性がある。だから、私は「そうか」と答えるだけだ。ここで「そうだな」と言うと「絶対思ってないじゃん」と肩を肘で小突かれることになる。
他者から活力を貰えるということは、今まで一度もなかった経験だが、安理という人間が側にいるようになって解るようになった。だから、その点だけでも頷きたかったが、そうすると自滅するので正解は「そうか」以外にない。
「君のは仕事関係みたいだな」
「そう、個人的に衣装貸してもらってるショップとか仲良いスタイリストさんとか、スタッフさんとかね。事務所宛にはもっと来てると思うけど」
0
お気に入りに追加
69
あなたにおすすめの小説
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。



後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる