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第一章 第一の秘密
第二話
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気持ち悪い。気を抜いたら、手首を逆の方に捻って悶絶している相手を蹴り上げ、地べたに這いつくばらせてから、全ての指を踏みつけてへし折ってしまいそうだ。が、ここで抵抗しては機械を分解することができない。
総毛立ちながらも、必死に笑顔を作って、
「お願いします」と媚びた。
「じゃあ明日の朝……仕事が終わった後、僕の家で一緒に過ごしてくれるなら考えなくもないけどぉ?」
分かりやすく鼻の下を伸ばして、口元を緩め、少し興奮気味に息を荒げて言う禿げて太った眼鏡のおっさんを前に、嘔吐しそうなのを堪える。
流石に家はまずい。おっさん一人相手なら襲われても余裕で撃退できるが、異動をちらつかされたら、かわしきれるか分からない。最初に働いた印刷工場の紙詰まりを取り除く仕事をまた一年させられたらと思うとぞっとする。だからと言って、ここで拒絶したら、二度とお目にかかれないだろう機械を分解、解析することができなくなってしまう。
逡巡していると、ふと俺は大事なことを思い出した。――明日の朝、なら。
「分かりました。そのお誘いお受けします。ので! 分解してもいいでしょうか?」
「うん、それならいいよ! 必ず戻しておいてね!」
最後に尻をひと揉みしてから去っていく工場長を笑顔で送り出し、見えなくなってから軽くえずいた。
しかしこのセクハラに耐えてでも、俺はこの機械を調べたかった。作業着の腕を捲って、ドライバーを手に取ると、ネジを順番に緩め、場所が分からなくならないように、一個ずつ丁寧に分解していく。
どこの工程で作られた電子回路なのか、部品一つ一つに付された製造番号を確認する。確認が終わればまた元通りの場所に戻す。
一番深いところの部品の確認が終わると、工具入れにいつも常備している自作の測定器兼発信器を取り付けて元通りに戻した。こうしておけば、城のどの辺りに付けられたのか追跡できるし、用途も測定値からより分かるようになる。
こんなことをして大丈夫なのかと聞かれれば、勿論発覚すれば城への背任行為、内乱罪で即刻死刑だ。
何故そんなことをするのかと問われたら、「ただの趣味」としか言いようがないのだが、俺はこの世界の全てを死ぬまでに把握したいという欲求が誰よりも強い。
その根幹には、俺が十二歳の基幹学校――初等教育を終えたβが進学する職業教育校だ――以前の記憶がないことにあるのだろう。
自分の名前が「エイク」であること以外、何も覚えていなかった。ある日突然、道端に立っていたのだ。
どうやってここに来たのか、初等教育を終えるまでどこで生活していたかも思い出せない。
しかし、生まれた時に全てのβの体内に埋め込まれる個体識別番号から照会したところ、精神に異常が見られることから城直轄の施設で生活していたことが判明した。そのため一度施設に返されたが、記憶を失ったことが要因なのか、入所後の脳波検査で正常値になっていたこともあり、俺は施設から出てこのブロックⅡの住人となった。
ブロックⅡに来て俺が初めに教えられたのは、この世界の成り立ちだった。直径二キロのドーム型のシェルターがこの世界で人間が住むことができる全てだ。
総毛立ちながらも、必死に笑顔を作って、
「お願いします」と媚びた。
「じゃあ明日の朝……仕事が終わった後、僕の家で一緒に過ごしてくれるなら考えなくもないけどぉ?」
分かりやすく鼻の下を伸ばして、口元を緩め、少し興奮気味に息を荒げて言う禿げて太った眼鏡のおっさんを前に、嘔吐しそうなのを堪える。
流石に家はまずい。おっさん一人相手なら襲われても余裕で撃退できるが、異動をちらつかされたら、かわしきれるか分からない。最初に働いた印刷工場の紙詰まりを取り除く仕事をまた一年させられたらと思うとぞっとする。だからと言って、ここで拒絶したら、二度とお目にかかれないだろう機械を分解、解析することができなくなってしまう。
逡巡していると、ふと俺は大事なことを思い出した。――明日の朝、なら。
「分かりました。そのお誘いお受けします。ので! 分解してもいいでしょうか?」
「うん、それならいいよ! 必ず戻しておいてね!」
最後に尻をひと揉みしてから去っていく工場長を笑顔で送り出し、見えなくなってから軽くえずいた。
しかしこのセクハラに耐えてでも、俺はこの機械を調べたかった。作業着の腕を捲って、ドライバーを手に取ると、ネジを順番に緩め、場所が分からなくならないように、一個ずつ丁寧に分解していく。
どこの工程で作られた電子回路なのか、部品一つ一つに付された製造番号を確認する。確認が終わればまた元通りの場所に戻す。
一番深いところの部品の確認が終わると、工具入れにいつも常備している自作の測定器兼発信器を取り付けて元通りに戻した。こうしておけば、城のどの辺りに付けられたのか追跡できるし、用途も測定値からより分かるようになる。
こんなことをして大丈夫なのかと聞かれれば、勿論発覚すれば城への背任行為、内乱罪で即刻死刑だ。
何故そんなことをするのかと問われたら、「ただの趣味」としか言いようがないのだが、俺はこの世界の全てを死ぬまでに把握したいという欲求が誰よりも強い。
その根幹には、俺が十二歳の基幹学校――初等教育を終えたβが進学する職業教育校だ――以前の記憶がないことにあるのだろう。
自分の名前が「エイク」であること以外、何も覚えていなかった。ある日突然、道端に立っていたのだ。
どうやってここに来たのか、初等教育を終えるまでどこで生活していたかも思い出せない。
しかし、生まれた時に全てのβの体内に埋め込まれる個体識別番号から照会したところ、精神に異常が見られることから城直轄の施設で生活していたことが判明した。そのため一度施設に返されたが、記憶を失ったことが要因なのか、入所後の脳波検査で正常値になっていたこともあり、俺は施設から出てこのブロックⅡの住人となった。
ブロックⅡに来て俺が初めに教えられたのは、この世界の成り立ちだった。直径二キロのドーム型のシェルターがこの世界で人間が住むことができる全てだ。
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