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第3話 罪と罰②
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今また一つの命を奪って、生き永らえた。思うことはあるけど、俺が罪を犯したことには変わりない。身体の痛みは無くなっても、心の軋みは激しくなるばかりだ。
その罪の始まりを、俺は昨日会ったばかりの男に語ろうとしている。俺に「愛」を語る男に。それはきっと、「愛」の物語を語ると同時に、俺の罪を打ち明けたかったのだろう。まるで神父に懺悔する信徒のように。
男は――マティアスは、「愛」を錯誤しているけれど、噓を吐いてはいない。だから、きっと最後まで聞いてくれるだろう。そして、俺の罪に冷静な頭で審判を下すように正しい言葉をくれる気がした。
俺は大きく溜息を吐いて、ゆっくりと昔を思い出しながら語った。
こんな風になったのは、どれほど前だったか。百年を過ぎたことは分かっているけど、数えていないから分からない。
――そう。俺は初め普通の人間だったのだ。
ある山のほとりに暮らす男女の間に一人息子として生を受けた。父の記憶はない。物心がつく頃には母一人だった。父は俺が産まれて二年後に徴兵されて、その半年後家に帰ることなく戦場で亡くなったそうだ。
母は大黒柱を失ったばかりでなく俺を一人で育てなければならかった。母の仕事は家から三時間歩いた先にある農村の畑仕事の手伝いだった。
手伝いをすると週に一度パンを三つ貰えた。ジャガイモが五個もらえる時もある。それを七日分に分けて二人で分け合って食べた。
それ以外の食事は山で獲れる木の実や山菜、キノコ。それもない時は家の側の沢で獲れる小魚や蟹やザリガニを食べた。家はいつも貧しかった。
でも、時々卵や肉がもらえる時があった。その日が来るのは分かりやすい。母が沢で沐浴をするのだ。そして夜迎えの荷馬車が来て、それに乗って出て行く。朝まで帰らない。俺は心細くて朝まで一睡もできない。
ある日、母が居なくなった後、嵐が来た。何度も雷の落ちる音がした。ぼろ屋の家は今にも吹き飛ばされそうで、がたがたと激しく揺れた。くたびれた毛布に頭まで被って早く帰ってきてと祈り、ただ独り怯えた。
「母ちゃんのばか! 遅いよ! ひとりだけ出かけてずるい!」
幼かった俺は母に「怖かった」「寂しかった」と言えなかった。母が夜出かけていくのも、きっといい場所に行っていると思っていた。
俺に黙って美味しい物をたくさん食べているんじゃないか。だから朝まで帰って来ないんだ、と。家と山と農村くらいしか知らない子供の想像力はその程度だ。
しかし、その直後、母は見たこともないくらい恐ろしい表情で俺を睨み付け、手を振り上げた。打たれる、と頭を防御したけど、その手が振り下ろされることはなかった。
「……ごめんね、独りにして、怖かったね」
母は小さく震えて俺を抱き締めた。冷たい液体が肩に当たって布に染みてくるのが分かる。泣いていると思ったら、俺も泣けてきてわんわん泣いた。
それから、どれくらい経ったろう。十の歳の頃だったか。その年の夏、長雨が続き太陽が出ている時間が少なかった。沢の水が増水して家が半分浸かってしまったりした。それだけなら良かったが、作物が根腐れを起こして育たなかった。
その罪の始まりを、俺は昨日会ったばかりの男に語ろうとしている。俺に「愛」を語る男に。それはきっと、「愛」の物語を語ると同時に、俺の罪を打ち明けたかったのだろう。まるで神父に懺悔する信徒のように。
男は――マティアスは、「愛」を錯誤しているけれど、噓を吐いてはいない。だから、きっと最後まで聞いてくれるだろう。そして、俺の罪に冷静な頭で審判を下すように正しい言葉をくれる気がした。
俺は大きく溜息を吐いて、ゆっくりと昔を思い出しながら語った。
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母は大黒柱を失ったばかりでなく俺を一人で育てなければならかった。母の仕事は家から三時間歩いた先にある農村の畑仕事の手伝いだった。
手伝いをすると週に一度パンを三つ貰えた。ジャガイモが五個もらえる時もある。それを七日分に分けて二人で分け合って食べた。
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でも、時々卵や肉がもらえる時があった。その日が来るのは分かりやすい。母が沢で沐浴をするのだ。そして夜迎えの荷馬車が来て、それに乗って出て行く。朝まで帰らない。俺は心細くて朝まで一睡もできない。
ある日、母が居なくなった後、嵐が来た。何度も雷の落ちる音がした。ぼろ屋の家は今にも吹き飛ばされそうで、がたがたと激しく揺れた。くたびれた毛布に頭まで被って早く帰ってきてと祈り、ただ独り怯えた。
「母ちゃんのばか! 遅いよ! ひとりだけ出かけてずるい!」
幼かった俺は母に「怖かった」「寂しかった」と言えなかった。母が夜出かけていくのも、きっといい場所に行っていると思っていた。
俺に黙って美味しい物をたくさん食べているんじゃないか。だから朝まで帰って来ないんだ、と。家と山と農村くらいしか知らない子供の想像力はその程度だ。
しかし、その直後、母は見たこともないくらい恐ろしい表情で俺を睨み付け、手を振り上げた。打たれる、と頭を防御したけど、その手が振り下ろされることはなかった。
「……ごめんね、独りにして、怖かったね」
母は小さく震えて俺を抱き締めた。冷たい液体が肩に当たって布に染みてくるのが分かる。泣いていると思ったら、俺も泣けてきてわんわん泣いた。
それから、どれくらい経ったろう。十の歳の頃だったか。その年の夏、長雨が続き太陽が出ている時間が少なかった。沢の水が増水して家が半分浸かってしまったりした。それだけなら良かったが、作物が根腐れを起こして育たなかった。
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