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第2話 運命の出逢い⑥
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わずかに尾を引いていた匂いは、およそ人間の体臭などではなかった。獣? 違う。一番近いのは──谷底で狼に食い荒らされた状態で半月後に見つかった両親だった肉の塊が発していたそれ、だ。
「気に障ったらすみませんでした。君は香水をつけなくてもいい匂いですよ」
そう微笑んだ後、そっと耳元に唇を寄せて、オイレンベルク卿に聞こえないほど小さな声でこう囁いた。
「まるで人の死体を漁った後みたいだ」
再び少年に微笑み掛けるとがたがたと身体を震わせ、異常なほど動揺していた。本当に墓泥棒か何かをしていたのか?
「ど、どうした、ミロ? ファルケンハイン卿、彼に何を――」
「いえ、大したことではないのです。それよりも、二ヶ月ほど前にこの城の城下町で彼に似た浮浪者を見かけた記憶があるのですが……本当に彼はオイレンベルク卿の領民ですか?」
オイレンベルク卿の顔から血の気が失せていくのが分かる。その動揺する姿に噴き出しそうになるのを必死に堪えた。
「そんな、馬鹿な。他人の空似では?」
「可笑しなことを仰いますね。彼ほどの特別な容姿を持つ者は国中を探し回ってもそうそう見つけられるものではありません。つまり、他の浮浪者と見間違えるはずがないのです」
青ざめた顔で視線を辺りを見回す。話を聞いていた者がいないことを確認している。
「……ヴェールマン卿には、このことは……」
「申し訳ありません。脅すつもりはなかったのです。ただ、私も彼に興味がありまして」
「興味、とは?」
僕はオイレンベルク卿に「私も貴方と同じ趣味が」と耳打ちする。目を丸くして固まっていた卿に微笑み掛けると僅かに強張っていた頬が緩んだ。
「もし良ければこの後貴方の城にお招き頂けませんか? 我が領までは半日ほどかかりますが、オイレンベルク卿の城までは馬車で三時間ほど。野営は物騒なので、舞踏会の後はいつもヴェールマン卿の城に泊めていただいていましたが、もしお願いできますと明日の帰宅も早められ助かります。それに──」
何か言いかけたオイレンベルク卿の言葉を遮り、「是非彼と二人きりで話をさせてください」と、そう耳打ちして微笑み掛けた。
僕の申し出を受け入れなければどうなるか、オイレンベルク卿もよく分かっている。「二人きりで話」など、およそ彼はいかがわしい事を思い浮かべているのだろう。僕にはそんな気はさらさらないが、わざと煽って見せれば彼は焦ってより面白い結果を生み出してくれるかもしれない。
「ええ、構いません。私もファルケンハイン卿と親交を深められればと思っておりました。是非いらしてください。大したおもてなしもできませんが」
「こちらこそ、急に申し訳ありません。そして大変不躾な申し出をお受け頂き、ありがとうございます。お陰で舞踏会の後も楽しみができました」
ちらりと横目に少年を見る。視線を床に落としたまま、まだ微かに震えている。本当に墓泥棒をしたことでもあるのかもしれない。そうでなければあの動揺、普通ではない。
オイレンベルク卿との話が終わると、お次は僕の「妻候補」が次から次へと父親や親類の紹介でやってきて、踊ってくれとせがまれる。仕方なしに相手をしてやるが、どいつもこいつも基本が成っていなくて僕がひたすら気を遣ってやらなきゃならなかった。ようやく舞踏会が終わった頃には疲れ果ててしまっていた。
「気に障ったらすみませんでした。君は香水をつけなくてもいい匂いですよ」
そう微笑んだ後、そっと耳元に唇を寄せて、オイレンベルク卿に聞こえないほど小さな声でこう囁いた。
「まるで人の死体を漁った後みたいだ」
再び少年に微笑み掛けるとがたがたと身体を震わせ、異常なほど動揺していた。本当に墓泥棒か何かをしていたのか?
「ど、どうした、ミロ? ファルケンハイン卿、彼に何を――」
「いえ、大したことではないのです。それよりも、二ヶ月ほど前にこの城の城下町で彼に似た浮浪者を見かけた記憶があるのですが……本当に彼はオイレンベルク卿の領民ですか?」
オイレンベルク卿の顔から血の気が失せていくのが分かる。その動揺する姿に噴き出しそうになるのを必死に堪えた。
「そんな、馬鹿な。他人の空似では?」
「可笑しなことを仰いますね。彼ほどの特別な容姿を持つ者は国中を探し回ってもそうそう見つけられるものではありません。つまり、他の浮浪者と見間違えるはずがないのです」
青ざめた顔で視線を辺りを見回す。話を聞いていた者がいないことを確認している。
「……ヴェールマン卿には、このことは……」
「申し訳ありません。脅すつもりはなかったのです。ただ、私も彼に興味がありまして」
「興味、とは?」
僕はオイレンベルク卿に「私も貴方と同じ趣味が」と耳打ちする。目を丸くして固まっていた卿に微笑み掛けると僅かに強張っていた頬が緩んだ。
「もし良ければこの後貴方の城にお招き頂けませんか? 我が領までは半日ほどかかりますが、オイレンベルク卿の城までは馬車で三時間ほど。野営は物騒なので、舞踏会の後はいつもヴェールマン卿の城に泊めていただいていましたが、もしお願いできますと明日の帰宅も早められ助かります。それに──」
何か言いかけたオイレンベルク卿の言葉を遮り、「是非彼と二人きりで話をさせてください」と、そう耳打ちして微笑み掛けた。
僕の申し出を受け入れなければどうなるか、オイレンベルク卿もよく分かっている。「二人きりで話」など、およそ彼はいかがわしい事を思い浮かべているのだろう。僕にはそんな気はさらさらないが、わざと煽って見せれば彼は焦ってより面白い結果を生み出してくれるかもしれない。
「ええ、構いません。私もファルケンハイン卿と親交を深められればと思っておりました。是非いらしてください。大したおもてなしもできませんが」
「こちらこそ、急に申し訳ありません。そして大変不躾な申し出をお受け頂き、ありがとうございます。お陰で舞踏会の後も楽しみができました」
ちらりと横目に少年を見る。視線を床に落としたまま、まだ微かに震えている。本当に墓泥棒をしたことでもあるのかもしれない。そうでなければあの動揺、普通ではない。
オイレンベルク卿との話が終わると、お次は僕の「妻候補」が次から次へと父親や親類の紹介でやってきて、踊ってくれとせがまれる。仕方なしに相手をしてやるが、どいつもこいつも基本が成っていなくて僕がひたすら気を遣ってやらなきゃならなかった。ようやく舞踏会が終わった頃には疲れ果ててしまっていた。
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