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第十二話 決心
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二人に付いていくと、青羅の地下の部屋に辿り着いた。この城には誰でも出入りができるため、極秘の話をするにはここしかないようだ。
そこで家族と共に待っていた珪貝に、事の仔細話を聞いた。
あの後俺を助けたことが知られてしまい、命の危険を感じたため、黒威と青羅の襲撃に紛れて家族の元に逃れた。追っ手を心配していた珪貝だったが、歓楽街の盗賊団、つまり黒威と水海のかつての仲間達が珪貝の情報を得て、東の国への逃亡を手助けしてくれたのだそうだ。
何やら水海は、敵対関係の南の国の情報を北に移った後も仲間から入手していたらしい。南の国だけでなく、貴族が訪れる歓楽街には、各国の政治的な話からゴシップまで情報が集まってくるのだ。
珪貝達は青羅が責任をもって面倒を見てくれると言う。この国では基本的に自給自足の生活であるため、家族は民の一人として狩りを覚える必要があるというが、新しい生活に胸踊らせている様子だった。
近くの集落に住むことになった珪貝達家族は、集落の代表が案内してくれるということで退席し、部屋には青羅と水海、俺の三人だけになった。
水海の仲間は、その後の南の国の情報を伝えたという。今回もたらされた情報は、主に黒威と赤麗、白月の戦いの様子とその後の二人についてだった。
黒威と赤麗はそれぞれ幻獣の姿となって戦ったが、玄武である黒威は水、朱雀である赤麗は火を操る能力があり、属性を考えれば黒威が圧倒的に有利のはずだった。しかし、赤麗が幻獣の姿を保てないほど疲弊した時、南の国に立ち寄っていたらしい白月が駆け付け、黒威の身体を鋼鉄の杭で貫いた。黒威は咄嗟に赤麗の脚を尾の蛇で傷つけ、水脈に逃げ込んで撤退、白月がそれを追うことはなかった。
赤麗は傷を負ったが命に別状はない。ただ、傷が深く歩行ができない状態らしい。白月は赤麗を心配して南の国に残って看病しているという。
「その話から考えますと、まだ時間に猶予はあるとは思います。ただ、彼らが麒麟の君の奪取を諦めない限り、襲撃の危険が付き纏うのも事実」
「……では、やはり物事を進めるしかあるまい」
二人の真剣な眼差しが俺の方に向いて、身を固くする。物事を進めるって、それは、もしかして――。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 聞きたいことがあるんだよ!」
「何です? 褥でのことでしたら、黒威に知識がありますので――」
「違うわッ! 白月のこと!」
水海が真面目な顔で破廉恥なことを言うので、俺は顔を熱くしながら慌てて言葉を遮った。
「あいつには、ほとんど会ってないようなもんだし、知りもしないのに色々決め付けちまうのもなんか不平等だろ。実はすげえ良い奴って可能性もあるじゃんか」
「ああ、白月は良き子だ」
青羅がそう即答すると、瞑想するように静かに目を閉じる。
赤麗に肩入れしている白月に対しての彼の答えは意外だったが、目を開けた青羅の悲しげな眼差しに、何か重要な話が聞けそうな予感がして、彼の方に身体を向けた。
「我が母である麒麟が逝去し、私が青龍の紋を身に刻んだ時、赤麗もまた朱雀の王に選ばれておった。赤麗の家は永きに渡って貴族の名家であったが、歌伝の家は政治に影響力を持てず表舞台には立てなかった。是が非でも赤麗を帝とならしめんと、赤麗の家の者達が暗躍し、四神に選ばれるであろう帝の御子は私と赤麗のみになっておった」
その話を聞いて、黒威から聞いたことが一つに結び付いた。
「……もしかして、黒威の母さんを殺したのは……」
「恐らく、赤麗の縁者であろうな」
青羅は一層悲しみを湛えた瞳で俺の目を見詰める。
「……そなたの、母の命を奪ったのも」
思いも掛けない言葉に絶句する。黒威は「恐らく殺されている」と言っていた。当時宮中に居なかった彼には真実を知る方法が無く、本当に知らなかったのだろう。しかし青羅はその渦中にあった。その類いの噂は耳を塞いでも入ってきただろう。
自分の家の隆盛のために人の命を奪うなど、信じられないことだった。命は何にも代えがたい最も尊いもの――のはずだ。そうでなければならない。
俺を育ててくれた父と母は、俺に無償の愛情を注いでそれを教えてくれた。けれど、この世にはその愛情を注がれなかった人が居る。彼らはその愛の代わりを金や権力や肉欲に求めたのだろうか。そうだとすれば、なんて悲しい連鎖なのだろう。
「残る玄武と白虎の紋を宿すであろう帝の血縁は赤麗の縁者によって拘束されたが、誰にもその紋が刻まれなかった。それもそのはず。玄武は南の歓楽街に生まれ落ち、白虎はまだ母の腹の中だったのだからな」
「腹の、中……ってことは、白月は俺と同い年なのか?」
青羅が頷く。黒威、青羅、赤麗が年上であるので、勝手にそう思い込んでいたが、思い返してみれば、白虎から聞こえた声は、少年のようなあどけなさの残る声だった。
「白月の母は中央の豪商の娘で宮廷の女官であったが、その美貌から帝に手を付けられ妾となった者。病を理由に宮廷を去り実家に戻っておった」
もしかすると、病ではなく妊娠を知っていて宮廷から逃げたのかもしれない。知られてしまえば、赤麗の家の者から殺されることになるのだから。
「その頃宮中に私の命を狙う者もおり、私は東の国に移った。だからその後の子細は知らぬのだが、白月の母は出産後亡くなり、白月は赤麗の家の者達によって育てられておる」
「どうしてそうなる? 別に家同士が仲良いって訳じゃないんだろ?」
「手駒にするために、ですよ」
黙って聞いていた水海が辟易した様子で溜息を吐き、肩を竦めた。
「善悪の判断がつかないうちから、あることないこと吹き込んで、赤麗の言う通り動くように洗脳したのです。今じゃ見事に血を分けた兄弟にさえ風穴を空けるまでにご成長あそばされた! 全く非の打ち所のない良い子にお育ちになられましたなあ!」
慇懃無礼というか、もはや遠回しに言っているだけのただの嫌みだ。苦笑いをして、青羅を見ると彼は眉一つ動かさず無表情で水海の両手を大きく広げるオーバーリアクションを見ている。
「西の国は元来実り豊かな肥沃な地ではあるが、地権者の力が強く政の難しい国。白月はそれをよく治めており民からも愛されておる。赤麗が関わらなければ、良き王であろう」
「……確かに王としての才覚は認めないわけにはいきませんが」
不本意ながら、といった様子で水海は溜息を吐く。国民から愛される王なら、青羅が「良き子」と言ったのも頷ける。
ただ、俺を連れて行くために他国に侵入したり、黒威に重傷を負わせたりしたのは「良き子」とは言えない。そしてその全てが赤麗のために行われているのだ。今は国を留守にして赤麗の看病をしている。赤麗の前では一国の王ではなく、弟となってしまうのだろうか。どうしてそこまで兄を想い慕っているのだろう。水海のいうように洗脳されているからなのだろうか。
「……変なこと聞くけど、四神のうちの三人が死んだら、残る一人が自動的に麒麟を娶って、帝になれるよな?」
「ええ、歴史上そういう手段を取った帝も多く居ます。四神最強とされる玄武となった者が多いようですが……それがどうか致しましたか?」
不思議そうにしている水海に返す言葉が思い浮かばず、「何となく」と言葉を濁す。しかし、喉の奥に骨が引っ掛かっているような不快感が残る。まだ考えが纏まらないが、言葉にした方が分かることがあるかもしれない。
「赤麗の家の悪い奴らはさ、四神が決まる前にも、ライバル候補を削るような真似をしてきたんだろ? じゃあ何でライバルでもある白虎の白月を育てたんだ?」
「先程も申しましたが、白虎の手駒が必要だったのです。玄武と青龍が同盟関係の今の状況を見れば分かりますが、朱雀にも組むべき仲間が必要だったのですよ」
立場上青羅が赤麗と組むことはない。もし玄武の王が青羅と組んだ時に数的にも属性的にも不利になる。そのことを見越して白虎、白月を手中に納めておくことにした。
――そうかもしれない。けれど、何か腑に落ちない。何がと聞かれても分からないけれど、白月の王としての優秀さを聞いて尚の事不自然さが際立った。
雪原で白月に攻撃されて気を失う寸前、聞こえた怒りと哀しみがない交ぜになった声、言葉を思い出す。
「なぜ僕じゃないんだ」。あれは、どういう意味だったのだろう。きっと俺が無い頭で考えても答えは出ない。いつか本人に聞ける日が来たらいいと思う。
「という訳で、四神全てのことをお知りになった上で、答えをお聞かせください。一体誰を帝とするのかを」
水海は身を正し俺の方に身体ごと向ける。真剣な眼差しに身を固くする。と、青羅がおもむろに席を立った。
「重要なことだ。すぐに答えは出まい。夕食後にでも聞かせてくれ」
「はあ……そんな悠長にしていたら、寝首をかかれますよ」
そう言って水海は大きな溜息を吐いたが、「宜しくお願いします」と言って部屋を出ていった。
青羅と二人になり、しんと静まり返る洞窟の部屋で、初めてこの国に連れて来られた時のことを思い出す。
「そういえば、寝室に塗り薬の木を生やしてたけど、あれ大丈夫なのか?」
天井まで枝葉で一杯になったあの部屋で寝起きするのは無理だ。奥の部屋をちらりと見る。
「葉の採取が終わった後消したから問題ない。見てみるか」
黒威の血で湧き水が赤く染まった後どうなったのかも気になり、青羅の後について寝室に入る。木は跡形もなく消えていて、泉もまた透明度の高い水に戻ってきた。と、次の瞬間、振り返った青羅に腕を掴まれる。驚いている間もなく、そのまま布団の上に引き倒された。
「隙を見せたな、麒麟の君」
「っ、てぇ……」
背中に鈍痛を感じながら身体を起こそうとした俺の上に青羅が覆い被さる。抵抗しようとして振り上げた腕は頭上で一つにまとめあげられて、押さえつけられてしまった。
「私を良き者と信じ込んでおったようだが、私も四神の一人……そなたを求める者ぞ」
青羅の手が俺の太股を撫で上げる。そういえばあの時も布団の上で何か恥ずかしい台詞を浴びせられたな、と思う。その時に青羅が言ったこと、そして貞操の危機に際して俺が口に出した名前を思い出し、思わず噴き出してしまった。予想外の反応だったのだろう、青羅は目を丸くして固まっている。
「あんたさぁ、やっぱり良い人だよ」
押さえ付けられていた両腕は、簡単に外せてしまうくらい緩い拘束でしかなく、本気で抵抗すれば簡単に逃げ出せた。青羅のような筋骨逞しい男なら、俺のような小僧を犯すことなど造作もないはずなのに。
「……ありがとう。俺に、決心させてくれようとしたんだろ?」
青羅を見上げて、微笑む。かつて「麒麟妃の幸福を望む」と言った男は、小さく息を吐いて笑みを浮かべ、俺から身を離した。
「心は決まったか」
「ああ」
青羅は俺の手を取り、立ち上がらせてくれる。この体躯からは想像できないほど繊細な、婦女子に対してするような手付きで。
「そなたを伴侶にできるあやつが羨ましい」
「はは、それはどうだろうな。俺が麒麟でなけりゃ、願い下げかも」
青羅は急に真剣な表情に変わると、俺を真っ直ぐに見据えた。
「……赤麗に、何か言われたか?」
自分でも意識していなかったことを指摘されてどきりとする。
気にしていたつもりは無かった。元々他の者と違うという意味で容姿にコンプレックスがあったし、勿論自信などあるわけがない。しかし、赤麗に言われるまで「醜い」とはっきり言われたことはなかった。そうか、醜いのか、と初めて認識して、飲み下した……はずが、しこりを残していたようだ。
「気にすることはない。あの男は劣等感の塊なのだ。自分以外の誰かを下げねば矜持を保てぬ。そうせしめたのは、あやつの母御。帝と成れぬならお前など要らぬと、幼い赤麗を追い詰めておった」
赤麗のしたこと、言ったことを許せはしないが、あれらの行動に引っ掛かっていたものがすとんと胸に落ちた。彼もまた、この争いの被害者の一人なのだ、と。
権力を振りかざして押さえつけ、罵詈雑言を浴びせて蹂躙しなければ生きていけない男は、きっと孤独だろうが、それでもあの高慢で短慮な王に寄り添おうとする弟がいることが、唯一救いではある。赤麗が、白月のことをどう思っているにせよ。
「あ、黒威にすぐ戻るって言ったんだった」
ふっとあの顔が思い浮かんで、出入口に向かって歩き出す。
「あやつに、そなたをどう思うか聞いてみよ」
部屋から出た俺に後ろから声を掛けられ振り返った。
「……不細工って言われたらどうすんだよ?」
「心配無用だ。その時は私が、そなたを奪い去る」
と、青羅が意味深に含み笑いをするので、俺は「そりゃあいいな」と笑って階段を掛け上がった。大人しく寝ているだろうかと黒威のことを想って、気が急いて。
そこで家族と共に待っていた珪貝に、事の仔細話を聞いた。
あの後俺を助けたことが知られてしまい、命の危険を感じたため、黒威と青羅の襲撃に紛れて家族の元に逃れた。追っ手を心配していた珪貝だったが、歓楽街の盗賊団、つまり黒威と水海のかつての仲間達が珪貝の情報を得て、東の国への逃亡を手助けしてくれたのだそうだ。
何やら水海は、敵対関係の南の国の情報を北に移った後も仲間から入手していたらしい。南の国だけでなく、貴族が訪れる歓楽街には、各国の政治的な話からゴシップまで情報が集まってくるのだ。
珪貝達は青羅が責任をもって面倒を見てくれると言う。この国では基本的に自給自足の生活であるため、家族は民の一人として狩りを覚える必要があるというが、新しい生活に胸踊らせている様子だった。
近くの集落に住むことになった珪貝達家族は、集落の代表が案内してくれるということで退席し、部屋には青羅と水海、俺の三人だけになった。
水海の仲間は、その後の南の国の情報を伝えたという。今回もたらされた情報は、主に黒威と赤麗、白月の戦いの様子とその後の二人についてだった。
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赤麗は傷を負ったが命に別状はない。ただ、傷が深く歩行ができない状態らしい。白月は赤麗を心配して南の国に残って看病しているという。
「その話から考えますと、まだ時間に猶予はあるとは思います。ただ、彼らが麒麟の君の奪取を諦めない限り、襲撃の危険が付き纏うのも事実」
「……では、やはり物事を進めるしかあるまい」
二人の真剣な眼差しが俺の方に向いて、身を固くする。物事を進めるって、それは、もしかして――。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 聞きたいことがあるんだよ!」
「何です? 褥でのことでしたら、黒威に知識がありますので――」
「違うわッ! 白月のこと!」
水海が真面目な顔で破廉恥なことを言うので、俺は顔を熱くしながら慌てて言葉を遮った。
「あいつには、ほとんど会ってないようなもんだし、知りもしないのに色々決め付けちまうのもなんか不平等だろ。実はすげえ良い奴って可能性もあるじゃんか」
「ああ、白月は良き子だ」
青羅がそう即答すると、瞑想するように静かに目を閉じる。
赤麗に肩入れしている白月に対しての彼の答えは意外だったが、目を開けた青羅の悲しげな眼差しに、何か重要な話が聞けそうな予感がして、彼の方に身体を向けた。
「我が母である麒麟が逝去し、私が青龍の紋を身に刻んだ時、赤麗もまた朱雀の王に選ばれておった。赤麗の家は永きに渡って貴族の名家であったが、歌伝の家は政治に影響力を持てず表舞台には立てなかった。是が非でも赤麗を帝とならしめんと、赤麗の家の者達が暗躍し、四神に選ばれるであろう帝の御子は私と赤麗のみになっておった」
その話を聞いて、黒威から聞いたことが一つに結び付いた。
「……もしかして、黒威の母さんを殺したのは……」
「恐らく、赤麗の縁者であろうな」
青羅は一層悲しみを湛えた瞳で俺の目を見詰める。
「……そなたの、母の命を奪ったのも」
思いも掛けない言葉に絶句する。黒威は「恐らく殺されている」と言っていた。当時宮中に居なかった彼には真実を知る方法が無く、本当に知らなかったのだろう。しかし青羅はその渦中にあった。その類いの噂は耳を塞いでも入ってきただろう。
自分の家の隆盛のために人の命を奪うなど、信じられないことだった。命は何にも代えがたい最も尊いもの――のはずだ。そうでなければならない。
俺を育ててくれた父と母は、俺に無償の愛情を注いでそれを教えてくれた。けれど、この世にはその愛情を注がれなかった人が居る。彼らはその愛の代わりを金や権力や肉欲に求めたのだろうか。そうだとすれば、なんて悲しい連鎖なのだろう。
「残る玄武と白虎の紋を宿すであろう帝の血縁は赤麗の縁者によって拘束されたが、誰にもその紋が刻まれなかった。それもそのはず。玄武は南の歓楽街に生まれ落ち、白虎はまだ母の腹の中だったのだからな」
「腹の、中……ってことは、白月は俺と同い年なのか?」
青羅が頷く。黒威、青羅、赤麗が年上であるので、勝手にそう思い込んでいたが、思い返してみれば、白虎から聞こえた声は、少年のようなあどけなさの残る声だった。
「白月の母は中央の豪商の娘で宮廷の女官であったが、その美貌から帝に手を付けられ妾となった者。病を理由に宮廷を去り実家に戻っておった」
もしかすると、病ではなく妊娠を知っていて宮廷から逃げたのかもしれない。知られてしまえば、赤麗の家の者から殺されることになるのだから。
「その頃宮中に私の命を狙う者もおり、私は東の国に移った。だからその後の子細は知らぬのだが、白月の母は出産後亡くなり、白月は赤麗の家の者達によって育てられておる」
「どうしてそうなる? 別に家同士が仲良いって訳じゃないんだろ?」
「手駒にするために、ですよ」
黙って聞いていた水海が辟易した様子で溜息を吐き、肩を竦めた。
「善悪の判断がつかないうちから、あることないこと吹き込んで、赤麗の言う通り動くように洗脳したのです。今じゃ見事に血を分けた兄弟にさえ風穴を空けるまでにご成長あそばされた! 全く非の打ち所のない良い子にお育ちになられましたなあ!」
慇懃無礼というか、もはや遠回しに言っているだけのただの嫌みだ。苦笑いをして、青羅を見ると彼は眉一つ動かさず無表情で水海の両手を大きく広げるオーバーリアクションを見ている。
「西の国は元来実り豊かな肥沃な地ではあるが、地権者の力が強く政の難しい国。白月はそれをよく治めており民からも愛されておる。赤麗が関わらなければ、良き王であろう」
「……確かに王としての才覚は認めないわけにはいきませんが」
不本意ながら、といった様子で水海は溜息を吐く。国民から愛される王なら、青羅が「良き子」と言ったのも頷ける。
ただ、俺を連れて行くために他国に侵入したり、黒威に重傷を負わせたりしたのは「良き子」とは言えない。そしてその全てが赤麗のために行われているのだ。今は国を留守にして赤麗の看病をしている。赤麗の前では一国の王ではなく、弟となってしまうのだろうか。どうしてそこまで兄を想い慕っているのだろう。水海のいうように洗脳されているからなのだろうか。
「……変なこと聞くけど、四神のうちの三人が死んだら、残る一人が自動的に麒麟を娶って、帝になれるよな?」
「ええ、歴史上そういう手段を取った帝も多く居ます。四神最強とされる玄武となった者が多いようですが……それがどうか致しましたか?」
不思議そうにしている水海に返す言葉が思い浮かばず、「何となく」と言葉を濁す。しかし、喉の奥に骨が引っ掛かっているような不快感が残る。まだ考えが纏まらないが、言葉にした方が分かることがあるかもしれない。
「赤麗の家の悪い奴らはさ、四神が決まる前にも、ライバル候補を削るような真似をしてきたんだろ? じゃあ何でライバルでもある白虎の白月を育てたんだ?」
「先程も申しましたが、白虎の手駒が必要だったのです。玄武と青龍が同盟関係の今の状況を見れば分かりますが、朱雀にも組むべき仲間が必要だったのですよ」
立場上青羅が赤麗と組むことはない。もし玄武の王が青羅と組んだ時に数的にも属性的にも不利になる。そのことを見越して白虎、白月を手中に納めておくことにした。
――そうかもしれない。けれど、何か腑に落ちない。何がと聞かれても分からないけれど、白月の王としての優秀さを聞いて尚の事不自然さが際立った。
雪原で白月に攻撃されて気を失う寸前、聞こえた怒りと哀しみがない交ぜになった声、言葉を思い出す。
「なぜ僕じゃないんだ」。あれは、どういう意味だったのだろう。きっと俺が無い頭で考えても答えは出ない。いつか本人に聞ける日が来たらいいと思う。
「という訳で、四神全てのことをお知りになった上で、答えをお聞かせください。一体誰を帝とするのかを」
水海は身を正し俺の方に身体ごと向ける。真剣な眼差しに身を固くする。と、青羅がおもむろに席を立った。
「重要なことだ。すぐに答えは出まい。夕食後にでも聞かせてくれ」
「はあ……そんな悠長にしていたら、寝首をかかれますよ」
そう言って水海は大きな溜息を吐いたが、「宜しくお願いします」と言って部屋を出ていった。
青羅と二人になり、しんと静まり返る洞窟の部屋で、初めてこの国に連れて来られた時のことを思い出す。
「そういえば、寝室に塗り薬の木を生やしてたけど、あれ大丈夫なのか?」
天井まで枝葉で一杯になったあの部屋で寝起きするのは無理だ。奥の部屋をちらりと見る。
「葉の採取が終わった後消したから問題ない。見てみるか」
黒威の血で湧き水が赤く染まった後どうなったのかも気になり、青羅の後について寝室に入る。木は跡形もなく消えていて、泉もまた透明度の高い水に戻ってきた。と、次の瞬間、振り返った青羅に腕を掴まれる。驚いている間もなく、そのまま布団の上に引き倒された。
「隙を見せたな、麒麟の君」
「っ、てぇ……」
背中に鈍痛を感じながら身体を起こそうとした俺の上に青羅が覆い被さる。抵抗しようとして振り上げた腕は頭上で一つにまとめあげられて、押さえつけられてしまった。
「私を良き者と信じ込んでおったようだが、私も四神の一人……そなたを求める者ぞ」
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「あんたさぁ、やっぱり良い人だよ」
押さえ付けられていた両腕は、簡単に外せてしまうくらい緩い拘束でしかなく、本気で抵抗すれば簡単に逃げ出せた。青羅のような筋骨逞しい男なら、俺のような小僧を犯すことなど造作もないはずなのに。
「……ありがとう。俺に、決心させてくれようとしたんだろ?」
青羅を見上げて、微笑む。かつて「麒麟妃の幸福を望む」と言った男は、小さく息を吐いて笑みを浮かべ、俺から身を離した。
「心は決まったか」
「ああ」
青羅は俺の手を取り、立ち上がらせてくれる。この体躯からは想像できないほど繊細な、婦女子に対してするような手付きで。
「そなたを伴侶にできるあやつが羨ましい」
「はは、それはどうだろうな。俺が麒麟でなけりゃ、願い下げかも」
青羅は急に真剣な表情に変わると、俺を真っ直ぐに見据えた。
「……赤麗に、何か言われたか?」
自分でも意識していなかったことを指摘されてどきりとする。
気にしていたつもりは無かった。元々他の者と違うという意味で容姿にコンプレックスがあったし、勿論自信などあるわけがない。しかし、赤麗に言われるまで「醜い」とはっきり言われたことはなかった。そうか、醜いのか、と初めて認識して、飲み下した……はずが、しこりを残していたようだ。
「気にすることはない。あの男は劣等感の塊なのだ。自分以外の誰かを下げねば矜持を保てぬ。そうせしめたのは、あやつの母御。帝と成れぬならお前など要らぬと、幼い赤麗を追い詰めておった」
赤麗のしたこと、言ったことを許せはしないが、あれらの行動に引っ掛かっていたものがすとんと胸に落ちた。彼もまた、この争いの被害者の一人なのだ、と。
権力を振りかざして押さえつけ、罵詈雑言を浴びせて蹂躙しなければ生きていけない男は、きっと孤独だろうが、それでもあの高慢で短慮な王に寄り添おうとする弟がいることが、唯一救いではある。赤麗が、白月のことをどう思っているにせよ。
「あ、黒威にすぐ戻るって言ったんだった」
ふっとあの顔が思い浮かんで、出入口に向かって歩き出す。
「あやつに、そなたをどう思うか聞いてみよ」
部屋から出た俺に後ろから声を掛けられ振り返った。
「……不細工って言われたらどうすんだよ?」
「心配無用だ。その時は私が、そなたを奪い去る」
と、青羅が意味深に含み笑いをするので、俺は「そりゃあいいな」と笑って階段を掛け上がった。大人しく寝ているだろうかと黒威のことを想って、気が急いて。
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