元カレに囲まれて

花宮守

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第1章 新生活

新生活(3)

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「荷物の整理、俺も手伝うから」
「そうじゃなくてさ……先生、いつからここに住んでるの?」
「去年の四月からだ。春休みに引っ越してきた」
「そんなに……」
 お母さんが海外勤務に変わったのは、一昨年の末。私が最後にここに帰ってきたのは大学三年の春休みだった。親戚のお姉ちゃんに、たまにはお茶でもしようよって誘われて。あの時は、こんな話、全然……。
「どうした?」
「ん……何でもない」
「何でもないって顔じゃない。俺をごまかせるわけないだろ」
 だって、こんなの言えないよ。言えない……。
「いーずーみ。ほら、俺相手になに遠慮してんだ。言っちまえよ」
 腰を屈めて目を合わせてくる。ん?って優しい顔で促されたら、我慢できなかった。
「お母さん、アメリカ行くちょっと前に言ってたの……『いい人が見つかったから心配しないで』って」
「うん」
『若くて素敵な人よ』って……すごく楽しそうな声で」
「うん」
「だから、彼氏できたんだな、って嬉しかった。お父さんが死んでからそういう人いないみたいで、私のこと一生懸命っ……だから、だから……」
 でもそれが恭一郎だなんて、しかもこんな関係になってるなんて、どうしたらいいのかわかんないよ……。
「なるほど」
 彼は、私の頭をポンポンって手のひらで軽く叩いた。
「補足説明してやるから、よく聞け。俺たちの結婚はただの契約だ。お前のお母さんとの間に、お前としてたようなあんなことやこんなことは、一切ない。今後もない。お互い何の感情もない」
「え……意味わかんない」
 契約? っていうか、あんなことやこんなことって。頬が熱くなってくる。先生は私の唇を親指でなぞった。
「具体的に思い出させた方がいいか?」
 クラっときた自分に呆れる。この人は元カレでしょ、元カレ! それ以上でもそれ以下でもないのっ。義父だなんて聞いちゃったら、なおさらだよ……。
 スッと体を引くと、苦笑して髪を撫でてきた。変わらない手つきに胸が苦しくなる。
「先生、言ってること矛盾してるよ。だって、うちのお母さんの性格はよく知ってるって顔で、さっき頷いてたじゃない……」
 私も、言ってること無茶苦茶。どうだっていいじゃない、こんなこと。
「衣純がよく言ってたんだよ。うちの母親、超マイペースで!ってな。それをさっき思い出して、確かになあって思ったんだ」
「それだけ?」
「それだけ」
「……そっか」
 喉に詰まった変な塊みたいなものが、小さくなっていく。
「機嫌直せ。オムライス作ってやるから」
「……端っこが焦げたやつ? 少しは上達した?」
「するわけないだろ。あれから誰にも作ってない」
「そ、そうなんだ。じゃあ私、部屋の片付けあるからっ」
 これ以上会話を続けていたらやばい気がして、その場を逃げ出した。

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