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第4章 元カレとお世継ぎ問題
第14話
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彼女は僕に目を戻し、優しく微笑んだ。
「だからね、レオ。好きっていう気持ちがあるなら、それで十分だと思うの。何より大切なことよ」
「アリシア様……」
「お兄様は、中和の力ありきであなたを選んだわけではないと思うわ。愛することができると確信していたのよ。つまりは、一目ぼれね」
「そこは何というか、自信が持てませんが」
「まあ」
彼女は実に楽しそうに笑った。
「レオ、あなたはかわいいわ。向こうの世界でも、言われたことはあるんじゃない?」
「ええ、まあ……」
かわいくて素直で弟キャラなんだよねー、彼氏っていうのは違うけど、と続くのがお決まりだった。
「それに加えて、温かい人柄がにじみ出ている。私が今、楽しく話せているように、お兄様もあなたのその光を感じ取って、惹かれたんだと思うの。あんなに穏やかな顔のお兄様を見たのは久しぶりだもの。だから、ついはしゃいでしまって、子供の頃のように腕を絡めたりしたの。ごめんなさいね」
「いえ、それはもう」
「あなたが元の世界よりもお兄様を選んでくれたように、お兄様も、ただ一人の人としてあなたを選んだの。生涯、お一人を貫く覚悟でいらしたのに、再び愛することができるようになったのよ。あなたはもっと、自信を持っていいのよ」
……ん?
「お一人を貫く覚悟?」
「ええ。後継ぎは、南半球から一人、養子を出すことになっているのよ。私とアントス様の子……って、もしかして聞かされていなかったの?」
「……はい」
悩む必要なかったってことか!? またしても!
「あー……そういうこと」
テーブルに突っ伏した。礼儀作法も何もあったもんじゃないが、許してもらいたい。
「大丈夫?」
「はい……一気に力が抜けました」
夏の風が耳元を通り抜けていく。お疲れさん、と僕を労っているかのようだ。うん、疲れた。
「お兄様、肝心のことになると『言わなくても分かるだろ』みたいなとこ、あるから。かっこつけなのよね。疑問があったら、どんどん問い詰めた方がいいわよ」
「これからはそうします……」
リナ、ゾイさん、アントス様ぁ……うぅ、みんなは正しかった。
「お前は、相変わらずおしゃべりだな」
音もなく現れたのは、顔を上げて確かめるまでもない。かっこつけな王様。
「『黙って見守るだけが愛ではない』って、私におっしゃったのは、どこのどなただったかしら?」
「ゾイがお前に渡したいものがあると探していたぞ。行ってやれ」
「はい。またね、レオ」
「はい……」
「ふふっ、かわいい」
軽やかに席を立って、歩いていく気配。ふぅ、と息を吐いて顔を上げると、羽が生えているかの如く、踊るように去っていくのが見えた。
「すまんな、あいつがべらべらと」
ラトゥリオ様は、僕の隣の椅子に腰を下ろした。
「いえ。何ていうか、すごい方ですね」
「ハハッ、すごいか」
「あと、かわいいです」
「人懐っこいやつだからな。うるさくなければ、構ってやってくれるとありがたい」
「はい、喜んで」
「養子の件は……話すのが遅れていてすまなかった。折を見て伝えるつもりでいた。婚儀までにはな」
「こっ……」
婚儀!?
「結婚式、するんですか。ほんとに?」
「あのお嬢さんが、花を持つ係を務めるのを楽しみに待っているからな」
「ああ……」
いや、そこじゃない。納得するな僕。ラトゥリオ様の遠回しな言い方は今に限ったことじゃないけど、結婚というからには何かもっとこう……。
「お前の存在を正式に国中に知らしめ、安心させてやりたい。儀式ばったことは面倒だろうが、乗りかかった船だと思って付き合ってくれ」
「はぁ。あ、面倒っていうのはないです、全然」
駄目だ。まったくロマンチックな雰囲気にならない。ゾイさん、口下手ってこういうことなんですね。
「お前には、順を追って伝えたかった」
彼が気にしている点は、僕と微妙にずれている。確かに、結婚をはっきりと申し込んでもいないのに、子供の話をするのは変かもしれない。
僕はふぅと息をつき、ポットと新しいカップに手を伸ばした。
「お茶、飲みますか?」
「ああ。ありがとう」
お湯はまだ温かい。二人分淹れると、ちょうど空になった。
「懐かしい味だ」
妹姫特製のお茶を味わう兄の顔を見て、僕は心を決めた。自分から伝えよう。先走って悩み過ぎたのは、彼のせいばかりとは言えない。僕も言葉が足りなかった。
「ラトゥリオ様」
「うん?」
「僕、知りたいです。アリシア様のことも、アントス様のことも、あなたのことも。あなたがお二人と過ごした大切な時間のこと。あなたが一人で過ごした十五年間に考えていた、いろんなこと」
「レオ……」
彼はカップを置き、目を見開いた。
「あの、根掘り葉掘り聞きたいっていうんじゃなくて、あなたの大切なものは僕にも大切っていうか。あなたの……伴侶として、ここで生きていけたらな、って……思ってます」
たどたどしくなってしまった。もっとかっこよく言いたかった。
「レオ」
「わっ」
抱きしめられて、ガタッとテーブルが揺れた。慌ててカップを遠ざけた。
「お前をこの世界に縛り付けてしまった俺に……そこまで言ってくれるか」
「ラトゥリオ様、それは違います」
彼の肩は小さく震えている。とんとん、と軽く叩いてあやしながら、見つかった答えを告げた。
「僕は、ここで生きるために生まれてきたんです。あなたと出会って、こういう関係になれて……それが世界を守ることに役立つなら、僕は嬉しい」
ぎゅっと、腕に力が込められた。
「元の世界には、僕の両親も妹も、友人もいます。たくさんの思い出もある。僕はあなたとここで暮らすことで、あの世界を守ることもできるんでしょう? 世界は、大なり小なり関わり合っているから」
「ああ、そうだ……そうだとも」
「ならやっぱり、この選択は僕のためでもある。仮にまだ向こうの世界にいて、選択の余地があったとしても、僕はここへ来て、務めを果たすことを選ぶと思います」
「レオ……」
少し体が離れた。彼が、涙をいっぱいためた目で僕を見つめている。長い黒髪のカーテン。その中は今、僕だけの場所。
「おそばに置いてください。あなたを愛するのも、あなたと共に世界を守るのも、僕の選択です。あなたと、アントス様と、アリシア様と一緒に」
彼の膝に乗って、首に腕をまわして抱きついた。
「僕をあなたがたの輪に加えてくださって、ありがとう。どうか末永くよろしくお願いします」
「俺と……結婚してくれると?」
「はい」
「ありがとう……」
不器用で愛に溢れた愛しい人。初めてのようにおずおずと近付いてくる唇を、幸福に光り輝く気持ちで迎え入れた。
「レオ。終生、俺と共に……」
「はい。あなたと共に、どこまででも」
父さん、母さん、沙良、ごめんね。僕はこの人と、ここで生きていく。みんなの生きる世界が壊れないように役目を果たすから――どうか、許してください。
「だからね、レオ。好きっていう気持ちがあるなら、それで十分だと思うの。何より大切なことよ」
「アリシア様……」
「お兄様は、中和の力ありきであなたを選んだわけではないと思うわ。愛することができると確信していたのよ。つまりは、一目ぼれね」
「そこは何というか、自信が持てませんが」
「まあ」
彼女は実に楽しそうに笑った。
「レオ、あなたはかわいいわ。向こうの世界でも、言われたことはあるんじゃない?」
「ええ、まあ……」
かわいくて素直で弟キャラなんだよねー、彼氏っていうのは違うけど、と続くのがお決まりだった。
「それに加えて、温かい人柄がにじみ出ている。私が今、楽しく話せているように、お兄様もあなたのその光を感じ取って、惹かれたんだと思うの。あんなに穏やかな顔のお兄様を見たのは久しぶりだもの。だから、ついはしゃいでしまって、子供の頃のように腕を絡めたりしたの。ごめんなさいね」
「いえ、それはもう」
「あなたが元の世界よりもお兄様を選んでくれたように、お兄様も、ただ一人の人としてあなたを選んだの。生涯、お一人を貫く覚悟でいらしたのに、再び愛することができるようになったのよ。あなたはもっと、自信を持っていいのよ」
……ん?
「お一人を貫く覚悟?」
「ええ。後継ぎは、南半球から一人、養子を出すことになっているのよ。私とアントス様の子……って、もしかして聞かされていなかったの?」
「……はい」
悩む必要なかったってことか!? またしても!
「あー……そういうこと」
テーブルに突っ伏した。礼儀作法も何もあったもんじゃないが、許してもらいたい。
「大丈夫?」
「はい……一気に力が抜けました」
夏の風が耳元を通り抜けていく。お疲れさん、と僕を労っているかのようだ。うん、疲れた。
「お兄様、肝心のことになると『言わなくても分かるだろ』みたいなとこ、あるから。かっこつけなのよね。疑問があったら、どんどん問い詰めた方がいいわよ」
「これからはそうします……」
リナ、ゾイさん、アントス様ぁ……うぅ、みんなは正しかった。
「お前は、相変わらずおしゃべりだな」
音もなく現れたのは、顔を上げて確かめるまでもない。かっこつけな王様。
「『黙って見守るだけが愛ではない』って、私におっしゃったのは、どこのどなただったかしら?」
「ゾイがお前に渡したいものがあると探していたぞ。行ってやれ」
「はい。またね、レオ」
「はい……」
「ふふっ、かわいい」
軽やかに席を立って、歩いていく気配。ふぅ、と息を吐いて顔を上げると、羽が生えているかの如く、踊るように去っていくのが見えた。
「すまんな、あいつがべらべらと」
ラトゥリオ様は、僕の隣の椅子に腰を下ろした。
「いえ。何ていうか、すごい方ですね」
「ハハッ、すごいか」
「あと、かわいいです」
「人懐っこいやつだからな。うるさくなければ、構ってやってくれるとありがたい」
「はい、喜んで」
「養子の件は……話すのが遅れていてすまなかった。折を見て伝えるつもりでいた。婚儀までにはな」
「こっ……」
婚儀!?
「結婚式、するんですか。ほんとに?」
「あのお嬢さんが、花を持つ係を務めるのを楽しみに待っているからな」
「ああ……」
いや、そこじゃない。納得するな僕。ラトゥリオ様の遠回しな言い方は今に限ったことじゃないけど、結婚というからには何かもっとこう……。
「お前の存在を正式に国中に知らしめ、安心させてやりたい。儀式ばったことは面倒だろうが、乗りかかった船だと思って付き合ってくれ」
「はぁ。あ、面倒っていうのはないです、全然」
駄目だ。まったくロマンチックな雰囲気にならない。ゾイさん、口下手ってこういうことなんですね。
「お前には、順を追って伝えたかった」
彼が気にしている点は、僕と微妙にずれている。確かに、結婚をはっきりと申し込んでもいないのに、子供の話をするのは変かもしれない。
僕はふぅと息をつき、ポットと新しいカップに手を伸ばした。
「お茶、飲みますか?」
「ああ。ありがとう」
お湯はまだ温かい。二人分淹れると、ちょうど空になった。
「懐かしい味だ」
妹姫特製のお茶を味わう兄の顔を見て、僕は心を決めた。自分から伝えよう。先走って悩み過ぎたのは、彼のせいばかりとは言えない。僕も言葉が足りなかった。
「ラトゥリオ様」
「うん?」
「僕、知りたいです。アリシア様のことも、アントス様のことも、あなたのことも。あなたがお二人と過ごした大切な時間のこと。あなたが一人で過ごした十五年間に考えていた、いろんなこと」
「レオ……」
彼はカップを置き、目を見開いた。
「あの、根掘り葉掘り聞きたいっていうんじゃなくて、あなたの大切なものは僕にも大切っていうか。あなたの……伴侶として、ここで生きていけたらな、って……思ってます」
たどたどしくなってしまった。もっとかっこよく言いたかった。
「レオ」
「わっ」
抱きしめられて、ガタッとテーブルが揺れた。慌ててカップを遠ざけた。
「お前をこの世界に縛り付けてしまった俺に……そこまで言ってくれるか」
「ラトゥリオ様、それは違います」
彼の肩は小さく震えている。とんとん、と軽く叩いてあやしながら、見つかった答えを告げた。
「僕は、ここで生きるために生まれてきたんです。あなたと出会って、こういう関係になれて……それが世界を守ることに役立つなら、僕は嬉しい」
ぎゅっと、腕に力が込められた。
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「ああ、そうだ……そうだとも」
「ならやっぱり、この選択は僕のためでもある。仮にまだ向こうの世界にいて、選択の余地があったとしても、僕はここへ来て、務めを果たすことを選ぶと思います」
「レオ……」
少し体が離れた。彼が、涙をいっぱいためた目で僕を見つめている。長い黒髪のカーテン。その中は今、僕だけの場所。
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「俺と……結婚してくれると?」
「はい」
「ありがとう……」
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「レオ。終生、俺と共に……」
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