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第4章 元カレとお世継ぎ問題
第10話
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アントス様が去り、一週間が過ぎた頃。見慣れない人物がもう一人、王宮を訪れた。僕は少々怠い体を励ましながら、三階の図書室に籠もっていた。
「うぅ、筋肉痛……」
昨夜は有らぬ格好をさせられた。元カレに煽られたせいか、あれからラトゥリオ様は一層激しく僕を求める。愛し合う行為のバリエーションには驚嘆するほかない。人体の神秘だ。
「えーと、『人体の……』違うっ。『動物の……』うん、こっちだ」
動物たちの手当を繰り返すうち、獣医学も体系的に学びたくなった。取っつきやすそうな本を二冊選び、窓辺の椅子に腰かけた。読み進めるうちに、参考文献として紹介されている本にも興味がわいた。一階の資料室で見たことのある書名だ。明日にしようかな、とちらりと思う。だって筋肉痛。でも今読みたい。
「ゆっくり行くか……」
今日は自由のきく時間が多い。読書をするにはうってつけだ。ラトゥリオ様も当然、僕のスケジュールは把握してる。だから好き放題してくれたわけで……はぁっ。僕は本当に、彼に甘い。
目当ての本は、資料室の、動植物関連の棚で見つけた。うん、おもしろそうだ。木陰で読むかと、中庭へ向かった。八月とはいえ、湿気が少ないのもあって過ごしやすい。どのベンチがいいかな……と考えながら到着すると、先客がいることが分かった。
女の人だ。見事に波打つ茶色の髪を、一部を残して高く結い上げている。ポニーテールを複雑にした感じだ。薄紅色のドレスが似合う。ふんわりした中に、凛としたものを秘めている印象。年は僕と同じくらいか。親し気にラトゥリオ様の腕に掴まり、無邪気な笑顔で楽しそうに話してる。彼も、優しい笑みを向けている。ズキン、と胸が痛んだ。その子は、「あら」と僕に気付き……僕は来た方へと駆け出した。痛みを堪え、よろめきながら。早く立ち去りたい一心で。
知らない子。綺麗で、優しそうで、性格もめちゃめちゃよさそうで、ラトゥリオ様が気を許している女性。彼の目は、「お前は大事な存在だ」と語っていた。
「いや、だ……」
寝室へ逃げ込み、痛む胸を押さえた。ベッドに突っ伏して、今見たことを頭から追い払おうとしてみたけど、ますます強く焼き付くばかり。
「なんで……ラトゥリオ様……」
『愛している』
『お前を諦めるのは俺が死ぬ時だ』
「そう言ってくれたのに……」
喉に大きな塊がつっかえてる。
「う、ぅ……」
嗚咽が漏れる。涙がシーツを濡らしていく。昨日今日の付き合いじゃない、ずっと以前からだ。僕が知らなかっただけ。あの子が王妃様になるんだ。中和の力があるかどうかなんて、ラトゥリオ様にはどうでもいいこと……彼女との子を育て、彼女と生きていくつもりなんだ。
初恋は叶わない、と何かで読んだっけ。
「はは……ほんとだ……」
叶ったと信じてた。浮かれてた。一方で、覚悟していたつもりだった。政略結婚で、気持ちは僕にある……そんな形を望んでいたんだろうか。問題を先送りにして、現実から目を逸らしてきた。どうすればよかったっていうんだ。子供はいらないんですか?なんて……聞けるわけがない。聞きたくなかった。彼が用意しているだろう答えを、永遠に聞きたくなかったんだ。
「覚悟って……その程度かよ……」
頭が痛い。熱っぽくてぼんやりする。泣きすぎたせいだ。
体を起こし、手の甲で涙を拭った。
「あ……本がない」
資料室で見つけた本。ショックで落としてきたらしい。
「拾ってこないと……」
今日は頭痛で読めそうにないけど、大事な資料だ。きちんと戻してこないといけない。はぁっ。二人は別の場所へ行っただろうか。一階へ降りたら、その足で外出してしまおうか。リナの叔父さんなら、何日か泊めてくれるかもしれない。
そうと決まれば家出の準備と、クローゼットの扉に手をかけたものの、力が抜けて崩れ落ちてしまった。また涙が溢れてくる。
「う……ぐすっ……」
今こそ、シルバーの背中に乗って、どこへなりと飛んで行ってしまいたい。
父さん、母さん、沙良……。
どこかで一人で暮らして、中和の力を持つ子供たちが成長するのを待とうか。ラトゥリオ様と相性のいい人が現れるまでに、例の手段以外の方法で帰る道を探す。彼の魔力が暴走しなければ、僕を抱かなくたっていいんだし……そうしよう。昨夜が最後になるなんて、夢にも思わなかった。幸せだった……。
どっと涙が流れ出し、大きな声が響いた。僕の声だ。叫んでる。幻と化した恋を諦めきれず、世界に訴えれば覆されると空しく願っているかのように、泣き続けた。
「うぅ、筋肉痛……」
昨夜は有らぬ格好をさせられた。元カレに煽られたせいか、あれからラトゥリオ様は一層激しく僕を求める。愛し合う行為のバリエーションには驚嘆するほかない。人体の神秘だ。
「えーと、『人体の……』違うっ。『動物の……』うん、こっちだ」
動物たちの手当を繰り返すうち、獣医学も体系的に学びたくなった。取っつきやすそうな本を二冊選び、窓辺の椅子に腰かけた。読み進めるうちに、参考文献として紹介されている本にも興味がわいた。一階の資料室で見たことのある書名だ。明日にしようかな、とちらりと思う。だって筋肉痛。でも今読みたい。
「ゆっくり行くか……」
今日は自由のきく時間が多い。読書をするにはうってつけだ。ラトゥリオ様も当然、僕のスケジュールは把握してる。だから好き放題してくれたわけで……はぁっ。僕は本当に、彼に甘い。
目当ての本は、資料室の、動植物関連の棚で見つけた。うん、おもしろそうだ。木陰で読むかと、中庭へ向かった。八月とはいえ、湿気が少ないのもあって過ごしやすい。どのベンチがいいかな……と考えながら到着すると、先客がいることが分かった。
女の人だ。見事に波打つ茶色の髪を、一部を残して高く結い上げている。ポニーテールを複雑にした感じだ。薄紅色のドレスが似合う。ふんわりした中に、凛としたものを秘めている印象。年は僕と同じくらいか。親し気にラトゥリオ様の腕に掴まり、無邪気な笑顔で楽しそうに話してる。彼も、優しい笑みを向けている。ズキン、と胸が痛んだ。その子は、「あら」と僕に気付き……僕は来た方へと駆け出した。痛みを堪え、よろめきながら。早く立ち去りたい一心で。
知らない子。綺麗で、優しそうで、性格もめちゃめちゃよさそうで、ラトゥリオ様が気を許している女性。彼の目は、「お前は大事な存在だ」と語っていた。
「いや、だ……」
寝室へ逃げ込み、痛む胸を押さえた。ベッドに突っ伏して、今見たことを頭から追い払おうとしてみたけど、ますます強く焼き付くばかり。
「なんで……ラトゥリオ様……」
『愛している』
『お前を諦めるのは俺が死ぬ時だ』
「そう言ってくれたのに……」
喉に大きな塊がつっかえてる。
「う、ぅ……」
嗚咽が漏れる。涙がシーツを濡らしていく。昨日今日の付き合いじゃない、ずっと以前からだ。僕が知らなかっただけ。あの子が王妃様になるんだ。中和の力があるかどうかなんて、ラトゥリオ様にはどうでもいいこと……彼女との子を育て、彼女と生きていくつもりなんだ。
初恋は叶わない、と何かで読んだっけ。
「はは……ほんとだ……」
叶ったと信じてた。浮かれてた。一方で、覚悟していたつもりだった。政略結婚で、気持ちは僕にある……そんな形を望んでいたんだろうか。問題を先送りにして、現実から目を逸らしてきた。どうすればよかったっていうんだ。子供はいらないんですか?なんて……聞けるわけがない。聞きたくなかった。彼が用意しているだろう答えを、永遠に聞きたくなかったんだ。
「覚悟って……その程度かよ……」
頭が痛い。熱っぽくてぼんやりする。泣きすぎたせいだ。
体を起こし、手の甲で涙を拭った。
「あ……本がない」
資料室で見つけた本。ショックで落としてきたらしい。
「拾ってこないと……」
今日は頭痛で読めそうにないけど、大事な資料だ。きちんと戻してこないといけない。はぁっ。二人は別の場所へ行っただろうか。一階へ降りたら、その足で外出してしまおうか。リナの叔父さんなら、何日か泊めてくれるかもしれない。
そうと決まれば家出の準備と、クローゼットの扉に手をかけたものの、力が抜けて崩れ落ちてしまった。また涙が溢れてくる。
「う……ぐすっ……」
今こそ、シルバーの背中に乗って、どこへなりと飛んで行ってしまいたい。
父さん、母さん、沙良……。
どこかで一人で暮らして、中和の力を持つ子供たちが成長するのを待とうか。ラトゥリオ様と相性のいい人が現れるまでに、例の手段以外の方法で帰る道を探す。彼の魔力が暴走しなければ、僕を抱かなくたっていいんだし……そうしよう。昨夜が最後になるなんて、夢にも思わなかった。幸せだった……。
どっと涙が流れ出し、大きな声が響いた。僕の声だ。叫んでる。幻と化した恋を諦めきれず、世界に訴えれば覆されると空しく願っているかのように、泣き続けた。
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