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第1章 大罪人と救世主
第1話
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地面が跳ねた。いや、違う。跳ねたのは僕だ。バウンドして、勢いでもう一度叩きつけられるところだったのを、足を踏ん張って何とか立った。
「どこだ? ここ」
緑に囲まれてる。足元には、さらさらと流れる小川。僕の右足は木製の橋の上。
「えっと……」
人工物は、この橋くらいしか見当たらない。僕の家も道路も、街灯も電線も、車も自転車も、何も。父さんと母さんの姿もない。呆然としていると、地響きが聞こえてきた。橋が揺れる。
「うわっ……ここも地震かっ」
立っていられないほどの揺れ。目の錯覚か、景色が歪んでパチパチと火花が飛んでいるような……。バキッと音がしたと思ったら、右足が川に突っ込んでいた。流れが速く、見た目より深い。バランスを崩して左足も落ちた。冷たいっ。腰までびしょ濡れだ。足元が安定しない。それだけならまだいい。目の前の景色が、森が、歪むどころの話じゃない、うねってる。絵具を手当たり次第に流したみたいに、形が識別できなくて色だけになっていく。
「何なんだよっ」
「こっちへ来いっ」
「わっ」
ぐいっと腕を引かれて、水の中から引っ張り上げられた。勢い余ってまた地面に激突するかと思いきや、誰かの体の上に倒れ込んだ。その拍子に、唇が何かに触れた。柔らかい。揺れがおさまり、ぐちゃぐちゃだった景色が元に戻っていく。
「あ……」
僕が乗っかっているのは、長い黒髪の男性。服は黒と青を基調としているけど、暗さや冷たさはない。荘厳な感じ。地面に広がってるのはマントかな? どこか陰のある美形。黒い瞳は、大きく見開かれている。
っていうか、この至近距離。まさか今触れたのって、唇? 僕のファーストキス!?
「あ、あの、すみませんっ。ありがとうございました。おかげで……うわっ」
くるっと体を反転させられて、彼が僕を見下ろした。信じられないっていう表情。信じられないのはこっちなんですけど。文句のひとつも言ってやりたいのに、彼の表情があまりにも真剣で言葉が出ない。カーテンみたいに髪が垂れてきて、世界に二人しかいないような感覚に襲われる。トクンと胸が鳴った。その意味を考える間もなく、彼の顔がどんどん迫ってくる。
「じっとしていてくれ……頼む」
返事をする隙を与えず、重なる唇。さっきのは無視するにしても、今度こそ僕のファーストキスは奪われた。甘い疼きが全身に広がっていく。うっとりしていると、舌が唇をなぞった。どうすればいいんだ、これ。戸惑って半開きになったところへ、熱い舌が侵入。歯に当たって気持ちいい……。
いや待て、この状況で気持ちいいとか、何を呑気なこと言ってるんだ。
でも……この人のキス、好きだ。比較対象なんてないけど、きっとすごくうまいんだと思う。投げ出した両手はいつの間にか恋人繋ぎにされて、息継ぎのたびにキスが長く、深くなっていく。舌先が触れ合って、ビビッと電流が走った。何、今の……もう一回……。
「いい子だ」
舌が絡み合い、水音が響く。
「ンッ……はぁ……」
頭がボーっとしてくる。気のせいかな、少し前まで聞こえなかった鳥の声や、風が草の上を渡っていく音が聞こえる。花の香りも漂ってくるみたいだ。
「信じられんが……事実、だな」
やっと唇が解放された。彼は心から安堵しているようだ。僕に説明する気はないらしい。その証拠に、いきなり抱き上げられた。
「へっ?」
二メートルはありそうな彼から見れば、百七十ちょっとの僕は小柄かもしれないけど、お姫様抱っこをされるのはいくら何でも想定外だ。何ならキスより。事態を飲み込めないまま、彼はサクサク歩いていく。
「名は何という」
「希島礼生ですけど」
「レオか。よい名だ。俺はラトゥリオという」
「はぁ」
「どこの者だ。いや……どの世界から来た」
遠慮がちに掴まっていた僕は、その言葉に飛び上がりそうになった。
「おい、暴れるな。一刻も早く王宮へ行かねばならん」
「世界って! 僕、別の世界に来ちゃったんですか!?」
妹の沙良が最近ハマって騒いでた異世界転移ってやつか? 何で僕の身にそんなことが。
「理由は分からん。が、お前がこの世界の者ではないことは明白だ」
「何でそう言い切れるんですか」
「これまでは明らかに、ここには存在していなかった」
「頭がパンクしそうです……」
僕は何で、無理やり降りようとしないんだろう。何で、敬語を使ってるんだろう。ちらっとときめいたけど、この人のこと何も知らないのに。
「あの、王宮って?」
「あれだ。塔が見えるだろう」
「まだ遠い……」
「大したことはない」
伸びた枝や蔓に僕が引っ掛からないように、気を付けて歩いてくれている。この世でたったひとつの宝物みたいに抱えられて、勘違いしそうになる。いやいや、勘違いって何だ。僕がおとなしくしてるのは、異世界に来たならまずは自分がどういう場所にいるのかを見定めるのが重要だからであって、王宮っていうのはその土地の中心にあるんだろうから……あれ?
「どうした」
「いきなり行って大丈夫なんですか。門前払い食らったりしませんか」
「実におもしろい質問だ。ふむ。どうなるか、このまま進んでみるとしようか」
「そんないい加減な」
王宮に入れなくて、一夜の宿にも困る羽目に陥ったらどうしよう。そしたらこの人の家に泊めてもらえばいいか。貞操の危機の予感はあるけど。
彼は冗談めかした口調ではあるものの、歩く速度は緩めない。何かを急いでいることは確かなようだ。僕がそんなに必要なんだろうか。貢ぎ物……あり得る。平凡な大学生で、十九歳になったばかりの僕に、多くを望む人がいるとは思えない。ってことはこのままだと殺される!?
「ん?」
優しく向けられた目は、自分が大変なんだろうに僕を怖がらせないよう気にしてくれている。
「あなた、悪い人じゃない……ですよね」
「どうかな。今のところ、類のない大罪人だ」
「えっ!?」
「それを覆すことができるかもしれん。そうしなければならない」
「僕を生贄にするとかですか!?」
「何を言う。誰も死なせはしない……死なせてなるものか」
あ、そうなんだ。ホッとしたけど、気になる。男の僕から見ても完璧にかっこいいのに、この人は何を背負っているんだろう。
びしょ濡れで気持ちが悪かった服と靴は、あらかた乾いてきた。空気がそれほど乾燥しているとも思えないのに、謎だ。
「着いたぞ」
「どこだ? ここ」
緑に囲まれてる。足元には、さらさらと流れる小川。僕の右足は木製の橋の上。
「えっと……」
人工物は、この橋くらいしか見当たらない。僕の家も道路も、街灯も電線も、車も自転車も、何も。父さんと母さんの姿もない。呆然としていると、地響きが聞こえてきた。橋が揺れる。
「うわっ……ここも地震かっ」
立っていられないほどの揺れ。目の錯覚か、景色が歪んでパチパチと火花が飛んでいるような……。バキッと音がしたと思ったら、右足が川に突っ込んでいた。流れが速く、見た目より深い。バランスを崩して左足も落ちた。冷たいっ。腰までびしょ濡れだ。足元が安定しない。それだけならまだいい。目の前の景色が、森が、歪むどころの話じゃない、うねってる。絵具を手当たり次第に流したみたいに、形が識別できなくて色だけになっていく。
「何なんだよっ」
「こっちへ来いっ」
「わっ」
ぐいっと腕を引かれて、水の中から引っ張り上げられた。勢い余ってまた地面に激突するかと思いきや、誰かの体の上に倒れ込んだ。その拍子に、唇が何かに触れた。柔らかい。揺れがおさまり、ぐちゃぐちゃだった景色が元に戻っていく。
「あ……」
僕が乗っかっているのは、長い黒髪の男性。服は黒と青を基調としているけど、暗さや冷たさはない。荘厳な感じ。地面に広がってるのはマントかな? どこか陰のある美形。黒い瞳は、大きく見開かれている。
っていうか、この至近距離。まさか今触れたのって、唇? 僕のファーストキス!?
「あ、あの、すみませんっ。ありがとうございました。おかげで……うわっ」
くるっと体を反転させられて、彼が僕を見下ろした。信じられないっていう表情。信じられないのはこっちなんですけど。文句のひとつも言ってやりたいのに、彼の表情があまりにも真剣で言葉が出ない。カーテンみたいに髪が垂れてきて、世界に二人しかいないような感覚に襲われる。トクンと胸が鳴った。その意味を考える間もなく、彼の顔がどんどん迫ってくる。
「じっとしていてくれ……頼む」
返事をする隙を与えず、重なる唇。さっきのは無視するにしても、今度こそ僕のファーストキスは奪われた。甘い疼きが全身に広がっていく。うっとりしていると、舌が唇をなぞった。どうすればいいんだ、これ。戸惑って半開きになったところへ、熱い舌が侵入。歯に当たって気持ちいい……。
いや待て、この状況で気持ちいいとか、何を呑気なこと言ってるんだ。
でも……この人のキス、好きだ。比較対象なんてないけど、きっとすごくうまいんだと思う。投げ出した両手はいつの間にか恋人繋ぎにされて、息継ぎのたびにキスが長く、深くなっていく。舌先が触れ合って、ビビッと電流が走った。何、今の……もう一回……。
「いい子だ」
舌が絡み合い、水音が響く。
「ンッ……はぁ……」
頭がボーっとしてくる。気のせいかな、少し前まで聞こえなかった鳥の声や、風が草の上を渡っていく音が聞こえる。花の香りも漂ってくるみたいだ。
「信じられんが……事実、だな」
やっと唇が解放された。彼は心から安堵しているようだ。僕に説明する気はないらしい。その証拠に、いきなり抱き上げられた。
「へっ?」
二メートルはありそうな彼から見れば、百七十ちょっとの僕は小柄かもしれないけど、お姫様抱っこをされるのはいくら何でも想定外だ。何ならキスより。事態を飲み込めないまま、彼はサクサク歩いていく。
「名は何という」
「希島礼生ですけど」
「レオか。よい名だ。俺はラトゥリオという」
「はぁ」
「どこの者だ。いや……どの世界から来た」
遠慮がちに掴まっていた僕は、その言葉に飛び上がりそうになった。
「おい、暴れるな。一刻も早く王宮へ行かねばならん」
「世界って! 僕、別の世界に来ちゃったんですか!?」
妹の沙良が最近ハマって騒いでた異世界転移ってやつか? 何で僕の身にそんなことが。
「理由は分からん。が、お前がこの世界の者ではないことは明白だ」
「何でそう言い切れるんですか」
「これまでは明らかに、ここには存在していなかった」
「頭がパンクしそうです……」
僕は何で、無理やり降りようとしないんだろう。何で、敬語を使ってるんだろう。ちらっとときめいたけど、この人のこと何も知らないのに。
「あの、王宮って?」
「あれだ。塔が見えるだろう」
「まだ遠い……」
「大したことはない」
伸びた枝や蔓に僕が引っ掛からないように、気を付けて歩いてくれている。この世でたったひとつの宝物みたいに抱えられて、勘違いしそうになる。いやいや、勘違いって何だ。僕がおとなしくしてるのは、異世界に来たならまずは自分がどういう場所にいるのかを見定めるのが重要だからであって、王宮っていうのはその土地の中心にあるんだろうから……あれ?
「どうした」
「いきなり行って大丈夫なんですか。門前払い食らったりしませんか」
「実におもしろい質問だ。ふむ。どうなるか、このまま進んでみるとしようか」
「そんないい加減な」
王宮に入れなくて、一夜の宿にも困る羽目に陥ったらどうしよう。そしたらこの人の家に泊めてもらえばいいか。貞操の危機の予感はあるけど。
彼は冗談めかした口調ではあるものの、歩く速度は緩めない。何かを急いでいることは確かなようだ。僕がそんなに必要なんだろうか。貢ぎ物……あり得る。平凡な大学生で、十九歳になったばかりの僕に、多くを望む人がいるとは思えない。ってことはこのままだと殺される!?
「ん?」
優しく向けられた目は、自分が大変なんだろうに僕を怖がらせないよう気にしてくれている。
「あなた、悪い人じゃない……ですよね」
「どうかな。今のところ、類のない大罪人だ」
「えっ!?」
「それを覆すことができるかもしれん。そうしなければならない」
「僕を生贄にするとかですか!?」
「何を言う。誰も死なせはしない……死なせてなるものか」
あ、そうなんだ。ホッとしたけど、気になる。男の僕から見ても完璧にかっこいいのに、この人は何を背負っているんだろう。
びしょ濡れで気持ちが悪かった服と靴は、あらかた乾いてきた。空気がそれほど乾燥しているとも思えないのに、謎だ。
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