あなたの世界で、僕は。

花町 シュガー

文字の大きさ
上 下
32 / 49
リクエスト番外編

2

しおりを挟む





「ただの気まぐれだったとしても、アーヴィング様からいただけた花はとても大切でした」

侍女から小さな花瓶を貰い、自室の机の上に置いて毎日毎日水を替えた。

親しく話せる人はいなかった分、自然とその花に向かって話しかけてしまって。
こっそり話をする僕の声を、いつもいつも聞いてくれていた。

「ひと月くらいは保ててたんですけど、やはりだんだんと枯れてしまって……それで、押し花にしたんです」

生きてるのだからしょうがないこと。
だけど、初めて自分の番から貰ったのに捨ててしまうのは勿体なくて、嫌で。

押し花にして時を止め、栞にしてずっと眺められるようにした。

「訓練場でもその花の話はしていたが、まさかひと月も保っていたとは……王妃様は一週間ほどで枯らしたとおっしゃっていたのに」

「きっと一輪だったからですよ。目が行きやすかった分世話もしやすかったので」

「そう、か……

なぁ。君はこの花に、一体どんな話をしていたんだ?」


隣に座ったアーヴィング様が、栞の花を撫でながら訊いてくる。


「そう、ですね……
城での生活についてやその日の食事の話、習った勉強の復習、あと散歩をしているときに出会った方々の話とか、訓練場での兵士の皆さんの様子とか」

勿論、パドル様に関することもこっそり話していた。
知らない間にポロリと口から漏れていて、抱えきれない不安や感情を、静かに吐き出した。


「けど、多分1番話をしたのは、貴方のことです」


恥ずかしいけど、きっとそう。
自分以外の誰にも…アーヴィング様本人にさえ告げれなかった想い。

『今日は訓練場でこんな話をした』
『アーヴィング様はとてもかっこよくて勇敢で、大きな手はあんなにも温かい』
『僕があの方の運命の番なんて、夢みたいだ。嬉しいなぁ』
『それを言える日は……来るのだろうか』
『王妃様の専属騎士、凄くお似合い。僕なんかとは釣り合わなすぎて、恥ずかしい』
『嫌われてしまっただろうか。本当のことを言えば良かったのかな。でも、言ってしまったら多分…全てが……』
『ねぇどうしよう、もうどうすればいいかわからない』
『僕は……』

『僕は多分、運命関係なく…あの方のことが好きなんだ』

あの方が大切にしているものを、僕も大切にしたい。
命をかけて守り抜いたものを、僕も守りたい。

その為なら、僕はーー


「リシェ」


「っ、ぁ、はい」


「今度、一緒に街へ行こうか」

「え?」

下がってしまっていた視線をあげると、アーヴィング様が優しくこちらを見ていた。

「まだ体調が万全ではないから、休憩を挟みながらゆっくり。辛いようなら俺が抱えてもいい。
リシェの出身地には無かった食べ物や飲み物がたくさん売ってる。そこら中で響く音楽だって、もしかしたら初めて聴くものかもしれない。
花も服も装飾品も、人の言葉にだってきっと新しい発見があるはずだ」

それらを共に感じて、吸収して、楽しんで。


「この花以上の思い出を、君に渡してやりたい」


「っ、」


「この一輪の花は、やりすぎなくらい仕事をしたな」

「ははは」と苦笑しながら、栞を僕に返してくれる。

「リシェのその想いを、俺も聞いてやりたかった。
抱えきれぬ不安を、共に抱えてやりたかった。
もっとちゃんと見ていれば……君の身体に傷が付くこともなかった」

「それは!」

「だが所詮、後の祭りだ。
だから、これからは俺が君の全てを聞き、叶えていきたい」

「ぁ……」

ふわりと、大きな身体に包まれた。

「リシェは抱えすぎることが多い。
もっとなんでも話してくれ。それこそ、この花にしていたように。
俺もちゃんと話をするから、な?」

「っ、」

「先ずは街へ行こうか。
リシェが守り抜いた国の、最も栄えている街だ。人が多くとても賑わっているぞ」

「……っ、はい、ぜひ行ってみたいです」

「よし、では俺の次の休みにしよう。
欲しいものは全て買ってやるから、そのつもりでな」

「えぇっ!? そんな、それは全然」

「遠慮はいらん。俺がしたいからするだけだ。
帰りには、王妃様へ上げたもの以上に大きな花束を持って帰ろう。
この部屋に飾るから、それ用の花瓶もな。一緒に気にいるものを選ぼうか」

「~~~~っ、はぃ」


ーーたくさんたくさん、話をしよう。

なんでもいい、他愛無い話を。
今日は何があったとか、何が食べたいとかこれがしたいとか。
そして、それを2人で知って共有していきたい。

そうやって、生きていこう。


きつく抱きしめられるのを、背中に手を回し抱きしめ返す。

これからも、この先ずっと続く幸せな日々を、思い描きながら。

逞しく優しい温度の中で、目を閉じた。






~fin~




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

なぜか大好きな親友に告白されました

結城なぎ
BL
ずっと好きだった親友、祐也に告白された智佳。祐也はなにか勘違いしてるみたいで…。お互いにお互いを好きだった2人が結ばれるお話。 ムーンライトノベルズのほうで投稿した話を短編にまとめたものになります。初投稿です。ムーンライトノベルズのほうでは攻めsideを投稿中です。

あなたが好きでした

オゾン層
BL
 私はあなたが好きでした。  ずっとずっと前から、あなたのことをお慕いしておりました。  これからもずっと、このままだと、その時の私は信じて止まなかったのです。

元ベータ後天性オメガ

桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。 ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。 主人公(受) 17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。 ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。 藤宮春樹(ふじみやはるき) 友人兼ライバル(攻) 金髪イケメン身長182cm ベータを偽っているアルファ 名前決まりました(1月26日) 決まるまではナナシくん‥。 大上礼央(おおかみれお) 名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥ ⭐︎コメント受付中 前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。 宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。

欠陥αは運命を追う

豆ちよこ
BL
「宗次さんから番の匂いがします」 従兄弟の番からそう言われたアルファの宝条宗次は、全く心当たりの無いその言葉に微かな期待を抱く。忘れ去られた記憶の中に、自分の求める運命の人がいるかもしれないーー。 けれどその匂いは日に日に薄れていく。早く探し出さないと二度と会えなくなってしまう。匂いが消える時…それは、番の命が尽きる時。 ※自己解釈・自己設定有り ※R指定はほぼ無し ※アルファ(攻め)視点

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

処理中です...