運命の見つけ方

花町 シュガー

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虹薔薇の場合

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『でさー、そのカメラマンとスタイリストの仲最悪だったみたいで全然現場進まなくて、ずっとあぁだこうだ言ってんの。事前の打ち合わせはどこ行ったんだって。おかげさまで結局ーー』

今日も今日とて止まらない愚痴。
けど、最近は全部右から左へ素通りしてしまっている。
前なら相槌のひとつ挟んだのに。

(俺、どうしたらいいんだろ……)

現状を知らなかった。
あの日学校で彼を見てから授業どころじゃなくなって、すぐ部屋に戻りネット記事を漁りまくって。

確かにここ最近の橋立宙斗の話題が少ない。
ポッと出の新人のほうが多くピックアップされてるし、ドラマや映画も彼がしそうな役には他の人が選ばれている。
TV露出はあるものの、橋立宙斗の人気には陰りが出ているような感じ。

ーー正に、煌びやかな業界からひと線置かれようとしていた。


「っ、」


〝知らなかった〟なんて、おこがましい。
クライアントなんだから調べとけ。ってかそもそも運命の相手だろ、何やってんだ自分。
なんにも知らずに曲作ってやろうとか何様だ。

橋立さんも事務所も〝売れる曲〟をお求め。
『売れるなら何でもいい』と、どんな曲でも歌うと言ってくれた。
なら、純粋に今トレンドの音やフレーズを使えばいい。
聴き馴染みのある曲は、大抵すんなり人のプレイリストに追加される。その歌手欄を見て「え、橋立宙斗!? 歌うの!?」となれば意外性で注目を浴びる。それにKluの新曲というのも上乗せされ希望通り売れるだろう。
単純明快な道すじ。

(…でも、本当にこれでいいのか……?)

こんな簡単でいいのか?
厳しい業界で懸命にもがき続けている彼を
毎日腹の底でこんなに鬱憤を溜めながら、それでもシャンと綺麗に立っている彼を
俺は逃げたのにひたむきに立ち向かっている彼との、この仕事を

こんなに呆気なく、終わらせてもーー


『あのさ』


「っ、ぁ、はぃ」


知らず知らず静かになっていたベッドホンから、ポツリと声が聞こえた。



『カケルって知ってる?』



「………ぇ」



『むかし天才子役って言われてた子。
もう引退しちゃったけど』


演技も、バライティーでのトークも、合間の立ち振る舞いも、全てが完璧で。

『芸能人興味なかったけど、たまたまTVで観て『すげぇ…!』ってなったんだよね。一緒に映ってる人たちと違ってキラキラしてて、同い年なのにこうなれるのかって。それが、僕の芸能界への第一歩』

〝僕もあぁなりたい〟
その瞬間から、足は自然と芸能事務所やオーディション会場へ向かっていた。
何度も落ちたけどへこたれず受けて、やっと拾ってもらえた処で自分を成長させ、大手の事務所に移籍して。

(もう少し、もう少しでカケルと共演できる!)

きっかけをくれた人と、会えるかも……!

ーーカケルが引退したのは、そんなときだった。

『あっさり辞めちゃったんだ、本当なんの前触れもなく。
その後の話も聞かないし、あんなに一生懸命してたのに未練もなにもないんだなって腹が立って』

けど、腹が立ったのはこの業界にも。
偉大な奴がいたのにもう次へ光を当てている。しょうがないことだけど、それによって世間がカケルが忘れていくのが嫌だった。

勝手に辞められてしまった。
自分のことを認知してもらう前に。
それに意地張って『なら絶対自分は続け抜いてやるんだ』と突っ走ってきて、今。


『僕、なんでアイツが辞めたか分かるんだよね』


業界に入りたての頃・波に乗っていた頃は気づかなかった〝人気〟という重圧を背負い続ける大変さ。
常に新しいものを求める世間とのギャップを埋める過酷さ。
それを一身に背負いすぎて、折れたんだ。

分かる、僕もしんどい。
でも、もうちょっと、もう少し。
自分にはまだ何かあるはず。それを引き出せば、きっとまだ輝ける。
だから諦めるな。まだ、まだ。

ーーでも。


『Kluさんへの依頼も、そういう自分のまだ見ぬ何かを探したくて事務所から提案されたんだよね。
…けど、なんかもう 疲れた。

僕、これが終わったら引退しようかなーなんて』


「は……」


『あ、いまマイナス思考だからとかそういうのじゃないから。
前々から考えてたんだ。そもそもカケル追いかけてここ来たのにアイツのいない場所で頑張ってるの矛盾だなって。
こんなにストレス溜めて仕事こなしてるのも馬鹿らしくてウケるし。この業界なんでキラッキラして見えるんだろうね、カケルに会ったら一発殴らせてほしい、騙されたわほんとっ。 あとーー』

コトリと、何かを机に置く音。

『僕の学校ちょっと特殊でさ、これ以上人気落ちてく恥ずかしい姿見せたくないんだよね。
だから、もう潔く辞めて素の自分でいたいかなって』

「誰に、見せたくないの?」なんてそんなの決まってる。
机上でクルクル指輪を回す音。
彼は、どんな表情でそれを見つめてるんだろう。

グッと首からぶら下がったものを握る。
服の上からでも感じられるそれは、確かな重みと薔薇の凹凸をしっかり訴えてきていて。


(ーーっ、おれ、は)


『どう? やる気になった?
なんか知らないけど最近凹んでるみたいだったから、はっぱかけるつもりで言ったんだけど。
まぁいい機会だし、ここまで待ってるんだからいいのじゃなきゃ困し? 待ち損とかマジでかんべnーー』


「橋立さん」


『っ、』


思ったよりしっかりした声が出て、会話が止まった。


(……まだ、)

まだ、聞こえてきた言葉全てを理解してない。
大混乱で、頭が熱くてグラグラしていて、まだまだ消化不良中で。

でも、


(でも、言葉 が、どんどん 溢れて きて)


伝えたいことが、多すぎ、て


いっぱい、文字が  浮かんでーー



「………っ!あのーー」







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