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振り返った浜辺に、母さんと父さんがいた。


「待って…待ちなさい……お願いだからっ」


「あれは誰だ?」

「俺の、両親……」

再び海へ降ろしてもらい、身体をそちらに向ける。

「母さん……ぁの、俺……っ」

なんて言えば、いいんだろう。

この人と生きていきたいので、別の世界に行きます?
そもそも人じゃないし言ってることが突拍子すぎてやばい。
じゃあなんて言えば? 早くしないと魔法陣が閉じてしまう。
母さんたちには寂しい思いをさせるけど、とか俺が言えたものじゃない。
もっと、何かいい言葉はーー


「行くんでしょう? 別のところへ」


「………ぇ?」


呆然とした先、2人が笑っていた。

「思っていたの。
この子は何処か他のところから来たんじゃないかって」

あまりに言葉を覚えない。
洋服だって着てくれないし、訳を聞くと「ちがう」と言われる。

〝違う〟ということは〝そうだ〟という正解を知っているということだ。
ならば、この子にはもしかしたら此処ではなく何処か別の場所があるのでは。
その瞳は、なにか別のものを望んでいるのではないか。

「でも、あなたは確かに私が産んだのよ…私とこの人の、子どもなの……っ」

その場所に、我が子をあげたくないと思った。
だから、どうにかしてこの世界の型にはめようと…当たり前に染めようと、必死になった。

けれど、自殺を図り病院へ運ばれた時……悟った。

ーーあぁ…それはただの、自分たちのエゴだと。


「ねぇ? そちらへ行けば、あなたはちゃんと幸せ?」


「っ、」


「あなたはっ、もう作り笑いなんかせず、大人や周りの子たちにも気を遣わず、あなたらしくやっていける……?」


「~~~~っ!」


ボロリと出てきた涙が、頬を伝った。

両親は、全部知っていたんだ。
俺が知るよりずっと前から、もう。
それでもなお、そんな俺を愛しようと必死に向き合ってくれていた。

「かぁ…さ……っ」

「高校のこと、また追い詰めちゃったわね。
目が覚めたあなたをどうにか捕まえておきたくて、つい無理強いをしてしまっていたの。
本当に…もうずっと前から、私たちーー」

「違っ、違うんだ……」

そんな謝罪の言葉、要らない。
謝らないといけないのは俺の方だ。

気づかなくてごめんなさい。
逃げてしまって、ごめんなさい。
幼い頃からの事も、学校での事も、勝手に自殺した事も、全部全部…俺……っ。


「顔を上げなさい」


ハッとすると、父さんが母さんの肩を支えていた。

「俺たちの息子は、こんなところで泣く男じゃない筈だ」

「とお…さ……」

「こちらのことは気にするな、母さんには父さんがいる。父さんにも母さんがいる。俺たちは2人でもきっと幸せだ。
だから、胸を張って行きなさい」

「っ、」


胸を張って、自分が本当に笑って泣いて幸せに過ごしていけるような

そんな、場所へーー



「~~~~っ、はい」



流れる涙を拭いもせず頷く俺の頭を、優しい手が撫でてくれる。

「君が、その子を迎えにきたのか?」

「そうだ。この世界で眠っていた間も、共にいた」

「そう、だったのね……その子のこと、どうかお願いします」

「任せろ。もう二度と危険な目には合わせぬ」

流暢な日本語を話すエルバに驚きながら、グッと体を引き寄せられる。

あぁ、行くんだ。
この世界から、向こうの世界へ。
身体ごと行くから、もう二度と此処へは戻って来れないんだろう。

歩き出す長身に連れられながら、必死に両親を見る。

母さん、父さん。
今までいっぱい、ごめんなさい。
変だった俺を理解しようと悩んでくれて、愛してくれて、ありがとう。

俺、多分……2人に会うために此処へ産まれてきたんじゃないかって思うんだ。
真剣に俺のことを考えてくれた母さんと、優しい父さん。
そんな2人の前から居なくなるなんて、なんて親不孝者なんだろう。
でも、今エルバの手を解いて戻っても、絶対また「行きなさい」って背中を押してくれると…思うから……

だから、俺は



「~~っ、いってきます! 母さん、父さんっ」



「「いってらっしゃい。 蒼澄(あずみ)」」



出会ってくれて、ありがとう。
産み落としてくれて、ありがとう。

俺は、俺はあなたたちの息子で


本当に、幸せでしたーーーー




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