ネモフィラの花冠

花町 シュガー

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(何処だ……?)

徹底して風邪を治し、熱を下げてなんとか文化祭へ参加した。
当日は驚くほど忙しくて、実行委員はみんな祭りを楽しむことなくバタバタ動き回り、俺も生徒会と両立しながら必死に仕事をこなした。

そのまま無事に文化祭は終わって外部の客は帰り。
生徒たちのみで、いよいよ後夜祭の時間。

「っ、ここにもいないか……」

後夜祭の開会と閉会の挨拶、その他もろもろを副会長に任せてきた。
だから後夜祭の時間帯俺はフリーに動くことができて。

(「変わってやってもいいけど、その代わり探し人紹介しろよ」なんて…興味あったのか)

まぁ、「俺も一緒に探してやる」とか熱心に言ってくれてたもんなぁ。

〝あの子〟は、目が青い。
それでこの学園にいるということは、恐らくカラコンの類い。
目が青い生徒なんて、いたらすぐに噂になる。
だが、これまでそんな話ひとつも聞いてない。

(きっと、上手く隠してるんだ)

恐らく知っているのは担任の先生もしくは保険医。
同室者も知ってるかもな……クラスメイトまでは知らないはずだ。

そんな秘密をひた隠しにして〝普通〟であろうとしている子のことを守りたくて、これまで誰にも口を開いたことが無かった。
先生に聞けば一発だろうが、なんとしても自分の力で見つけ出したくて。

(何処にいるっ)

早く、早く会って…真実を。
話をしたい。

……嗚呼、そうだ。


『ねぇ、なんで泣いてるの? 苦しい? 痛かった?』


あの日、抱いてる最中。
切なそうな表情のその子を見下ろしながら、声をかけたんだ。

『ちが…違うんです、今が幸せすぎて……

このまま、時が止まってしまえばいいのになぁって』


『っ、』


消えそうなくらいふわりと笑うそれに、心臓がギュウッとなって。
酔っ払ってるくせして何故か俺まで泣きそうになって。

(あの時、抱きしめたまま眠ればよかった)

消えそうだと思ったら本当に消えてしまった君を……
ずっと俺の中に閉じ込めておけばーー


「……ぁ」


遅れてるクラスを手伝うため一緒に看板を塗った庭。
そこに、ポツリと佇む小さな背中。


「唐草君!」


ビクッ
「っ、明先輩……?」


ハッと振り向くその顔。
大きな額縁眼鏡の、その奥の瞳。

(嗚呼、間違いない)


俺がずっと探してたのは ーーこの子だ。


「ど、して……後夜祭の挨拶は」

「副会長にお願いしたよ。君と話がしたくて」

「っ、」

勢いよく俯かれる視線。

(クスッ、あぁもう……)

「目線は合わせる、でしょ?」

いつかの日のように顎へ手をやり上を向かせる。
その瞳は、既に涙で潤んでいた。

「なに泣いてるの……?」

「っ、かな、しくて……」

「なにが悲しいの?」

「僕……この学園、追い出されますよね…っ?」

ヘラリと苦しそうに笑う顔に、胸が酷く締め付けられた。

「〝普通〟になろうと結構頑張ったんですけど…いや、こういうのは頑張っちゃいけないですよねっ。ごめんなさい……
中学から今まで、本当に楽しかったです。僕を普通に見てくれる人なんていなかったから、学校がこんなに楽しい場所だなんて…知らなかった……
いっぱいいっぱい、思い出ができました」

大粒の涙がポタポタ垂れて、眼鏡の縁に溜まる。
空いてる手でそれをはずすと、知ってる黒い目が現れた。

「先輩、〝あの日〟のこと思い出したんですよねっ?」

「うん、そうだね。だから君に会いに来た」

「保健室での会話も…覚えてますか?」

「朧げだけどね。なんとなくは」

「そ、ですか……

ぁの、先輩。僕は本当になにもーー」


「〝僕は、あなたを許します〟」


「っ、」


「君がくれた言葉だね」


……嗚呼、ほんと

(どうして自分で言った言葉で傷ついてるのかなぁこの子は)

自分で自分を切り裂いて、何をしてるんだか。


ふわり


「っ、ぇ……?」


びくりと震えた体を、大丈夫と言うように優しく抱きしめる。

「俺ね、これまで誰にも君の秘密を言ってないよ? 誰に聞いてもいない」

「で、でも役を代わったってことは副会長さんは」

「あいつも結局まだ知らないままなんだよ。知らないのに代わってくれた。お人よしなんだよねきっと。だからさ、
ーー〝君の瞳が青いこと〟は、まだ誰にも知られてないよ」

「っ、」

「ねぇ。このカラコンは目への負担はどれくらい? 痛めつけちゃってるの?」

「ぇ、いぇ…そんなには……時々痛い時もあるけど、でももう慣れたし」

「ダメでしょうが」

「へ? 」


「君の瞳は〝綺麗〟なんだから、傷つけちゃ駄目」


「ーーっ!」


大きく見開かれる黒い瞳。
できれば青色で見たかったなぁと苦笑しつつも、しっかりその視線を見つめ返す。

「唐草君は、俺が思い出したから君をこの学園から追い出すってこと考えてるようだけど、そんなの絶対ないからね。
追い出す意味がわからないし君は恩人だ。寧ろ酒なんか呑んでた俺こそ退学ものだよ」

「ぃ、いやそれはそうかも、ですけど……でも、僕は普通じゃないから」

「言ったよね? 俺が普通であるのと同じように、君もちゃんと普通だって」

例えば、生まれながらに髪が赤っぽい人もいる。
遺伝的に顔中にそばかすがある人もいる。
太っていたり痩せていたり、一重まぶただったり二重だったり。
そんな風に世の中にはたくさんの〝普通〟が溢れていて。

「だから、君の青い瞳も〝普通〟だ。別の言い方にすると〝個性〟かな?」

「こ、せい……」

「そう。だから無理に隠す必要はない。唐草君が怖いと思うなら隠してもいいけれど、でも痛みを耐えてまでする必要はないんじゃないかな?
俺は生徒会長だし、場合によっては俺が先生や生徒に事情を話すこともできる」

「っ、えぇ!?」

ってかこういう時の生徒会長じゃないか?
生徒が守れなくて何が会長?

(っと、まぁ役職もあるんだけど、さ)

それ以上に、俺はーー


「唐草 瑠璃(ルリ)くん」


「っ、は、はぃ」


「君が、好きです」


「ーーーーぇ、」


再び大きく開かれた目。
その瞳いっぱいに、俺が映った。

「あの日から、1日も君を思い出さなかった日は無かった」

綺麗な青い瞳はもちろん。
今にも消えそうな雰囲気や、小柄なのに懸命に重い体を俺の部屋まで運んでくれた健気さ。

想えば想うほど惹かれていって……気がつけば探し回っていた。

(考えついたら即行動!って感じはするけど、まぁそういうとこも可愛いよね)

必要あらば俺がストッパーになるし。

「君と一緒のグループになってからも、なんでか君を目で追ってた。それでこの場所で声をかけて……多分、あの日を思い出さなくても俺は唐草君に惹かれてたんだと思う。
思い出してよかったけどね」

〝僕は、あなたを許します〟
あれは、これまでずっと罪悪感を抱いてた俺を思って言ってくれたんだよね?
自分の気持ちを奥底に仕舞い込んで、「もう苦しまなくてもいいよ」って気持ちをくれたんだよね?
嗚呼、本当に優しい。優しすぎいじらしいくらいに優しい。

「ねぇ、あの日君がくれた〝あなたを好きになってよかった〟って言葉。
あの有効期限は、まだ続いてますか?」

「っ! っ……っ、」

多分、今いっぱいいっぱいで頭がパンクしてる。
顔を真っ赤にさせ口をぱくぱくさせてる姿に「ぷはっ」と吹き出し、ゆっくりでいいよと頭を撫でた。

(君は、いつから俺を好きだったんだろう?)

君にとっての俺は、いつから始まった?
いつから俺のこと見てたの?
全部全部、教えてほしい。

君と一緒に
君の綺麗な瞳を1番近くで見ながら、この先を歩んでいきたい。

「ぁ、ぁの……っ、」

ようやく出てきた、震える声。

「ゅ、有効期限なんてそんなのありませんっ、
僕も…ずっとずっと……あの日から変わらず、明先輩のことが……好きでしたぁっ」

ぶわっとまた一気に溢れ出した涙に、つられて泣きそうになる。

一生懸命で、努力家で一途。
最高に可愛くて優しくて素直で、最高に綺麗な瞳。

こんなの、最高以外のなにものでもない。

(もう絶対、離さない)

二度と、消させたりはしない。
ずっとずっと手を繋いでいよう。

「ね、唐草君。キスしていい?」

「っ!ぁ、え、はぃ……ぁ、やっぱりちょっと待ってくださ、コンタクトはずしてもいいですか…?」

「大歓迎」

ガサゴソ
まるであの日のように背を向けて外し始めるのを見つめる。


ーーさぁ。

俺が見つけた
俺だけの、花のような愛らしい瞳が目の前に現れるまで


後、5、4、3、2、1 ーーー

















(ねぇ唐草君。
俺ね、君を見つけたら絶対したいことがあったんだ。)

(? なんですかっ?)

(名前呼びながらセックス。)

(!?)

(あの時は中学生だったし童貞だったし、おまけに酔ってたしで本当最悪だったと思うから、次は優しくゆっくり……ね?)

(ぇ、ぁ、ぁのっ、)

(大丈夫。俺ずっと君一筋だったから、上手く抱けるよう勉強しまくってたんだよね。だから任せて。)

(勉強…しまくっ……?)

(ってことで後夜祭抜けてこのまま寮帰ろう? もう我慢の限界……ね? いいでしょ〝瑠璃〟?)

(ーーっ!
ぉ、お手柔らかにお願いします……明先輩っ、)

(よし!じゃぁ帰ろっ!はいお姫様だっこーでダッシュ!)

(えっ!? わぁっ、)



fin.








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