前世の記憶がありまして。

花町 シュガー

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(今宵…だね)

窓から覗くのは、まんまるな満月のお月様。

引き出しを開けて短剣を取り出し、ドアをガラッと開けた。
不思議と部屋の子たちは誰も目を覚ますことはない。

そのまま、裸足で嫌に静かな廊下をヒタヒタ歩いていく。

やっぱり魔法がかかってるのかな?
刃物を持った子どもが歩いてるのに、警察の人も看護師さんも、誰もやっては来なくて。


(……ここだった、よね)

ピタリと、ひとつのドアの前で止まった。
あの日一緒にココアを飲んで話した、先生の仮眠室。
扉に手をかけると、やっぱり鍵はかかってなくてスルリと開くことができた。

〝先生〟

カーテンの奥。
シャッ!と開けると、そこには気持ちよさそうに寝息を立てている先生がいた。

それに馬乗りになって、短剣を高く構える。

そして、そのまま



〝ーーーーっ!〟



勢いよく、振り下ろしたーー










カランッ!!





(…………なぁんて、出来るはずないじゃん)


振り下ろして投げ捨てた短剣が、くるくる回って鈍い音を立てる。

〝ねぇ、シルウィズ様〟

あの時も、こうやって私は短剣を投げ捨てて立ち去ってしまいました。
決して私にではなかったけれど、幸せそうに笑いかけている貴方を失う事は、どう頑張ってもできませんでした。

〝今も、一緒なんです〟

婚約者の方へ優しく笑いかける貴方を、消す事など出来なかった。

〝ねぇ、先生。
僕ね、あの時貴方が見せてくれた海の写真、凄く嬉しかったんです〟

「どうしてだか分からないけど、海が好きなんだ」と幼い頃から撮り続けた、様々な海。

あれは、もしかしなくても僕のことを思い出そうとしてくれてたんですか?
記憶は無くとも、無意識に人魚と出会ったあの日のことを……想ってくれていたんですか?


〝もしそうだったなら…いいなぁ……っ〟



ーーそれは、貴方の魂の中に少しでも私がいたという、証だ。



ちゃんと顔を見たいのに、涙で視界が歪んできてどうしようもない。


〝ねぇ、先生〟


実は僕、前世でひとつだけ後悔してることがあるんです。


〝今度は後悔したくないから……許してくれますか?〟


眠っている先生の頬へ、両手を添える。

貴方は魔法がかかって深い眠りに落ちてるから、きっときっと 気づくはずがない。

それでも、眠る先生に優しく笑いながら


触れるか触れないか程の……小さな小さなキスを落とした。



〝さよなら、先生〟



そのままふわりと床へ降り、部屋を出て行った。







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