上 下
6 / 12

6

しおりを挟む



「凛くんココアは好き?」

こくんっ

「そっか良かった。待っててね」

長くいるけど初めて入った、先生のプライベートな空間。
夜勤の時とか、ここで寝たりしてるんだな……

「どうぞ」とマグカップが渡され、暖かくてほぉっと息を吐く。

「凛くんよく頑張ったね。ナースコール押してくれて助かったよ、ありがとう」

同じくマグカップを持った先生に微笑まれ、思わずキュゥッと心臓が鳴る。

(うぅぅ…顔が熱い……っ)

直視できなくてふらふら彷徨わせた視線が、あるものを見つけた。

「ん? どうしたの凛くん……

あぁこれね」

壁に無数に貼ってある、写真。
それは、場所は違えど全て海を撮ったもの。


「先生ね、海が好きなんだ」


〝ぇ?〟


「見てると、何だか懐かしい気分になってしまって」


〝ーーっ、〟


写真を眺める先生の表情は、とても穏やかだった。

「自分でもよく分からないけど、幼い頃から海が好きでいっぱい写真を撮ってたんだ。両親も海の見える色んな場所に連れて行ってくれてね。本当に……もう数えきれないくらい写真がある」

これらは、その中のほんの一部らしい。

「撮っていたら写真自体が面白くなっちゃって。でも先生は医者の一家に生まれたからね、自分も医者になった。けどやっぱり撮ることを辞められなくて、仕事の合間とかに撮りに行って……そんな時、彼女に出会ったんだ」

〝ぇ?〟

「〝そんな趣味があってもいいと思うわ〟と言ってくれた。まぁ、それが親が連れてきた婚約者だって後から知ったんだけどね。
ーーでも、もういいかなって」

〝もう、いい……?〟

「自分の趣味を理解してくれる人に初めて出会えて、それを肯定してくれて。もういいかなって思えたんだ」

(っ、あぁ…そうか……)

きっと、両親に結婚をせがまれていたのだろう。
でも嫌で嫌で反発していて、そんな時ようやく何となくだけどしっくりくる人が現れて……

笑う先生の表情は思ったより満足そうで、バレないようにそっと胸を押さえた。

〝ね、先生〟

クイっと隣の白衣を引っ張る。

「ん、凛くん? どうしたの?」


〝幸せに、なってくださいね〟


「ーーぇ?」


それは、ジェスチャー無しのただの口パク。
でも本当に精一杯の……心からの言葉を告げて、カタンと席を立つ。

「ぁ、ちょ、凛くんっ」

立ち上がる先生に〝おやすみなさい〟とジェスチャーして、素早くその場を立ち去った。



〝~~~~っ!〟


走りながら、ボロボロ出てくる涙をグイッと拭う。

(先生は…も、大丈夫だっ)

きっとこの時代でも、幸せになれる。
「もういいかな」っいう結婚だろうと、相手があんなにいい人ならば…きっときっと上手くいく。

だからーー

自分の病室の前に着いて、息を整えてから他の子たちが起きないよう静かにドアを開けた。

(だから、もう……僕も、忘れよう)

前世の貴方との記憶も、今生での貴方との記憶も……全て

思い出として、僕の中に閉まってーー





ーーーーカタンッ





ビクッ

〝ぇ?〟

何かが、落ちるような音。
驚いてその方向を見ると、何故か部屋の窓が全開に開いていた。

(なんで…窓が…… 

ーーっ、え?)

恐る恐る近づいて、床に落ちているものに絶句する。


〝ぅ、そ…そんなっ、どうして、これがここに……っ!〟



それは、あの時姉さんたちから貰った、



ーーーー鈍色に光る、短剣だった。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

吉良先輩は笑わない

花町 シュガー
青春
『どうして君が泣くの? まだ 僕も泣いていないのに。』 イケメンなのに何故か笑わないことで有名な吉良先輩を、後輩が一生懸命笑わせようとする話。 ------------------------------------------- ※「それは、キラキラ光る宝箱」とは? 花町が書いた短編をまとめるタグです。 よろしければお手すきの際に覗いてみてください。

その、梔子の匂ひは

花町 シュガー
BL
『貴方だけを、好いております。』 一途 × 一途健気 〈和孝 × 伊都(梔子)〉 幼き日の約束をずっと憶えている者同士の話。 梔子の花言葉=喜びを運ぶ・とても幸せです --------------------------------------------- ※「それは、キラキラ光る宝箱」とは? 花町が書いた短編をまとめるハッシュタグです。 お手すきの際に覗いていただけますと幸いです。

ネモフィラの花冠

花町 シュガー
BL
『わたしは、あなたを許します』 一途 × 一途健気 〈明 × 唐草 瑠璃〉 ネモフィラの花言葉=可憐・あなたを許す 表紙に使わせていただいている【うむぎさん(@xxxxksm)】の綺麗なネモフィラのお写真から話を膨らませました。 ----------------------------------------------- ※「それは、キラキラ光る宝箱」とは? 花町が書いた短編をまとめるハッシュタグです。 お手すきの際に覗いていただけますと幸いです。

その、魔法の味は

花町 シュガー
BL
『僕の身体は、あなたが作る〝魔法〟で出来ている』 優しい大人 × 健気学生 〈堤 輝 × 栗山 柚紀〉 α一族の元に生まれたΩと、とあるケーキ屋さんの話。 --------------------------------------------- ※「それは、キラキラ光る宝箱」とは? 花町が書いた短編をまとめるハッシュタグです。 お手すきの際に覗いていただけますと幸いです。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

繋ぐ

花町 シュガー
BL
『どうか、君の未来を守らせて。』 俺はここ最近、不思議なおっさんにストーカーされている。 まったく意味がわからないけど、なにか理由がありそうで…… ---------------------------------------------------- ※「それは、キラキラ光る宝箱」とは? 花町が書いた短編をまとめるハッシュタグです。 お手すきの際に覗いていただけますと幸いです。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

処理中です...