前世の記憶がありまして。

花町 シュガー

文字の大きさ
上 下
1 / 12

1

しおりを挟む
 産声を上げることなく生まれた正妃の生んだ第一王子は、その後の成育状態で一般的な発育との違いが指摘され、また、王家のみで行われる簡易的な精霊との相性判断でも、魂の力の薄さが明らかになるだけで、どの精霊から反応もなかったことから、王子の存在そのものを問題視するものまで現れる始末。

 誕生の祝いにと訪れた貴族達は、ただ眠っているとしか見えない赤子の頭上で、値踏みするような視線とともにひっそりと交わされる会話を当の赤子が聞いていることを知りもせずに……。

「一応陛下の初めてのお子様だからな、それも男児」

「しかし……ここだけの話、このご様子では難しいのではないか……」

「ん?難しいとは、ご成長のことか?次代は?と言うことか?」

「イヤイヤ、そこは……。陛下もまだお若い、側妃や愛妾を持たれれば、長子が次代と決まっておる訳でも……」

「あぁ、伯爵はまだご存じなかったか。陛下は……イヤ、そろそろ暇致そうか」

「侯爵様。ここには我々しか居りませんぞ、このように話を途中で終わらせられると、明日私は寝不足で仕事も手につかないでしょう」

「うむ、それも困るな。伯爵の錬金術は、それは素晴らしいものだ。これからも我らのためにその手腕を振るってもらわなければ、公爵様も期待しておるしな。……ここだけの話だ、まだこのことは公爵家とその縁戚たる数家の侯爵家しか知らぬ事……」

「それは是非とも、この金を生む事しか能のない私が、本領を発揮するためにもお教え願いたい」

「この数ヶ月前か、陛下はとある伯爵家を、またぞろ訪ねた」

「とあるとは……あの!まだ切れていなかったのですか?」

「うむ。会いに行った人物は、『あれ』ではなく、可愛い盛りの……な」

「まぁ、親心というものですかな。生まれながらに陰にいなければならない子と、これから生れ出る輝ける子。……輝けるかどうか、この様子では、ですが」

「確かにそのような気持ちがあったのかもしれないがな。とにかくその時に、偶々その子が掛かっていた『風邪』に感染ってしまったらしくてな……」

「風邪ですか?」

「あぁ、子供ならばただの風邪。大人が感染れば……『種無しの風邪』にな」

「なっ、なんと⁉︎」

「であるから、これから陛下の御子のお生まれになる可能性は、限りなく無に等しい」

「そう、選択肢は……」

 その時には、少し場を離れていた乳母が部屋に入ってきた。

 次代の王になるかもしれない嫡男である赤ん坊が、ただ一人部屋に置いておかれている事がすでに異常な事であるのだ。その上部屋の中に有象無象が入り込める状態である事も。

 誰もいないと思っていた乳母は、部屋の中に入り込んでいた人物が、自分より身分の随分と高い、侯爵と伯爵である事がわかると、抗議の声をあげるでもなく、頭を下げた。

 誕生のお祝いは、この寝室まで入る事なく次ノ間で王妃の女官が受ける事になっていたはずである。しかし、その指摘を乳母の身分でする事も難しい。乳母の元々の身分も、王子の乳母となるには思いもよらない程低いものであったのだ。

 いくら身分が高いと言っても、この場所に入っていた事は言い訳のきかない事。

 恰幅のいい二人の男は、小さく咳払いをすると何事もなかったかのように次ノ間に移動を開始する。

 その時に、何気なく体に似合わない大きなベッドで眠っているはずの王子にチラリと目をやった。

 その瞬間、侯爵は背筋に走った冷たさに、肉の厚い肩が思わず震えた。

 何もなく眠っているだけと思っていた赤子が、パチリと目を開けて侯爵を見つめていたからだ。その瞳の色はまるで何もかも見透かすような、深淵の泉の淵に立たされているような、そんな心持ちを持たせる、とても赤子とは思えない虚無の色。

 この王宮で成人を迎えた15の時より、策謀の波を泳いできた侯爵が、恐れを抱くそんな瞳。

「……まさかな……」

 無理やりその瞳から視線を引き剥がした侯爵は、赤子には目をやらなかったのだろう訝しげに侯爵を伺う伯爵を引き連れて、堂々と隣の部屋への扉を潜った。





 しかし、その侯爵の判断は間違っていなかった。

 だって、一つになった『俺』は、『僕』の記憶としてその時の事を事細かく覚えているのだから。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】はじめてできた友だちは、好きな人でした

月音真琴
BL
完結しました。ピュアな高校の同級生同士。友達以上恋人未満な関係。 人付き合いが苦手な仲谷皇祐(なかたにこうすけ)は、誰かといるよりも一人でいる方が楽だった。 高校に入学後もそれは同じだったが、購買部の限定パンを巡ってクラスメートの一人小此木敦貴(おこのぎあつき)に懐かれてしまう。 一人でいたいのに、強引に誘われて敦貴と共に過ごすようになっていく。 はじめての友だちと過ごす日々は楽しいもので、だけどつまらない自分が敦貴を独占していることに申し訳なくて。それでも敦貴は友だちとして一緒にいてくれることを選んでくれた。 次第に皇祐は嬉しい気持ちとは別に違う感情が生まれていき…。 ――僕は、敦貴が好きなんだ。 自分の気持ちに気づいた皇祐が選んだ道とは。 エブリスタ様にも掲載しています(完結済) エブリスタ様にてトレンドランキング BLジャンル・日間90位 ◆「第12回BL小説大賞」に参加しています。 応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。 ピュアな二人が大人になってからのお話も連載はじめました。よかったらこちらもどうぞ。 『迷いと絆~友情か恋愛か、親友との揺れる恋物語~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/416124410/923802748

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

僕は君になりたかった

15
BL
僕はあの人が好きな君に、なりたかった。 一応完結済み。 根暗な子がもだもだしてるだけです。

その、魔法の味は

花町 シュガー
BL
『僕の身体は、あなたが作る〝魔法〟で出来ている』 優しい大人 × 健気学生 〈堤 輝 × 栗山 柚紀〉 α一族の元に生まれたΩと、とあるケーキ屋さんの話。 --------------------------------------------- ※「それは、キラキラ光る宝箱」とは? 花町が書いた短編をまとめるハッシュタグです。 お手すきの際に覗いていただけますと幸いです。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

ネモフィラの花冠

花町 シュガー
BL
『わたしは、あなたを許します』 一途 × 一途健気 〈明 × 唐草 瑠璃〉 ネモフィラの花言葉=可憐・あなたを許す 表紙に使わせていただいている【うむぎさん(@xxxxksm)】の綺麗なネモフィラのお写真から話を膨らませました。 ----------------------------------------------- ※「それは、キラキラ光る宝箱」とは? 花町が書いた短編をまとめるハッシュタグです。 お手すきの際に覗いていただけますと幸いです。

その、梔子の匂ひは

花町 シュガー
BL
『貴方だけを、好いております。』 一途 × 一途健気 〈和孝 × 伊都(梔子)〉 幼き日の約束をずっと憶えている者同士の話。 梔子の花言葉=喜びを運ぶ・とても幸せです --------------------------------------------- ※「それは、キラキラ光る宝箱」とは? 花町が書いた短編をまとめるハッシュタグです。 お手すきの際に覗いていただけますと幸いです。

記憶の代償

槇村焔
BL
「あんたの乱れた姿がみたい」 ーダウト。 彼はとても、俺に似ている。だから、真実の言葉なんて口にできない。 そうわかっていたのに、俺は彼に抱かれてしまった。 だから、記憶がなくなったのは、その代償かもしれない。 昔書いていた記憶の代償の完結・リメイクバージョンです。 いつか完結させねばと思い、今回執筆しました。 こちらの作品は2020年BLOVEコンテストに応募した作品です

処理中です...