ハルとアキ

花町 シュガー

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中編: ハル編

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龍ヶ崎 ヨウダイ

分家であるレイヤの父、マサトよりも龍ヶ崎本家に近い位置にいる家の息子。
龍ヶ崎の子という意味ではレイヤと同じ。
といっても、30過ぎてるから歳は離れてるけど……

本家に近いにも関わらず職業は医者。
名の知れた病院で勤務し、僕の検診のときだけ出張というかたちで来てくれている。
本家に近ければ近いほど一族の仕事を手伝うのが当たり前なのに、何故かまったく違う方向へと進んだ人物だ。

(まぁ、分家の人が社長してるくらいだしな。
小鳥遊とは考え方が違うか)

でも、これほどまで自由とは知らなかった。

軽く挨拶しながら、いつものように椅子へ座る。

「元気だった? 2週間ぶりだね」

「…毎回それから入るの止めてくれません?
元気かどうかはこれから先生が確かめるんでしょ。聞く意味なくないですか」

「そうなんだけどさ、もうクセかな?」

「なら直してください。意味ないです。
あと呼び方もハルくんか小鳥遊くんにしてください」

「あぁもー今日も厳しいね、ツンツン加減が素敵だなぁ」

「だから…っ、はぁぁ……さっさと始めてください」

「クスクスクス、はぁい」


ーー正直、マサトさんからの紹介じゃなきゃ、こんな医者会わなかった。

龍ヶ崎の家を使わせてもらうにあたっての条件。
それは、医者を龍ヶ崎ヨウダイにしてみること。

『うちの家系に医者がいるんだ。
小鳥遊が付けてるかかりつけ医も腕がいいらしいけど、うちのもすごくて。
専門もハルくんに合ってるし、私としては彼を信頼してるから試しにどうかなと思うんだけど…一度呼んでみてもいいかい?』

そんなの、聞かれても断れるはずなくて。
龍ヶ崎家の医者という異色の存在にも興味が湧いたし、『ぜひお願いします』と話した。

思えば、それが間違いだったかもしれない。

(あのとき無理矢理断っとけば…こんなことには……)


「ん、どうしたのハルちゃん?
ちゃんとご飯食べてるようだけど、調子悪い?」

「いいえ全然。すこぶるいいです、今日ここ来なくてもよかったくらい」

「あははそうなんだ!それはいいねぇ。
はい、大きく深呼吸。もう少しで終わるからねー」


龍ヶ崎ヨウダイは確かに異色だった。
身長はレイヤより頭1つ分くらい高い。僕が会った中で1番背が高いのは龍ヶ崎の月森さんだけど、それより少し低いくらい。
容姿も端麗。龍ヶ崎の血を引いてる顔だ。
だが、髪。
龍ヶ崎の人たちは黒髪が多い。レイヤもマサトさんもトウコさんもみんな黒髪。月森さんでさえ黒髪。
にも関わらず、この人は金髪。それも白に近い金。
これで医者とか、絶対初見じゃわからない。

僕も会ったときは驚いた。
今までの医者が高齢だったっていうのもあるけど、若いし金髪だしで白衣がコスプレに見えてしまって。
ーーでも、そんなの初めだけだったんだ。


(……手、気持ちいんだよな)


まずびっくりしたのは、体を撫でる彼の手。
なにかケアしてるのかってくらい綺麗な手で、触られるのが気持ちい。
そして手際の良さ。
今までの医者がしていたことを、彼は丁寧に且つ誰よりも速くおこなった。これには僕も『なんで…』と思わず聞いてしまって。

『多分ね、かかりつけ医〝だから〟かなって思うよ。
何年も…何十年もその患者のこと見てたら、自然とルーティーンのようなものができちゃってつい同じように検診するんだよね。
あとは……まぁ、高齢だからかな?』

『要するに技術が時代遅れだってことだよ』と副声音が聞こえたような気がして、僕は主治医を彼にするほか選択肢がなくなってしまった。

龍ヶ崎ヨウダイは腕がいい、確かに。
自分よりキャリアのある医者を時代遅れと言えるくらいは技術があるし、勉強もしている。
何より挑戦的だ。彼に診てもらってまだ半年経ってないのに、もう数回は検診の仕方を変えられている。
悪いことではないし寧ろ自分も発見があって成る程と思うけど、変えることへの勇気がすごいと思う。
だって僕は小鳥遊だから。普通の子ではないのに、遠慮0でくる医者は初めてだ。

レイヤやマサトさんの天才肌なところと貪欲なところ。
恐らく龍ヶ崎の資質というものを、この人も受け継いでるんだろう。

でもーー


「うん、今回も前と変わったところは特にないかな。
あるとすれば……なんか体動かしてる?」

「あ、最近体育中に生徒会室に行かずグラウンドを歩いてます。体育大会近いし、副会長として外で少し仕事するそうなので」

「それだー、ちゃんと体がついていけてるね。そういう感覚がするでしょ。
まぁいいことなんだけど、走ったりは危険だから歩くだけにすること。適度に、なるべくゆっくり。わかった?」

「…わかりました」

「よし!じゃあ今日の検診は終わりーということで

ーーおいでハルちゃん、好き好きタイムだよ」


両手を広げられ、満面の笑みを浮かべられた。


「ほらほら~はい捕まえた、よいしょ」


おいでと言うくせに、この人はいつも自分から捕まえにくる。

(ほんっっっと、これだけは毎回理解できない)

一体なんなの?
僕を膝に乗せて何が楽しい??

初っ端からこれをやられた。
その時はまだ猫かぶりながらなんとか対処したけど、回数重ねるごとに馬鹿らしくなって今じゃ素だ。アキも引くような完璧なまでの素。
でもそれでも止めないから『こんなのセクハラだ、マサトさんに言いつけますよ』って言った。
そしたら、

『いいよ。でも、ハルちゃんって龍ヶ崎にお世話になってるんだよね。
そんな中で龍ヶ崎の人間のこと悪く言えるの? 弟くんの立場もあるよ?
しかも僕結構な名医で通ってるから、それに文句つけると我儘だって思われちゃうかも。
それでもいいなら、いいよ』

完全に、退路を潰されてしまって……


(ほんっと腹黒い)


僕も大概と思ってたけど、この人ほどじゃない。
なんだっけ、レイヤもよくマサトさんのこと腹黒いとか食えない狸とかって言ってたっけ。
まさにそれ、腹立つ。僕が何も言い返せないの分かっててその言い方するのが尚更。

今日も、後ろからすっぽり抱きしめられ背中に温もりを感じる。
大きな体はいつも簡単に僕を包み込み、頭上では楽しそうに鼻歌を歌っていて。


「……あの」


「ん? どうしたの」


「僕のこと好きとか、毎度意味わからないんですけど」


「クスクス。いつも言ってるでしょ。

ハルちゃんだから好きなんだよ」


「……先生、もしかして医学系以外は馬鹿ですか?
まったく理解できないんですけど日本語って知ってます?」

「うわぁ酷い!そのままのことを言ってるだけなのにー」

「…頭のネジ何本か捨てました?」

検診よりもずっと長い間、こうやって抱かれながら話をしたり 無言だったり。
僕の検診というルーティーンは、この人によってことごとく壊された。
好き好きタイムという変な時間を作られ、聞きたくもない「好き」をたくさん聞かされ……


「僕は、嫌いです」


日の光がカーテンレースを通って入るこの空間は、今日も優しい。
そしてこの人の体温も、ひだまりのように温かい。

ーーそれが酷く、怖いと 感じる。


(嫌いだ。

先生も僕も、みんな)


「ふふふ。僕は大好き。
ねぇ、今日泊まるんでしょ? 僕もこの検診で仕事終わりだから一緒いよっか。隣でずっとハルちゃんのことどれだけ好きか語ってあげる」

「はぁ? 絶対やめてください本当ムリ嫌だ。
電話かかってきて呼び出されてください」

「あー酷い!なんでそんなこと言うの?もう。

ーーほんと かわいいよねぇ」


「ーーーーっ、」


龍ヶ崎ヨウダイの嫌なところは、大体そのへん。
でも、最後にひとつだけ 1番気持ち悪いところがある。

どれだけ「嫌い」と言われても折れない粉骨精神面とか、跳ね除けても食い下がってくる虫みたいな部分とかはさて置き

この、蜜のように甘ったるい笑顔。
笑った時の雰囲気はレイヤやマサトさんに少し似てるけど、そこから感じるものはまったく似てない。

なんだろう…うまく言葉にできない感覚。
初めは気づかなかったけど、段々ふとした瞬間に気持ち悪さや違和感を感じてきた。

言いようのない不安というか…なんというか……


「………っ」


(得体が知れなすぎて厄介だ、ほんと)

この感覚がダントツで嫌。好き好きタイムよりもずっと。
とにかく、さっさと主治医を変えたい。
変えたい…のに……っ。

先生の腕の中で「はぁぁ…」と大きなため息を吐きながら、今日もありったけの「嫌い」を言うため また口を開く。


ーーこれが、最近の僕の ルーティーンだ。




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